照隠しっ!
小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】
【ひの章】 照隠しっ!
【ひー1】 現実的ではないから夢や希望は幸福で隠れて見えない
▶①
宝くじ。
なぜ人はこのギャンブル史上最も採算の取れない物に手を出すのか。この問いに対して、ある人は夢を買うのだと答える。おそらくこれが事の全てでそれ以上でもそれ以下でもない。しかし、夢を買う? どういうことだろう。宝くじを買わない人でも、大金を得たらどうするかという妄想ぐらいはしたことあるだろう。つまりそれが最大の目的。そしてここで誰もが思うはず、妄想なら買う必要ないのでは? わざわざお金を出して購入するのはなぜだろうか。俺が思うに宝くじを買う人はそれが現実に近づいたと感じて、どこか幸せな気持ちになるのではないだろうか。一等じゃなくてもまとまった幸せ=お金が手に入るかもしれない。二等の百万なら、下位賞の十万円くらいなら当たるのでは、そうやって想像するだけで幸せなのだ。
宝くじを購入する人は夢を見る機会を、夢自体そのものを、手にした気分になるのだ。(もちろん実際に手にしたわけではないのに)夢を見て幸せな気分に浸り、想像を膨らませるだけで楽しいのである。外れても慈善事業に使われるし、世の中のためになる。寄付みたいなもの! 当然当たる可能性が無から有になる、買わなければ当たらないではないか。ゼロよりは良い。もちろん当たるに越したことはないし、当たったらそれこそ有頂天だ。その時には勿論、俺は当選者には賞賛を送るべきだろう。これは滅多に当たらないからこその非当選者の頑張ってこじつけた言い訳なのだ。想像することは自由だ、当たったら仕事を辞めて豪遊すると考えることは自由なはずってね。
でも、やっぱり、大金を一度に手にすることはあまりにも現実離れしている。だから彼らは宝くじを買って現実を帯びたものに変わった気分になろうとするのだ。この話題で最も頓珍漢で筋が通っていないただの押し売りが反対論者——つまり宝くじを買うのは馬鹿らしいと嘲笑している人間のことだ。反対論者は口を揃えてこのように言う。確率が計算するとこれぐらいだから買っても意味がない。一枚の額の半分ほどの価値しか実際にはない。割に合わないギャンブル。無償で納税しているのと同じ、等々。得するかしないかという、実にギャンブルに忠実に従って議論を展開する。挙げだしたらきりがないが、大雑把にまとめれば現実的ではない・合理的でないという結論に至る。宝くじを買う者は愚か者だと罵るのだ。先ほどの夢を買うのだというきれいなどこかロマンチック染みた回答は、これら反対意見に対抗する手段として使用されることもあるのだが、それは筋違いだ。これはどう見たって、論点が合ってない不毛なやり取りだ。この論争は対立しているようで全くしていないと言える。これから否定を証明する。
まず、一方は自分が損するということを認めたうえで、購入する目的を述べている。夢とか幸せとか希望とか。もう一方はその損するということを一方的に
自分は宝くじを買うのは愚かだと思う側の人間だ。だが、ただのクレーマーやいちゃもん付けとは意見が違う。この場合否定すべきは夢とか希望である。幸福も含まれるのかな。宝くじを買う人間は十中八九夢や希望、思い出や楽しみを買う、当選した時の自分や未来や周囲の羨望のまなざしを妄想することが目的だと言うのは先ほどから散々繰り返してきた通り。非現実的な世界が現実に起り得るのではという可能性があってこそ想像できる。だから買うのだ。それではその甘ったるい幻想を打ち砕いてこその否定だ。そもそも夢や希望がどんなものかを考えれば自分がいかに愚かな愚者であるかを再確認できる。
夢は抱くもの、持つもの、見るものであって買うものではない。実際、購入者の殆どは億万長者になった自分という〝夢〟を見て買い、その夢が現実味を帯びたようだと錯覚しているだけであって、本質的には何も変わらない。どこか外部にあって外側できれいに輝いていて幸せに隠れて見えない現実とは別次元の存在。それが夢とか希望とかの正体。だから買う必要はない。そもそもお金を出して、現金で買えるような物じゃない。お前らの言っている夢なんてただの買い物に過ぎない。そんなの夢なんて言わない。
これが俺の総意。
でも先輩にはこんな長い駄文を連ねる必要はなかった。
「だから、たくさん買う必要はないの。一枚で十分よ。二兎を追う者は一兎をも得ず、虻蜂取らず、欲の熊鷹身を裂ける。幸せって脳に残った子供心みたいなモノだからね。欲を出しちゃうのは分かるんだけど、程々にしとかないと」
結局買うようです。アプローチは違えど、着地地点は似たようなものになると予想していたんだけど。
こうして彼女は唐突に劇的に始まる前に話を締めた。一枚で十分よ、と。俺の論証の半分以下どころか一言で。
▶ ▶ ▶
こうして学校に文句を言いに来た四十代の主婦はすごく共感されてニコニコして先輩にハグして、褒め殺して、ようやく一礼をして出て行った。
元はと言えば成績の付け方に文句をつけに来た保護者の方なのだが、先輩がなだめて話をうまーくずらして逸らして世間話をしながら悩みを聞いて。そしたらその世間話の中で宝くじが出てきた。これが意外にも盛り上がり、こうして今の回答がポンと吐出し、解決したのだ。結果ご婦人はよく分からないだろうけどなんかすっきりして帰られた、という起承転結である。
とにかく、はい。
本日の営業はこれにて終了!
