▶②
当面の目標は状況を把握すること。今は何が問題なのかが分かっていない。きっと推理小説に出てくる名探偵さんなら相談者の一挙一手見逃さずにヒントとし、事件の真相を見抜いてしまうのだろうな。
名探偵として有名なシャーロックホームズは探偵についてこう言っている。『理想的な探偵は、さまざまな側面を持った一つの事実を提示された時、そこに到る全ての出来事の連鎖だけでなく、そこから発生する全ての結果まで、推理できるだろう。だから探偵は、一連の出来事の連鎖を一つ、完全に解明できたなら、それ以前も、それ以後も、他の全てを正確に説明できるべきなのだ。』と。
だが俺は探偵でも何でもない。助手という肩書は一応得ているが、いつも大抵は俺が出るまでもなく、先輩が名推理というか真実を披露して解決してしまう。先輩も営業として探偵を行っているわけではないので、正確には探偵とまでは呼べないかもしれない。
よって無能と呼ばれても一切反論できない出来損ないは、見当もつかないし、特に当てもないので現場へ向かうことにした。無謀かもしれないけど。
二年生の教室は一階である。俺は階段を一つ降りて行く。教室の横看板をずっと確認して二年二組の教室を発見する。
なんかちょっと胸が高鳴る緊張。
俺は二年二組の教室を遠巻きから見てみる。様子見だ。うん、何も異変はなさそうに見える。そもそも人がほとんどいない。放課後だから皆帰ったんだろうな。俺も早く帰りたい。
愚痴を溢してはいたが、ドアが開いていたのでこっそり覗いた。やはり教室にも殆ど人がいなかった。残っていたのは三人だけだった。男子が一人、女子が二人。すると男子の方が俺に気づき目が合ってしまった。仕方ないので軽く会釈して許可を勝手に取りながら教室に入る。何か話が聞けるといいのだが。
「なんか用」
相手から話しかけてくれたのは非常に有難かった。何せ、話をどう切り出そうか迷っていたし。
このクラスで何かありましたか?
なんて間抜けな質問到底できない。めっちゃ不審がられる。俺一年だし。だからそういう意味ではいい流れ。
俺はぶっきらぼうに投げかけられた御最もな質問にどう答えようかしらと、逡巡していると、勘の良い少年は何かを察した様に見えた。そして彼は視線を逸らして、続けてこう言うのだ。
「このクラスのことなら放っておいてくれ。誰に何言われたか知らないけど他クラスにまで面倒をかけていない。こっちの問題だ。部外者は出て行ってくれ」
驚いた。この反応は予想外で拍子を抜かれてしまった。ということは、これは過去にも援けを差し伸べようとした良心的な生徒がいた、ということになる。でもそれは失敗した。何か逆に気持ちを逆撫でるようなことを言ったのかもしれない。それとも有名なのかな、このクラスの異様な状態が。どちらにしても警戒されているとなると厄介だ。もう一度説明して、教えてくれと言っても煩わしいだけで取り合ってもらえないだろう。
俺の存在に機嫌を損ねた彼は八つ当たり気味に突き放してきた。
「・・・探偵気取ってるんじゃねえよ」
バレてる。俺のことが探偵擬きだとバレている。俺は普段、あくまで立ち位置は常に助手なので、大体後ろに隠れている。顔的存在は色内先輩が務めているのだ。この学校で探偵っぽい活動しているのは偽物の方が有名だろうからそちらを指しているのなら我々のことになり、すでに正体がばれていることになる。
でも俺たちは今日からついさっき始動したばかりだ。もし知らないとしたら、そういう関連の人たちにかぎ回れていたことになる。何度も来ていたとして俺がその一人であると勘違いしていたら。やはりそんなことをするような人物は一人しかいない。
本物の探偵部の部長さん。
ちょっと推察が上手く言った気がして、口元が綻んでいると、残りの女子から敵対心全開の目を向けられた。何処か居た堪れなくなって、すっかり怖気づいてしまった。
ひやひや汗。
