▶④

 このようにして俺も先輩に負けじと一つ仮説を立てた。そして俺の立てた仮説はおそらく正しく正解だろう。先輩の仮説を斜め下に掘り下げたひどく残酷で無情な正なる解だけど。

 そこで、今、最も必要なものは証拠だ。何事に置いても裏付けは大事。俺の思考は推測の域を出ないし、物理的な証拠どころか状況証拠さえ何一つ手元にない。つまり足りない欠けた部分。手元にないだけで欠けているとか言うのは確かに俺視線でしかないわけで、実際は見えてないだけ。見えていない部分に光を当てる? だっけ。某探偵の考えのほうが全うだろうな。

 こういう時に重要な情報源かつ証拠となる素晴らしいものがこの世には存在する。人の色恋ごとに至ってはうってつけというかこれ以外思いつかなかったのだが、最高に最適なものがある。

 はっきりと断言するが、高校生というのはこのような話に敏感である。女子は勿論のこと、のっぺりとした男子でさえもアンテナぐらいは張っているものさ。

 情報源ソースはバレンタインデー。この時期にそわそわしていない男子を俺は見たことがない。関係ないふりしているやつもどこかで期待をしている感丸出しの動作しかしていない。

 まあ、恋愛話が好きなのは? と聞けば男子より女子の方が挙手率高いだろうけど。あれ、今ってそうじゃないのかな。女の子ってそんな話ばっかりしてるものだと思っていたけどこれは明らかに偏見だね。


「久しぶり~」×八回から始まったこの女子会。俺の目的と狙いと思惑はここにある。

「一組の高橋君別れたらしいよ」

 五分ほど経ったら話題はすぐに恋愛話へ移った。思惑通りで首尾は上々。

「えぇ? マジで、信じられない。あんな仲良かったじゃん。上手くいってたでしょ」

「優柔不断すぎて愛想尽きたみたい」

 女子の高い声を黄色いと比喩することが多いが、今のこの状況の俺にとっては桃色に見える。慣れているはずの慣れない声音は気恥ずかしさが増すだけで、思考を阻害して現実に引き戻す。

「あー、わかるかも。でも残念だね。ベストカップルだと思ってただけに」

「そうだよねー、ほんとびっくりした。去年の学祭で全校公認になったのにね」

「ん。そういえば、色内ってそういう話聞かないよね。ていうか今日連れてきてるのは彼氏?」

「え、そうなの? あ、でも色内のことだから弟とかじゃない」

 やっぱり俺は弟なのかぁ。先輩はこのやり取りを聞いて、落ち着いた口調で俺を紹介する。

「あ、紹介するね。私の相棒の恒。沓形恒くつがたこうくん」

 とんとんと背中を突かれて、止むなし。仕方がなく小声でよろしくと言う。お願いしますもきちんと付けたよ。相棒とか言われて照れたのを隠したからじゃない。決してない。

「恒くんね。よろしく」

「よろしく~」

「で、実際のところどうなの。校長室で、放課後に、いつも二人きりなんでしょ」

「え、そうなん?」

「おお、まじか」

 いったいどこからそんな情報を。

「絶対ないから。うん、ないない」

 そこまで完全否定されるとさすがに落ち込む。

「ふーん」

「あたし、結構タイプだよ。色内のじゃないんだったら取っちゃおっかな」

「もう、あんまりからかわないの」

「結構本気だったりして、ね、どう?」

「一年だよ?  舞」

「年下歓迎!」

 もはや手が付けられない。完全にお手上げだ。口を挟む隙もありゃしない。人間のさがはおしゃべりなのだろうな、と悟ってしまうレベルだ。

 ここまでお聞き頂ければ分かるように文字にするとだれが何を話してどの科白が同一人物なのか区別がつかない。語尾とかに特徴があればはっきりするだろうが、実際速い展開テンポで語られちゃ思考が追いつけやしない。しかもこの会話の流れだと俺の存在などただの玩具扱いじゃね?  どうにもこうにも本題に入れないや。切り出せないどうしよう。