過程がどうであれ結果がすべてなのだ。上手く丸く納まればそれでいいのだ。
「ふう」
わざとらしい溜息は驚いてほしいだけの空振りに似ている。人には似合わない青の血液に驚く人形がほしいだけ。いまこの部屋に漂う生ぬるい風はオパビニアの頃からきっと変わらない。
ぎぃぎぃとパイプ椅子に全体重を乗せて上を向いた時、壁に掛けられている時計が視界に入った。時刻はすでに四時を回っている。今日は六時間授業で三時半頃には放課となった。よってこの時間は放課後の絶頂時であるため、放課後活動に勤しむのが本来あるべき生徒像なのだろうが、活動をしようにもどうやらお客さんはここまでのようだ。
じゃあ、俺も帰ろうか。
ご婦人の姿を見送り、姿が見えなくなったのを確認すると、俺は座っていたパイプ椅子から立ち上がり、ミシミシという音を立てた。
はずだったのに。
肩を掴まれて座り直させられた俺はキョトンとした表情になってしまった。後ろから
「入ってきていいですよー」
その声を合図に先ほど閉じたばかりの扉は音を立てて再び開き、新たな来客はか細い声で失礼します、と一応の断りを入れる。顔を覗かせたのはとある女子生徒一人。
ポニーテール。それが第一印象。
彼女は室内が入っても良い状態であることを確認すると、安堵からか
「色内~、助けて~」
いきなり飛びつかれた先輩は、そのか? と困惑した様子でありながらも名を呼び本人を確かめる。どうやらお友達でいらっしゃるようだ。
色内先輩が〝そのか〟と呼ぶ彼女の身長は百六十ぐらい。リボンの色から二年生であることが分かる。胸はやや微小。体型は細身。女子独特の服の袖を掴む仕草を無意識に行っている。涙は何度も流していたようで光が当たってパリパリしている。
俺は残業いやだな、と思いながらいつものように、まったく、動ずることなく、客人をもてなした。泣きついてくる系は前にもあった。慣れてしまうと薄情になるものだが別に優しさを捨てたわけじゃあない。態度は素っ気なくなるが経験がある以上質は上がるってものさ。
俺は自分の態度の悪さを言い訳しながらというか涙を流している女子にハンカチも差し出さないで事務作業している情けなさを誤魔化した。先客だった婆さんのコップを下げて、新しいコップを棚から取る。
涙ですっかり赤く目を腫らした彼女は、他人行儀な態度で出された麦茶に対して礼をする。俺ではなく麦茶に。人見知りのようだ、愛想の良さそうなポニテなのに。
俺は残り二つのコップに麦茶を満たして各々に提供した。誰も何も言わないと俺が何か間違っているみたいだ。善意から生じて行われた行為なのに気恥ずかしさしか残らない。誇らしさは生まれなかった。床屋でエプロンを取られたときに組んでいた指が露になってしまった感じのあれだ。
事情を聴こうと先輩は相談者の隣に座る。何か話してるみたいだけどよく聞こえない。これは近くに行って良いものか。女子の会話に入るのはどうにも苦手だ。蚊帳の外って辛いんだけどさ。ボッチにとってはルーティンだから慣れっこだもん。意地を少し張った俺は遠くから眺めることにした。パイプ椅子の背もたれを正面にして座る俺と、依頼であるはずなのに内緒話みたいになってる女子二人。
▶
天井近くの壁、天井を縁にして歴代の校長の写真が並び、その下のガラスケースには数多のトロフィーが顔を揃えている。そんな部屋で麦茶をすする音が場違いに響いた。
「ね、だから泣かないの」
先輩は頭を撫でて慰めている。そこはきっと二人だけの国でだれも立ち入れないだろう。ふと顔を上げた先輩は視線を俺に向けて大事そうな何かを合図する。視線は何かを訴えているんだが、俺は野球の選手とかエフビーアイじゃないのでサインとか信号とか読み取れません。すいませんごめんなさいわからないです。
