▶⑤
「爆弾だぁあ。爆発するぞぉお」
少しだけ静かになって、ざわざわして、それから俺が宙に物を投げるや否や注目がそれに集まる。落下するにつれて、避けるように一定の場所が開いた。定期的な電子音を発するそれは爆弾だといわれればそれにしか思えなくなって行く。人々は阿鼻叫喚し我先にと散り散りになった。
「学校が吹き飛ぶぞぉお。逃げろぉお」
途中で止まらないように追い打ちをかけ続けた。
「ふぅ。あ、あのさぁ。招き猫を二つ、だれか買ってきてくれませんか? 安物でいいんで。うん、あ、じゃあ、お願いします——よし。それじゃあ、こっちはこっちで解答解説でも始めますか——なぁ、野郎ども」
猫は色内先輩が買ってきてくれることになった。人が去ってがらがらの敷地内には十人ほどが残るだけとなり、暗い顔をしていたり頭を抱えていたりこちらを睨み付けていたり諦めている元モデルなどがいた。
「あの人たちが、犯人?」
「そうですね」
うちの高校の入り口は芸術的なアーチ形になんぞなっていない、だからくぐるというより校門を通って入って行ったわけだが、それを歓迎している様子は誰もいない。誰も理解できていないからな。俺サイドも坂田京介サイドも。俺の言わんとすることをわかっていない。これから説明するから当然っちゃあ当然だけど。
「では、手短に説明します。屋根に猫を置いたのは二年二組の男子の方々の手によるもの。猫そのものに仕組みは一切ない。普通の招き猫だ。そこら辺で売っている普通の置物と何ら変わらない。この際、猫の効果なんぞどうでもいいんだ。大事なことは二年二組の
ざわざわもしない。耳障りに鳴くこともしなくなかった烏は剥製と見間違えそうだ。坂田京介はあまりにも普通の笑顔で、淀んだ曇天が立ちこんだ隙間にこう言った。
「確かに君は僕らの事情を知っている。だけど肝心の猫の証拠は? 君の言うことが正しいのなら猫の力を見せてくれよ。あれは神から与えられた特別なものなんだ。あれには神の力が宿っているんだよ。投げればそれだけで勝手に、独りでに屋根に乗っかるんだ。そして効果を発揮してくれる。本当だ。あれはその辺で買える物じゃない」
こいつも必至だな。恋愛のし過ぎで府抜けちまったのか?
「お、お待たせ~。かってきたよ~」
ひいひいと息を切らして全速力で帰ってきてくれた。最高のタイミングだ。心の中で感謝しつつも二人、決め顔で一体づつ〝まねき猫〟を持った。そして俺は先輩の〝まねき猫〟の右手を取った。同時に俺の〝まねき猫〟の左手を取る。右をひっくり返して左にくっつければ〝まねかない猫〟の完成だ。どうやってくっついたのか。それは俺にもわからない。それでもくっ付くのだからそういう仕様なのだ。
完成した〝まねかない猫〟の目を見た俺はこいつの心情を勝手に考えた。なんでこいつはいつも招いているのだろうか。金運にしろ、人にせよ。本来はネズミを追い払うことから養蚕や農家等に親しまれていた動物なのに。夢に出てきた猫を信じたら商売が繁盛したとか、招いている姿を道端で目に留めた人がそのまま寺に立ち寄ったら、急に雨が降り出して難を逃れたとか。諸説ありすぎるだけに得体の知れない奇妙な奴だ。
この猫は招くことで親しまれているが、果たして招かない猫は好かれないのだろうか。嫌われてしまうのだろうか。集めることができず、追い払うことで孤独を貫くこいつは、そうしたら何だ。なぜそうなった。なにがしたくてどうありたいんだ。お前にはどうしようもないことだったな。少なくともお前ひとりがどうこう出来る問題じゃないよな。この世界がそうさせてしまったのだから。お前に罪はない。すまないが、それでも利用価値があるうちは少し使わせてもらうよ。もう少し頑張ってくれ。
「そーれっ」
俺は〝まねけない猫〟を空高く投げた。雲が多いのに寂しい空だった。
▶
俺たちは全員外に出た。もちろん先ほどから屋外にはいたから、室内からの外ではなく敷地内からの外である。効果が実証された猫は悠々と屋根に座っていた。彼らは困惑していたが、俺はここまでしておいて見捨てるほど心が鬼ではない。寧ろ天使
俺、一個人の感情はさておき、事件は急に解消する。解決したかどうかは本人に聞かないと分からないが、非日常内の日常は戻った。〝まねかない猫〟事件の前には戻ったってことね。
その後を話そう。爆弾騒ぎがデマだと分かると札幌市民は怒りを露わにしながら非難しつつも、避難を続行した。翌日になると急に現れた猫は死の時を察したかのように、また急にいなくなった。学校ももちろん再開し、札幌市内にも平穏が見かけ上だけでも訪れたんだ。
例の二年二組は一致団結した。と、言うのも今回の事件を解決したのが彼ら二年二組のカラス野郎どもということになっているからだ。事件解決のために縦横無尽に駆けたことになっている彼らの活躍はでっち上げに尾とひれが想像上で創造されて泳ぎだした。そしたら女子のほうも何を思ったか、日常を取り戻したそうだ。解凍された教室は今どうなっているのか。俺は知る由もないが、大方自分らの行いに女子たちが恥じたかカラスに御霊でも持っていかれたのだろう。
一方の俺は今回の黒幕とティータイムを過ごしていた。噂をばらまいた日の放課後だったので正直、家で寝るかテスト勉強しなきゃなぁ、とか言いながらふて寝をしたかった。それでも最低限の確認は必要だ。後学のためにも。
「それで、なんでそんな設定にしたんだ?」
「あー、ねこさんがかわいそうだったから?」
「はい?」
「かみさまになりたかったのに、かみさまでいたかったのに、ネズミははぶられたから。かわいそうだなって」
「それだけ?」
「それだけ」
やっぱり神様って気まぐれだ。それだけで世界を書き換えられては、ホントにたまらない。
目の前で紅茶を頬張っている少女・
少なくとも俺に関わるということぐらいは承知の上で彼らに猫を送ったはず。神の神意はどこにあるのか。それが一番知りたかった。
「なぁ、照神はおれに何を求めているんだい?」
「あたいがかみだったしってる?」
「そりゃあ、この間話してたから」
「それでいい。それだけでいい」
この時の俺はこのことをまるで理解していなかったのだろう。あれこれが分かったつもりのめんどくさい高校生でしかなかったのだから。気持ちがテストに向いていたことも要因かもしれない。さらっと流してしまった布石された伏線は夏休みへと続く。テストが終わればすぐに夏休みだ。今年はどんな夏になるのやら。
▶続
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