「ほーら、どうすんの色内」

「恒はどうなの?」

 それをここで聞くのは反則だ。規定ルールに乗っ取らない例外おやくそくだ。

「ほら、考え込んじゃったじゃない。困らせてどうすんのよ」

「ごめん、ごめん。可愛いからちょっとからかっただけだよ。あ、でもタイプだっていうのは嘘じゃないよ」

 嘘ではない。これは単純に裏を返して本当だと言っていいものなのだろうか。嘘ではないけれどもの先がわからない以上判断をするのは早急すぎる。

「うーん、まあ顔は悪くないんだけどね」

「お、どうした千夜ちや。千夜も狙ってるのかい」

「そうじゃないよ。そうじゃなくて、なんだろうな、よく分かんないや」

「それってまさかあー」

「ちがうちがうそうじゃないって」

 こんな風に俺はお嘲繰られていた訳だけども、最後の一言には存分に引っかかった。

「なんか、悲観的になりすぎてる、気がする。諦めじゃだめだよ。なんか君はどこか諦めているんじゃないかな」

「お、お得意の占いですか」

「そんなとこかな」

 主語がないのにあたかもあるように思わせぶる。だから占い師って嫌いだ。



 恋愛関係に最も詳しいのは女子。俺は自分の直感を信じ、証拠を得るために先輩に俺の仮説を一通り説明した。色内先輩は一切の否定をせずに黙って、しっかりと俺の話を聞いてくれた。聞き終えた後に先輩は、とてもほめてくれた。すごい、考え付かなかった、と。ネガティブ思考にならないとたぶんここまでは発展しない。被害妄想と言われても仕方ないような、そんな事象だった。

 そう、先輩は否定しなかったのだ。きっと最初から東楽園花が虹別色内に相談していればもっとスムーズに解決したのは確か。これほどの事があって先輩が何も知らないわけがない。だがそうしなかった事情から俺に調査を任せたところまで、先輩はきっと最初に東楽園花が泣きついてきた時から気づいていたんだ。探偵気取っていたのは完全に俺だけだったんだ。

 それでも、98.9%の確証があってもまだ憶測の域を出ない。証拠じゃなくても証言が必要だ。状況証拠があればもうそれで終わるのだ。そういうわけで、俺は色内先輩の女子会に紛れ込ませてもらう事になったのだ。

 

 女子会に男子が入るとどうなるか想定はしていたけど、案の定、弄られ尽くされていた。

 しかもこの中に二年二組の女子はいなかった。話題にもなかなかならない事から詳細情報を知る人はおそらくいないのかもしれない。人に頼らないでまた聞いて回らないといけないのかな、と自分を戒めていたところ助け舟は出た。発言者本人的にはそんな意図で発言したのではないのだろうが。

「あ、そう言えば、ちょっと前に二組に来た転校生誰か知ってる?」

「うん。坂田くんだっけ、確かに彼もなかなかだよね」

「ライバル多そう。まぁあ、私はイケメンとか興味ないし」

「実際、うちのクラス結構狙ってる人いるみたいでさ、たびたび話題にしてる」

「へー三組もそうなんだ、五組もそうだよ。一度名前が出ると昼休みの話のネタを独占してるね」

「ちょっとスルーしないでよー」

 イケメン興味ない発言に対してのレスポンスが無かったことへの抗議は色内先輩に頭を撫でられることで解消されたようだ。因みに発言者はギャルっぽい口調を無駄に意識している安浦紗那やすうらさなさん。実際名前と顔を一致させることで精いっぱい、女子ってみんな同じように見えてしまうから困ったものだ。

 だがそんな苦悩も今は笑い飛ばすことができる。俺はそんな様子を完全に勝利の杯としたいぐらい歓喜に満ちていた。

 他クラスでの女子の反応だが、おそらく該当クラスがそれ以上になるだろうことは容易に想像がつく。しかしここまでの騒ぎになるというのは何かあれか? 有名人なのだろうか。モデルとか。点で見当も付かんが。

 まあ、俺ができるのはここまでだ。冷えから冷めているアイスコーヒーに口をつけて、俺は一人仕事の疲れを慰労した。桃色の声音は黄色に戻りもはや俺の耳には届かない。俺は納得しながらもどこか残念そうな表情を浮かべる先輩の横顔を見つめるのだけだった。きっと違うところで違う結末こたえを求めていたんだろう。

 俺も含めてただただ悲しいというか空しいだけだった。




 ▶ ▶ ▶




 坂田京介はほとほと困り果てていた。転校してきてからまだ二日と立っていないのだから仕方ないといえば仕方ないのだが、それでも毎日これでは体が持たないよ。

 教室内では常にしゃべりっ放しであった。まあ、これで友達づくりに苦労しなさそうで済むので有難い限りだった。久しぶりの札幌も建物の中身や新建築物は多く目に付いたけれども、大きく変化はしていない。穏やかななんでもありな空気は変わらない。

 京介にとってはそれだけだけど、それが一番とても安心しできる材料になっていた。不安もなく順風満帆な生活ができると信じ切っていたのだが、一週間経った頃位だろうか途端に女子が口を利いてくれなくなった。女子は女子同士の会話さえせずに孤独を貫き合っていた。教室を出れば仲の良い人とは何事も無かったかのように会話を再開させているのだ。これには男子一同全員が戸惑ったことであろう。事情を聴こうと、何があったのと心配する行動的な男子も完全に拒絶された―教室内では。

 同時に京介に訪れたのは告白の嵐だった。次から次へと呼び出されて、メールで手紙でチャットで。手段は様々であったが、火蓋は切られたのだ。規制を逃れた壮絶な個人戦。京介は深く戸惑い、一切の行動を自粛した。男子の中でも一番の行動派であった彼がだんまりを決め込むとほかの男子も それに見習い、余計なことはしなくなった。

