▶④

「と、言うことだそうです」

「うーん、園花の気持ちがますますわからなくなってきた。いったい何がしたいんだろう」

 月曜日の放課後。俺は約束通り調査報告を先輩にしていた。

「あれから、話してないんですか」

「ちょっと避けられているみたいで、ほっといてくれって感じ」

 友達になれたと思ったのになぁ、と何か違うものを麦茶で流し込む。

 俺は先輩の友達から勝手に聞いてきた過去を話した。このことはもちろん先輩にとって周知の事実であるが、俺がどこまで調べたのか、推察したのかを確かめるように聞いていた。

「東楽園花はどちらかと言えば人目に出ることをあまり好まないタイプです。それでも仲間に入れてもらえて、居場所ができたことは大きな喜びだったと思います。そんな彼女がそこから立ち去り、全く反応を返さないというのは他に大切なものができたから、と考えるのが自然です。行き違いぐらいで絶交するようにはどうにも思えません。他にできた大切何かを守ろうとして今回の行動―つまりわざと偽の告白をしたか、それとも坂田京介が彼女にとって本当に大切なものになったのか。どちらかは未だ判断できないですけど」

「こればっかりは本人に聞かないと無理かもね。」

 

 先輩も方々を当たっていたようだが、心意まではたどり着けていない。憶測はいくらでも立てられるが核を読む真意には届かない。

 完全に手詰まりだ。いくら考えてもそれは可能性に過ぎない。二年二組の膠着は解ける気配がないのと同じように、こちらも身動きできない。

「なら、仕方ないですよね。——先輩、俺が直接行ってきます」

 色内先輩と東楽園花は友人だ。友人だからこそ話せることもあるが、だからこそ話せないことも当然表裏一体にて存在する。親友として頼ってきたはずなのに相談すべきところで抱え込んでしまう。真の裏は偽りならば優しさの対偶は劣等感だろう。人それぞれ異口同音に意見があれども、残念な俺はこのようにしか受け取れない。

 劣等感を抱えているからこそ優しさを差し伸べてくれるのだと、優れていて心に余裕がないとできない行為だと思ってしまう残念さ。それでも完全に悲観的なわけじゃない。あの時くれた優しさは劣等感から生まれたのかと思えば、俺にも少しは優れてるところがあるのかもしれないと思えてくるのだから不思議だ。

 

 それで、そしてやはり相も変わらず、当然で自然に先輩は流石だった。相容れないぐらいに、憎たらしささえ感じるぐらいに流石だった。振り向いた先輩が浮かべている寂しげで哀愁も漂わない諦めはどうやら答えを知っているようだったからだ。

「先輩——」

「気を付けて」

 先輩はめなかった。まらずにめてめなかった。ただ普通に泣いていた。

 一緒にいるようになってから先輩は完璧に見えなくなった。出会った時は完全無欠が似合うというより当てはまる人だと思ってた。今はもうだめだ。脆さと危うさを隠さなくなってる。見せてはいけない口にしてはいけないことまでもがお構いなしに綺麗さっぱりと。思わずもらい泣きしそうだったからこらえた。



 校長室を出た俺は扉の外に居た人物に驚いたけど、びっくりはしなかった。先輩はすごいな。一体あの人はどこまで見据えているのだろうか。

「お久しぶりです、東楽さん。今ちょうどあなたのところに行こうと思っていたんです」

「どこがいいですか」

 彼女の言葉は消えてなくなった。

「じゃあ、二年二組で」

 想定できないことは恥じゃない。恥ずるべきは予想外のことが起きても対応できないことだ。



▶ ▶ ▶



 二年生の教室は一階にある。前回訪れたので大丈夫だ。階段を下りていく途中で、彼がいるとかなんとか言っていた気がしたが、よく聞き取れなかったことにする。無言で聞いてないふりをしたが、それならそれで好都合だ。こちらから揺さぶってみようじゃないの。