女子生徒が二人、無言でこちらに向かって来たような錯覚だ。この時恐ろしいと思ったのは彼女たちの目だ。澄んでいない。濁ってはいないのだが色が写っていない。何か怖がっている。そんな気がした。俺は、その二人に教室を追い出されてしまった。
▶
当事者の方々には殆ど話を聞けなかった。これでは状況がまだ分からない。足で稼ぐと決めた以上、とりあえず話題に上がった人物のところへ向かうしかない。旭風藻盤高校公式探偵部の部室はどこだっけ。
探偵部といってもやっていることは連載中・慣行中の未完のミステリー小説について真相や展開、あれやこれや憶測を討論しあう読者家と自称評論家気取りが集まった文芸部みたいなものである。俺らとは仕事の本質が違う。部活を仕事って言っている時点で俺の観点が違うだけかもしれないが。
彼らは自作のミステリを解きあったり、著名作の最新刊が出る前に今後の展開や考察などの持論を繰り広げるそうだ。何が楽しいのやら。
俺は基本ミステリー小説とか嫌いだ。大嫌いだ。まず、とりあえず人が死ぬ。これはもちろん偏見でしかないから、人が死なないと始まらないようなミステリが最悪だと言い換えとく。そうでなくとも面白い作品はたくさんあるはずだ。ミステリーというよりサスペンス嫌いか?
何が気に食わないのかと言うと、人が真っ先に死ぬことだ。先立って気分が悪くなる。その人物の背景とか、死ぬべき悪行をしていたから天誅♪天誅♪とかいうのは物語上の味付けとか飾りでしかないわけで、人が一人、架空の世界だとしても死ぬのだ。それを気分よく読めるわけがないだろ。あと、探偵というか俺も含めてそうだが、もったいぶるあれ嫌い。もったいぶって話を盛り上げるのはいいだろう。でもただキーワードだけを浮かべて、いかにもな考えが浮かんで突拍子もなく行動を始めるあれはいかがなものだろうか。そう考えると探偵ではないが一応助手である俺も身の振りぐらいは気を付けないといけない。自分のことを棚に上げて、みたいなのは一番やっちゃいけないから。
確か探偵部の部室は二年生の教室の奥の音楽室の準備室の奥にあったはずだ、と独り言のように確認しながら歩く。二年八組の隣が音楽室だから、あ、その間か。
着いてた。
あれこれ難癖つけていたら着いてたよ。しかし思わず通り過ぎてしまいそうなぐらいに分からない場所だ。認知度の低さも頷ける。あ、ここの部活廃部の危機らしいですよ、こちらと同じく人数不足で。はっきり言うと、完全に隅に追いやられている変人の集まりでしかない。
そんなミステリーオタクたちが集まる部室の前で一つため息を吐き、意を決してドアノブを回そうとする。いや、一応、ノックぐらいはしとこうか。一度手を放して拳を握って白をたたく。
〉はい。
返事が聞こえたのでドアノブに再び手を掛けた。
部屋に入った刹那、部室内の全員が固まった。見てはいけないものを見たかのような凍り付いた手足で。
いや、そこまで警戒したり邪険にしなくてもいいじゃないか。
一番手前に座っていた本を開いていた人物がちらりと視線をこちらに宛がった。彼女はこの部活の部長さん。名前は覚えていない。長髪で表情を読み取りずらい人だ。彼女は来客の顔を見るなり、
「ようこそ」
とほくそ笑んでくれた。
これにてようやく歓迎ムードと相成った次第である。
散らかっていた本や雑誌や機密書類をダーッと投げ払い、座る場所と荷物置きぐらいの空間は確保してくれた。
機密書類ってなんだよ、と気になりだしたら止まらない胡散臭さが充満した怪しげな空間ではあったのだが、用があるのは俺の方なのだ。飽くまで下手に徹する態度で腰を下ろした。
「……今日は、入部希望で……」
「いえ、今回は二年二組のあれについてお伺いに来ました」
開かれた本でより一層表情を読めなくしているのだろう。それでも期待から落胆へと変貌する様子が一目瞭然だった。ちょっと可愛いなんて思ってしまう。
ほかの部員たちはというと、俺の一言に空気が再び凍ってしまったようだ。俺はどうやら氷属性の呪文を取得したらしい。ヒュドラ!