 こうして奇怪な奇妙な怪奇的妙技な空間は生まれた。


 今回の中心人物であったのが彼であったのは間違いのない事実だ。彼の心境をざっくりと要約するとこんなものだろう。だがこれでは困惑して拒否権を行使して事態を悪化させた源が読み取れない。

 騒動の発端は彼の転校である。これは間違いない。そこに逆視点の注釈を付けると、誰でも分かるようになる。

 ※彼が登場したときクラス内の女子達はざわついた。映画から出てきたようなイケメン俳優、というのは大げさだとしても美男子の笑顔に時めいてしまった乙女は少なくなかった。この出来事は話題の中心として花開き、もっぱらネタが尽きなかった。すると、とある少女が告白する決意を固めてその事実を親友へと伝える。この噂は忽ち井戸端会議に掛けられ、多数の異議が唱えられた。その多くが同学級生徒、二年二組のメンバーであることは言うまでもない。問題は彼女たちが優しいことだった。せっかく同じクラスになって馴染み始めて、これから皆で仲良くやっていきたいと誰もが思っている事が問題だった。いっその事治安部隊成るモノを結成して事が治められれば表面上の崩壊はなかっただろう。恋と友情の両方を取った彼女たちは個人的感情をクラス内に持ち込むことを禁じることに同意した。


 二年二組は崩壊を回避しようとして崩壊した。



 ▶ ▶ ▶



「じゃあ、お互いに仲が悪くなった訳じゃないんですね」

 その通りだ。まあ、中には憎しみを抱いている人もいるのかもしれないが、全員の心情を把握することなど不可能。あくまで憶測だということを添えて俺は頷いた。

「そうだったんですね、私だけ何も知らずに、それなのに、親友のことさえ信じ切れなかった……」

 無理もない。彼女は特別な感情を坂田京介には抱いてはいないのだから仕方ない。俺に言わせれば余計な気遣いだ、と一蹴モノだがほっとしている彼女にはどちらでも構わないことなのだろう。経過や過程ではなく結論を求めるタイプか。

 それではここで彼女に最重要課題に取り組んでもらおう。

 探偵がすべきことは何か。

 謎解きだ。

 でも僕らは、先輩と俺は偽物探偵だ。探偵など便宜上の肩書に過ぎない。自己満足のための謎解きをしたいのではない。

 一番大事なのは依頼者がどうしたいかだ。本人の気持ちに寄り添って事件を解決する。それがモットー。たとえ望むものがハッピーエンドでなくても。そしてこれが一番の問題で誰にも解決できない。だから先輩は俺に調査を任せた。違う結論が出るんじゃないかと希望を抱いて夢に託したから。でもそれはどこか別次元にあって現実的ではない。日々の小さな幸せで満足して、それで誤魔化すから見ているつもりなのは虚像であって本物じゃない。現実的ではないから夢や希望は幸福で隠れて見えない。

 だから今回もそうだ。

 依頼者である東楽園花の意向に従うまで。引くべき一線があるという点では探偵と変わりないが。

 東楽園花は涙を改めて拭いて、顔を前に向けて何かを決めたようだ。それが恐らく答えで彼女の顔は晴れていた。明らかに吹っ切れた様子でこう言った。

「本当にありがとうございました。あとは、自分で何とかしてみます。いや、する。うん。ほんとにありがとね、色内」




 今日は他に特別な訪問者はいなかった。

 珍しく何もない穏やかな放課後だった。

 ふと先輩が柄にもなく夕日が見える、きれいだと呟いた。

 夕焼けか。俺は夕焼けよりも焼け切った後の日の入り後の空のほうが好きだ。天気が良い今日は澄んで青が映える。蒼でも藍でも碧でもない青いろだ。一日の終わりを告げるとするならばこの青がそうであろう。人が決めた時間という物差しなど見なくても空が教えてくれるのだ。やがて欲望に塗れた黒で覆い尽くされるのだ。昼間消化しきれなかったエネルギーを消費続けるか、生物本来の欲望である睡眠欲に逆らわずに従うのかの二択だけどな。

 そしてまた日の出前に、明るいほんのりした青が姿を現すのだ。

 

 青に始まり青に終わる。

 

 

 今回の事件の問題自体はまるで解決していない。それはやはり、どうしても彼女次第でしかないんだけど、それでも東楽園花の笑顔に笑みが戻ったことだけは真実だ。これからどうするかは自分で決めるというのだからこれ以上踏み込むというのは野暮というものである。

 隠れた事実は解明されて一つ明らかになった。それでも俺の直面した現実が変わるわけではない。

 今日もカレンダーは五月の太文字の下に二十四日までバツが付けられている。

 

 二十五回目の建午月が終わり、新しい五月二十五日が来る兆候しるしとして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る