話の断片でも聞こうと、これでも一応盗み聞きしようと試みた。それでもほとんど会話の内容は聞き取れなかった。会話をしていたかどうかさえ怪しげで、先輩の相槌しか分からなかったぐらいだ。これは重症だ。それでもこれが問題であることは明らか。どうやら久々に、正式に部として動くこととなるようだ。
一応。
そもそもこの部活は正式ではない。非公認だ。理由は多岐に渡るが、決定的なのが人数不足。俺と先輩しかいない。二人では同好会にすらなれない。非公認であるにも関わらず活動できているのはなぜか。それは、公には認められていないだけで、
問題なのが非公認である以上部活として認められないので、部室がまず与えられない。このような状況下で利用している部屋、というのが校長の写真が陳列され、無駄に長いソファがある応接室特有の空間があり、≪校長
うちの校長は多忙なために本来居るべきこの学園には殆どいない。それがどれほど重要で忙しい仕事なのかは知らないけれど、この学校にいることが少ないのは確かだ。仕事に関してはもちろん代理の教師を立てて支障のないようにはしているようだが、多忙な教師たちだ。すべてを賄うことは厳しい。
そこで我ら第二探偵部は、我が校に訪問される来賓の方々の接待を受け持つことで他の活動も認めて貰っている。確かに学校に対する文句を言いに来たのにそれを生徒が対応するというのはどうなのだろうか、とか非難を言われるのは承知の上でやっている。
実は、俺がここに来る以前に色内先輩は学校の信用に関わる事件を解決したそうなんだ。俺も噂でしか聞いたことがないから、はっきりとしたことは分からないんだが、色内先輩自身にも関わる事件だったようだ。その功績を教師は讃えて今の第二探偵部の部活動という名で探偵ごっこを行わせている。もちろん本物の探偵ではないので報酬が貰えるということはない。
本人は学校のために自分が貢献できることが嬉しいと語っていたので、それならばそれで部活動の意義に反していないような気もする。学校から認めるというより黙認と言うべきだろうが、まあ、簡単に言えば訳アリ物件ってことさ。
「さて、どうしようか」
本題に戻った。というか、まずなぜ彼女が泣いているのかを聞きたいんだけどな。
俺が完全に置いてけぼりである事を把握すると先輩はようやく依頼人の紹介をしてくれる。さっきのウインクで分からなかったのかと不服そうだが、俺と先輩はアイコンタクトで伝わるほどまだ親密じゃないです。
「えっと、彼女の名前は
蚊の鳴くような声とはまさにこのような事をいうのだろう。ほんと何も聞こえなかった。俺は先人たちの知恵に敬服を示しつつも、この依頼事はどうせクラスが二つに割れて対立しているとかまたは誰かが喧嘩でもしたんだろう、すぐ終わりそうだなと浅く考えていた。
て、いたら。
「二組、今誰も何にも話さないんだって。会話のない静かなクラスだって」
心の隙を見抜いて抉るような毒突きをお見舞いされたような言葉と寂しい笑顔をこちらに向けて、それから東楽さんを撫でて言った。
「とりあえず、情報収集から。始めようかな」
え、何を、何の情報を集めるんです? 何が問題で、何を解決するために何の情報を……その状況を調べに行くのか。どうやら先輩もよく分かっていないみたいだ。
それではどういうことだろうか考えてみよう。考えることは無駄ではないはずだ。仮定を立ててから動いたほうがいい気がする。
静かなクラス。静かで大人しいクラスならば、そんなに問題なさそうだが。人間関係の悪化? 誰も何も話さないということは全員が
頭の中でうだうだ考えていても結局ダメだった。東楽さんはこれ以上話せそうにないし、あとは足で稼ぐしかない。先輩はエスオーエスを発していた友人を慰めて寄り添い、心配しつつ部屋を出る。俺にも寄り添ってもらいたい。
仕方がない、仕事だ。
パイプ椅子が静かに音を立てるのを後ろに、ため息をお供に俺も扉に手を掛けたのだった。
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