3-2
ドロシーとは女神の高台で別れた。彼女の住む屋敷が近くにあるらしい。
フルアルと三人で宿への帰路を歩み、そのまま流れで食事をとることになった。
「今日のこと、良かったんですか? その、デートとか、急に……」
フルアルに問いかける。どうしても気になっていたことだ。
「別にいいさ。どうせ今日は街を見て回るつもりだったし、エテナちゃんと仲良くなれたからね」
微笑みを形作る薄い唇が明るい声音で告げた。どこまで本気なのか分からないところはドロシーと似ている。
そういえば、レターとドロシーが手をつなぐ一方、エテナとフルアルは全く手をつないでいなかったものの、人形と戯れてからはエテナの態度が微妙に変わったせいか、人形を介してではあるが、手をつないでいることもあった。ただし、その様子はデートというより子守りに見えてしまうものだった。
「エテナは失礼とかありませんでした?」
「悪戯されることはたまにあったけど、可憐な妖精みたいなものだよ。楽しくて充実した時間を過ごせたさ。僕の作ってあげた人形も気に入ってくれたみたいだし、とても嬉しいね」
レターの隣に座るエテナは、声や指で犬などに芸を仕込む要領で人形を踊らせたり、走り回らせたりして遊んでいる。人形に意識があるわけではなく、中に流れるヰオンをエテナが操作しているらしい。不思議だとは感じるものの、フルアルが自分を助けてくれた時に比べると、全くなんでもないことのように思えてしまう。
「本当に気に入ったみたいですよね」
人形を見つめる翡翠の瞳は心なしかキラキラしている。
「この世に散らばる輝きを採り集めた
人形遊びに夢中のエテナは聴いているはずもないのに、フルアルの言葉はどこに向かっているのだろう。
「すごい、ですね」
思わず感心と呆れのないまぜになった感情が零れた。
「何がかな?」
「えっと、言葉の選び方というか、とても口にできないというか」
君の瞳に乾杯などという赤面必至の文句が連想されてしまったくらいに、フルアルが口走るのは、レターが口にするとしたら何かの罰ゲーム以外に考えられないセリフばかりだ。
「何を言ってるんだい? 可愛らしい姫君、女神、天使、妖精――この世を明るく照らしてくれる存在に巡り会えたのならば、胸わき立つ感激のあまりに自らの扱いうる美しく麗しい
わき立っているのは頭の方ではないかと思うが、巡り合えた感激にそういった言葉を思わず浮かべてしまうことは確かにあるだろう。それでも、とレターは思う。
「たとえ思ったとしても面と向かって伝えるのは――」
「口ずさみ伝えなければ、めくるめくロマンスを溢れさせ、互いの瞳に溺れる幸せはいつ訪れるんだい?」
その通りかもしれない――と危うく納得しかけたが、よくよく考えてみると、歯の浮くような口説き文句をフルアルみたいに使わなくたって、ロマンスに落ちる時は落ちてしまう。確証はないが、そう思う。っていうか、フルアルはドロシーだけでなく、エテナまで口説いていたということか。今更だが、改めて堂々と宣言されると、とても頷く気にはなれなかった。
「いつかは訪れるかもしれませんよ?」
「そうだね。けれど、いつかを待つより追うのが僕は好きなのさ」
そのように言い切ってしまえるフルアルがうらやましく感じられて、少なからず反感を覚えたものの、その気持ちを告げようとはせず、ぼんやりと考えた。
たぶんひたすら待ち続けることを好む人間は少ないだろう。けれど、フルアルのように追いかける勇気や熱意を持てる人間ばかりではないのだ。結果として待つことを選んでしまう者もいる。少なくとも今のレターには追いかけようとするものは――――あるとすれば、記憶、つまり自らの過去であり、追いかけ方すら分からない現状で、何かの機会が訪れるのを待とうと考えている。どうしても記憶をすぐに取り戻したいとあがく方法はあるかもしれないが、それでどうにかなるという確信がない。
「追うためならば、誰彼なく、なりふりかまわずっていうのは違うと思うんです。言葉を選ぶように、相手や状況も選ぶ必要がある。違いますか?」
