【ひー4】  被害者面するつもりはないが隠し切れない雲雀

▶〇

 落ちと言うほど格好がつくものじゃないけど、その後の話。つまり後日談でアフターストーリー。


「先輩、来ましたよ。体調はどうです?」

「もう、毎日大げさね。大丈夫だよ。一週間っていうのもホント大げさ。まったく暇すぎて退屈しちゃう」

「調子がいいみたいで、良かったです」

 昨日来た時には切れていた病室の電球は取り換えられていて、明かりを取り戻している。今日はうっすらだった桃色を照らして初めて色づかせた。

 俺はそのままベッドに頭をつけた。華奢な手で撫でられる喜びはご褒美だ。

  

 もちろん犯人のことは憎い。憎くて憎くて醜い。可愛いふりをした醜い塊など焼却処分したいぐらいに憎い。忌まわしく厭らしくて濫りがまし卑猥で猥褻で邪淫で淫靡で下劣で低劣で粗陋が下賤で、俺が男であることすら憎くてたまらない。男が男であることが嫌いだ。くそやろうだ。傷の記憶は「まぁいっか」では済まされない。でも俺がいくら叱責を募らせたところでそれは誰のためにもならない。俺は怒りと憤怒を日本に任せた。日本の警察は優秀だから大丈夫だ。彼女らは司法で裁かれて然るべき罰を受ける。それからどうするかは俺の範疇ではないが、願わくば悔いてほしい。自分のせいで他人を傷つけたことを悔いてほしい。

 

 俺はあの日から毎日病院へ通っている。先輩がなんか恥ずかしいから辞めて欲しいと言ったがお節介にも今日まで続けてしまった。ただ傍に居たいのだ。それだけ。

 ただのお節介でやさしさの押し売り。

 それでもこれだけは譲らないし渡さない。

 たまには我儘ぐらい許してくれ。

 


▶ ▶ ▶



 譲り渡す。俺はこの言葉が嫌いだ。譲るというのは自分が今占領している事物を他人に明け渡すこと。でもそこには可能性が存在する。譲られた側がそれを受け取るか断るか。でも譲り渡すという言葉には存在しない。渡す。強制的に押し付ける。拒否権はない。優しさの押し売りはお節介。

 でも一方でこんなことを考えてしまう自分もいる。俺が今立っているこの道は、この場は、この土地は俺しか使えない、俺しか存在できない。俺はここにいていいのだろうか、俺がいる限り誰かほかの他人はこの場を俺に譲り渡さなければいけない。空を飛べる翼があるわけでもないので足をつける土地がどうしても必要なのだから。それなら、そうであるのならば、他人に迷惑をかけるぐらいなら、俺はここにいないほうがいいんじゃないかってね。

 好きでも嫌でも人は場所を取る。

 そういう意味ではそんな杞憂が不要になった今はずいぶんと幸せだろう。現実世界とは違うわけのわからん世界に閉じ込められたのだ。てらに隠された俺専用の世界。


 ここは札幌であっても札幌じゃない。


 何がどうしてそうなったのか、考えれば考えるほどにわからなくなるが、記憶を辿れば辿るほどに辻褄が合っていく。俺を取り巻くそれは個人的野暮だから派生作品スピンオフ扱いされても文句は言えない。ミステリはおわったのだ。もちろん、結論エンドロール適当おざなりに済ませるつもりはない。ミステリが終わったならば振り返ることぐらいしかもうできない。

 高校三年間俺は独り寂しい青春を送った。代わる代わる担当の変わる担任と親はやたらと心配してきたがそれも心配するだけ。少し様子を見て聞いて、それ以上は踏み込んでこない。

 未知道乃みちみちのてらに認めさせられた俺の過去。人づきあいが上手くいかないというただそれだけ。それを他人のせいにして勝手に絶望して現実をいみって嫌って逃げ出した。照神に神隠しに合う形ではあったんだが逃げたことには変わりない。ここは現実じゃない。いつまでたっても五月二十五日だ。

 皐月菖蒲月橘月五色月雨月狭雲月鶉月早苗月仲夏五月雨月多草月梅月田草月稲苗月月不見月写月浴蘭月 建午月。

 日本だけでもこれだけの異名があるのだ。滅多に見ないしなかなか読みづらいけど、今の五月をただ五月と呼ぶよりいいだろう。俺はこの世界の今を建午月と呼ぶことにした。この建というのは北斗七星の柄の部分を指していて、この柄が旧暦の午を指すところから呼ばれるそうだ。旧暦ってことは旧世界ってことになる。俺にぴったりだ。


 今の状況を嘆くつもりはないし悲観する予定もない。あくまで予定であって未定だけどそのつもりだ。

 だからさ、被害者面するつもりはないけどこれだけは言わせてくれ。

 そう言ったのは今から三十分前のこと。

「照、頼むから日付だけは元通りにしてくれ。進んでいないが進んだ呈にしてくれ。どうしても気が狂っちゃうんだ」

「しかたないなぁ」

「じゃあ、出かけてくるから。明空さんも留守番お願いします」

「楽しんできて」

 事件から十日が経過した。やや伸びた先輩の入院も今日まで。退院日ぐらいは飛んで行けと未知道乃姉妹に第二探偵部の留守を頼み、自転車で駆けだした。淀んだ空に似つかわない緩んだ口元で、俺は風を切って進んでるとか頭の悪いことを考えていた。

 海山超えることになろうと俺は必ず飛んでいく。夢から覚めなくてもうつつは見られるようになった。イヤホンから流れていたひばりのこころは漣へとシャッフルされた。


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