 横看板を確認して、戸を左から右へスライドする。東楽園花に先に入るように促し、後に俺が続く。

「坂田京介さんですね」

 ああ、と答える人間には見覚えがあった。初めてこの教室を訪れた時に門前払いした彼だ。今度は素直に応じてくれるようで安心だ。

 俺は手近にある椅子を引いていつも通り逆さにして座り、少女漫画みたいな表紙を視界に据えた。良いカップルじゃないか。

「先輩には言わないから、安心してどうぞ」

 二人は互いが本物であるかを心配するように見つめあい、それから俺を見て尋ねた。

「どこまで知っているんですか」

「昔、東楽園花が色内先輩にいじめられているところを助けられ、それをきっかけに先輩とは仲良くなった。それから被害者同士、自然な流れで女子会の人たちとも仲良くなった。ある日、東楽園花が機嫌を損ねてそこから逃げ出して、それから新しいクラスで新しい友達を作った。居場所を別に作った。だが坂田京介の転校で関係は一変。友達と呼べる人はみんないなくなってしまった。そこで本物か偽物かは分からないが事を改善するために君たち二人は男女の仲になった、ってところまでは推測した」

 最後のはやや危険なはったりだ。当たりでも外れでもどちらでも構わないが、大事なのはやはり反応だ。恋人になった経緯は正直いらないが、今回は誘導尋問の材料となる。核は経緯ではなく理由であり動機だ。

 

 ぽつりぽつりと話し始めた彼女は、歪みに甘えてきたことを後悔し始めたようだった。

「このクラスになって、私、全然馴染めなかったんです。趣味の合う人もいないし、話もなんとなく外側で笑ってるだけでさっぱり付いて行けなかった。そんなとき、新川さんが話しかけてくれたんです。下らない世間話ばかりだったけど、初めてちゃんと話せて、やっとできた友達だと思っていたんです」

 電気の点いていない教室に廊下の電気は入ってこず暗く、まだ暗くならない空が明るかった。

「それから、しばらくして、急にあんなことがあって。いろいろ怖かったけど、調べてもらって、このクラスには彼を思う人がたくさん居ることが分かりました。嫌われたわけじゃないんだ、私はまだ友達でいられるって。だったら自分で、一人で頑張ろうって思った。でも新川さんもその一人だって分かって、それで、もう、もう駄目だったんです。たとえ形だけでも良かったのに、もう友情も馴れ合いも無かった。外からも内側も、とっくに、クラスは、壊れてた」

 これが事実か。第二探偵部の出した答えは見当違いとはいかなくとも結論が違っていたことに変わりはない。俺らは失敗したのだ。

「初めのうちはそれでもなんとかやっていたみたいなんだ。これまで通り友達として仲良くやって行って、恋に関しては切磋琢磨し合うライバルでいようって。それでも、どう頑張っても痺れを切らして我慢しきれなかった人が出てきてしまった。友情を逆手に取るような行為も出てきたんだ。これを境に反対派と賛成派でまっぷったつに割れて足の引っ張り合いになって、潰しあって。女子はもう全員が敵になっていたみたいだ。見掛け倒しじゃなくて本当に孤立していたんだよ」

 涙を抑える嗚咽で聞こえなくなってしまった続きを彼氏が続ける。話し方から、全ての事情は知ってしまった彼女から聞いたことなのだろうと思った。二人とも悩んでいたのだ。

 

 表面上は何もないように見えてもそれは上辺だけ。渦巻いてとりついた巣窟はもう取れない。このままではきっかけにすらならないことで嵐になって正式に公認された崩壊になる。

「どうして、なんでこうなっちゃったのかな……もう、本当にダメなのかな……」

 新川とかいう友人とはもう昔には戻れないだろう。どんなに涙を流しても流してリセットはできない。涙に隠れた真なる明日はいくら欲しがっても今は手に入らない。時の流れが不可逆的であるように昔へそのまま遡行することなどできない。

 それでも女子の涙って不思議だ。そんなこと分かっているし、望みも薄いことは百も承知。彼女に対しては全然興味も関心もないし、友達でもクラスメイトですらない。忘れかけていたけどましてや年上の人間だ、一歩引いた態度を取るのが世間での規則。そんなこと無関係に動かされてしまうのだから不思議だ。そう。

「それで、問題を無くそうとしたのか。坂田京介が彼女持ちであれば諦めるかもしれない、と」

「そうだ。彼女はそのつもりで俺に告白したんだ。だけどさ、その、——俺が、結構タイプだったから。俺が告白し返した」

 これは驚いた。偽りの、偽物のカップルではなく本物だったとは。予想外の事実に、呆気に取られてしまい顔がバカになった。

「いや、それは、その。おめでとうございます……であってるのか?」

 結婚じゃないし、と何か違和感を覚え疑問形になってしまった。

「ありがとう」

「ありがとう、ございます」

 なるほど、本当にいいカップルだったんだな。全く、せっかの美談が濡れてしまう。いい加減泣き止んでくれ。これで終わりじゃあないんだから。

「その、蛇足かもしれませんが、これで終わるとは思えません」

 その程度で引っ込むようであれば、最初から潰し合いなどやるようには思えない。次のターゲットは確実に東楽園花だ。一番の邪魔者として彼女たちには映るだろう。坂田京介に直接手を下すとは思えないが、世の中には愛するが故に攻撃的になる人もいる。それさえも愛だと言うのだから考慮しなければいけない。つまり当面は二人の身を保証し、問題児である恋の亡者たちの頭を冷やす必要がある。大丈夫だ。まだ間に合う。