フルアルの考えを否定したかったわけではなく、自らの行動が間違っていないと肯定したかった。選べていないのではなく、選んでいないのだと自分に言い訳したかったのかもしれない。
「あぁ、選ぶ余裕があれば、君の言う通りなんだろうね。けれど、選ぶ余裕がある時ばかりではない。だからこそ、無理して追う必要はなくとも、追うことのできる好機を得た時、実際に追いかけることができるように心構えだけはしておいた方がいいよ。いざという時に動けなくなって何もできないまま機会を失ってしまうのは悔しいことだろうから」
ぼさぼさの茶髪の下から、はっきりとは見えないけれど強い視線を感じた。
部屋へと戻って、買ってきたものを確認する。洗い替えの衣類がほとんどで、他には懐中魔導灯や金属製の魔法瓶、ライター、歯ブラシ、メモ帳といった小物を買い揃え、一応はウェストポーチや折りたためて破れにくい安物の魔導袋も買っておいた。フルアルから借りている収納コートがあれば、鞄の類いは不必要な気がしたものの、ポケットに入る大きさのものしか入らないし、取り出したいものがある時にはそれをつかみとる動作の想像がどうしても必要であるため、何が入っているかを正しく覚えていなければ、永遠に取り出せなくなる危険があった。
ちなみにレターは魔導服を結局買わなかったのだが、エテナは洗えば汚れがすぐ落ちる魔術の施された白いローブを手に入れていた。これから寒くなるし、持っておいた方がいいと、フルアルがレザー生地のポシェットと共に買ってくれたらしい。
「どう、かな?」
早速、エテナが部屋でローブに身を包んで尋ねてくる。頭にはローブと同じ白色で、目玉みたいに黒い斑点が二つだけついた魔導帽をかぶっている。エテナに似合うんじゃないかと、レターが密かに買っておいて、部屋に戻ってきてからあげたものだ。ローブにはフードもついていたし、失敗したかとも思ったが、彼女の様子からすると別に良かったらしい。もこもこしていて暖かそうな素材であるため部屋の中では暑いはずなのだが、あまり気にならないようだ。
「あぁ、子供っぽいお前によく似合ってる。想像通りだ」
「エテナ、別に子供っぽくないの」
こちらを見つめてくる真剣な表情に思わず笑ってしまった。
「ふふっ、まぁそうかもな」
子供っぽいというより、まだ子供なのだ。いや、大人と子供の違いがどこにあるかなんてレター自身にも分からないが、今のエテナが与えてくれた安心感は子供特有の無邪気な身勝手さによるのだと思う。危なっかしくて仕方ないけれど、偽りや欺きよりも本音を優先していそうな、感じるままが表にそのまま出てくる生き方。それは人を傷つけも癒しもして、今に限れば、感情表現が豊かではない彼女の子供らしい一面が垣間見え、少し心が安らぐ。
「がぶりっ!」
何を思ったのか、レターの鼻をつまんでくるエテナ。しかも変なつまみ方で、親指と中指と薬指を使って――つまりは手で作った狐の口でつまんできている。
「うん? その手袋はどうしたんだ?」
エテナの手首をつかんで顔から引き離すと、白い手袋をつけているのが分かった。単に白いだけではなく、中指と薬指の先が黒かったり、人差し指と小指に赤が――――狐を手で作るとまさしく狐に見える手袋で、手首の辺りには尻尾のようなものが巻きついている。
「買ったの」
「そうか」
「エテナが選んだの」
「へぇ」
素っ気ない返事が気に入らなかったのか、今度は頬をがぶりとつままれた。仕方なく「あぁ、可愛い狐だな」と褒めたが、「ウサギさんだよ?」と返された。いや、鼻先だけ黒いウサギなんて珍しいし、ウサギを手で作るなら両手で――などと、狐ウサギ論争を始めても良かったのだが、エテナが
夜が深まっても、昨日のようにエテナの身体に異変は起こらず、倒れることもなく、眠りについた。
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