あれ、ヒュドラは蛇だったような。うん、無関係だな。エモーションに任せるからこうなる。
冗談はさておき、意味ありげな思わせぶりな直球を投げ込んでみる。
「あの、二年二組で何をやったんですか」
すると部長さんは完全に隠れてしまった。
え? なんで。どうしたんだろう。そこまで重大なミスを犯したのだろうか。少なくともこの件に関係していることは確かのようだ。
仕方がないから隣に同じ問いをする。
「部長さんは何をやらかしたんです?」
「いや、その、それはちがう。部長じゃなくてやってしまったのはこいつだ」
話を振られた副部長は渋々といった様子で重い口を仕方なくという感じではあったが、ようやく口を開いてくれた。
副部長の彼によるとどうやらこちらが受けた依頼主である生徒と同一人物がこちらに来る前に探偵部に相談に来ていたことが分かった。東楽園花による探偵部への依頼内容は次のようになる。
▶二年二組にある日転校生が来た。彼の名前は
以上だ。
しゃべりだす前まではごもごもと口籠っていたくせに、いざ話題が興味関心のあることとなると口々に異口同音にそれぞれが各々が赴くままに話すものだからまとめるのに時間を要した。
東楽園花がただ泣くことしかできなかったのはただ精神的に限界だったのかもしれない。気が狂い狂気して錯乱していてもおかしくなかっただろう。
でもこの説明じゃ俺の問いに答えていない。
「結局どこをミスしたの」
「……原因が分からなかった」
俺の中学の同級生だと名乗る男子が手を組みながら言う。
「依頼者の方にね、被害妄想では? ってこいつが言ってしまって、それから泣き出しちゃって怒ってしまいまして。最後に役立たずって言って飛び出してしまったんです」
副部長と白石に挟まれている坊主頭の男子の坊主頭を丸めていた。これ以上ないぐらいに真ん丸にしていた。こいつもさっき名乗っていた気がしたがもう忘れた。よってあだ名を坊主とする。つまり余計なことしたのはこの坊主か。部長さんじゃないのね。
しかし、どうしたものか。俺、精神フォローは苦手なんだ。いくら埒が明かないからって被害者を追い詰めても仕方ないだろうに。
探偵部のミスはつまり、依頼されておきながら真相がわからずに依頼人の被害妄想だと言いくるめてしまおうとしたこと。例え探偵部の実態や本来の活動内容を知らないで勘違いで来たにしろ、唯一頼れると思って縋り付いたのに、彼女は裏切られた思いになり想いに限界が来た。そこで藁をもすがる思いで親友を最後の砦として頼ってきた、と。このような事の顛末を経て我が部に転がり込んできたということか。坊主に至ってはただ投げ出して自棄になっただけで本当に余計だった。
最初から色内先輩に頼ろうとしなかったのは何か話しづらい要因があったからだろう。たぶん教員は役に立たないことと似たような感じ。この状況はすでに把握しているだろうけれども、授業は通常通り行われているみたいだし、具体的な動きは見られないから。
先輩は同じ学年だからなんとなくの察しは付いていたはずなのだ。そうだ。先輩はそこまで鈍くないし馬鹿じゃない。逆に言えばその程度では自称であっても探偵だとは名乗れない。だとしたら何でだ?
問題は問題にならない限り問題ではないってか。
いや、違う。先輩は人が困っているところをそのまま見過ごすような人間じゃない。街中で困っている人がいても、周囲が流れて流れるがままに遠巻きから流れるだけの傍観者気取りになろうとお構いなしに手を差し伸べられる人だ。俺はそれも含めてあの人に付いて来ていることにして今に至るはず。だったらどうして。
問題点と依頼者の状況と解決先を取り敢えずは把握した。きっと東楽園花は元の生活に戻りたいだけ。答えの真相を本当に切に求めているわけじゃない。それでも解決には解消すべき問題点を見つけないといけない。きっとそれが全てだろうから先輩の意図も分かるはず。
一体、二年二組に何が起きたというのだろうか。
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