 依頼者である一年の彼女には手を引くように伝えねば。どうしてもというのなら、せめて落ち着いてからと釘を刺さないといけない。この間に割り込むのは中々骨が折れると思うけど。

 

 先輩は優しい人だとつくづく思った。俺は考えてばかりで証拠を集めて確実性を求めて確かなものだけを信じていた。虹別色内にじべついろなはあれこれ考えることよりも寄り添えることができたんだから。

「二人には陰密に警護を付けます。先生にも少しですが協力してもらおうと思います。お二人は十分気を付けてください。あと、——先輩、もう入ってきていいですよ」

 開けっ放しの扉から姿を現し、眉をひそめて少し暗いわね、と電気を点けた。もうその顔に弱点は見当たらなかった。

である先輩ならきっと何とかしてくれますよね?」

「え、えっと。そ、それなら……そうだ。それなら、舞が力になれるかも。あ、今聞いてみるね」

 色内、と呟いた園花さんはまだ目を潤ませている。一方の先輩は隠れていたのがばれていないと思っていたみたいだが登場がどこか取って付けた感じで挙動不審。

 ばればれですよ、陰で思いっきり分かるじゃないですか。

「喜んで協力してくれるって、よかったね、園花」

 これが正しい友情と恋愛の両立法だ。



▶ ▶ ▶



 数日後。きちんと数えれば四日後。土曜日。午前十一時。今日も今日とて俺に休みはない。基本休みの日は十時までは寝ていたいし、見れない夢とか見ていたいものだ。

 これを妨げたのは街中の戦慄だった。

「はたしてどこだろう。あの人かな、それともあっちのスーツの……人は行ってしまったから違うのか? ああ、改めてススキのが恐ろしい町だと実感した」

「大丈夫、恒くんも保護対象だから心配ないよっ」

 それが一番怖い。いつの間にか対象に加わってるし、その口調だと以前から見張られていた可能性も。この人のことだから、保護だとか言って連れ去りそうで怖い。舞さんマジで怖い。

「でも、おかげですごい安心できます。本当にありがとう」

 大簾舞さんはどうやらススキのでは名の通ったお家柄でいらっしゃるようで(全く聞いたことなかった)、その手の方がそのようにして見守ってくれるらしい。恐れ多くて俺の口から直接は言えない。

 そしてなぜ休日の白昼に街中に来ているのかというと、先日のお礼に飯を奢ってくれるというではないか。そういうわけでのこのこ付いてきたのだ。ただ飯あざっす。

「しかし、まさか俳優だったなんて。そりゃカッコいいわけだね」

「そんな、昔の話ですよ」

 この坂田京介という男は俳優ではなく、昔モデルをやっていたという。何かテレビにも出ていたのらしいのだが、名前でピンと来なかったから大したことないんだろう。子役とかそのへんのあれだ。

 どのみちどうせ金持ちなんだったら良いものをねだろう何にしようと考えていたのだが、どうやら同じ考えの人がもう一人いたようで、師と弟子は似るというがここまで来るとある意味怖い。

「はやく~、先行っちゃうぞ」

 大通りよりも札駅の方が良いと先輩が言うので向かっているのだが、一人先に信号を渡ってしまっているじゃないですか。早すぎる。欲望に忠実な人である。だったら、今度食事デートに誘ってみようかと、また無謀にも考えていた。

 手を後ろに組んで待っている。

 遠くからでもそのウキウキは伝わってくる。

 赤信号で向かい合って待つって変な感じ。

 すぐ近くなのにちょっと遠い。

 もうすぐで信号が青になりそうなところで視界の右側から影ができ、俺の視線の先の目の前を超大型トラックが右から曲がって行った。

 

 動き出した反対側に先輩はもういなかった。そこにはただ青く光る人が信号機の中で浮いているだけだった。 

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