第42話

来た道に丸の印をつけ、行く道に三角の印をつけ、間を線で結ぶ。

セレクは、壁に白石で描いた自分用の目印を、瓶詰ヒカリモの灯で照らした。

きちんと描かれていることを確かめる。よし、抜かりはない。

去り際にもう一度振り返り、通路を確かめる。もう一度戻ってくる道だ。

忘れるわけにはいかない。絶対に忘れてはならない。



ここは闇国迷宮。その日、プラネット共和国戦官養成学校の”成人のしきたり”が執り行われていた。



成人のしきたり、それは卒業試験を兼ねた実践演習である。

セレク・メル・ミシェリは、他の3人の仲間たちともにこれに参加していた。


彼女は13歳。ミシェリの一族で、襟元くらいまでしかない短い栗毛のせいか、

よく少年に間違えられるが・・・断じて!多感な乙女(自称)である。


専攻は生存術科。養成学校に入ったのはつい2年前にも関わらず、基礎課程はもちろん、

生存術の専門課程まであっという間に習得し、”飛び級制度”によって

この成人のしきたりへの参加が認められた特待生、それがセレクだった。


同組の仲間は、魔術師のウォルフ、戦闘師のデイビス、療術師のゲルダ。

皆セレクより年上だが、組の中心で指揮を執るのはセレクである。なんたって

あの”最高の一団のルイスといい勝負をしたんだ。彼女についていけば間違いない”

というのが組の”先輩”方の統一見解なのだった。


事実、この信頼関係がもたらすなめらかな連携は、セレクの組の力を実力以上に引き上げた。今日だって中間地点ではあのウィラーフッド先生を出し抜き、お褒めの言葉を頂戴するという快挙まで成し遂げたのだから。そこまでは順調だった。本当に、順調だった。


最深部を目指して歩き出したその時、洞窟を大揺れが襲った。天井が崩れ、セレクたちは恐慌状態に陥った。そこかしこで天井や壁が崩れ、砂利と岩が降ってくる。学校の授業では優秀な成績をおさめていたセレクだが、こんな事態は初めてだった。横穴に逃げ込もうにも、そこが崩れないとは限らない。ひたすら逃げ惑うさなか、ゲルダが転倒し動けなくなった。4人は身を寄せ合い、もうだめかと思われたその時、ようやく揺れは収まった。が、通路も地形も全く変わってしまった。来る時に付けた目印もわからなくなってしまった。セレクたちは地上への帰り道を失った。


それでも彼女はめげることも臆することもせず、仲間たちを励まし元気づけ、

生存術心得2”混乱した時は、まず現状の分析から始めよ”に乗っ取って、周囲の探索を始めた。

そんな状況である。


”起点”にした窪みまで戻る。そこには傷ついた仲間、療術師のゲルダが横たわっていた。

「大丈夫?、痛み止め、また飲む?」セレクは話しかける。青ざめた顔が首を横に振った。

「・・・痛くない。何も…感じ無いの」ゲルダは怯えきっていた。彼女の右足は膝から下が赤黒く腫れ上がっている。骨折したため、デイビスの刀剣の鞘が添え木代わりに縛り付けてある。

「療術の授業で聞いたの。”痛みを感じなくなったら深刻な重症”って。あたしの足、ちぎれてしまうかもしれない」思いつめたまなざしに、セレクは微笑んだ。

「痛み止め使ったんだから痛くないだけだよ。びびりすぎ。ゲルダ」

「ちょっと動かそうか。血の巡りをよくしないと」ゲルダの足を少しずらすと

「いたたた!痛いよ!」「ほーら大丈夫じゃん」「んもう!セレクの意地悪!」

ゲルダは涙目で、それでも笑った。(よかった、笑ってくれた)セレクはほっとした。


”あの人”の教えだ。


「どんな時でも、笑うことで心を落ち着かせることができる」


ルイス・セウ・フェイラー。 


生存術科首席にして”最高の一団”。セレクが心から尊敬する憧れの大先輩だ。

最終試験は負けてしまったけれど、落ち込むセレクにルイス先輩は

「その年でここまでできるなんて、凄い才能だよ!次の”最高の一団”は君が入る。賭けてもいい」

と言ってくれた。それはセレクにとってとてもうれしい言葉だったけど。本音を言うと、


(”今の”最高の一団に入りたかったなあ・・・ルイス先輩と一緒の組に)

セレクは小さな唇をとんがらせた。

組の基本は戦闘師、魔術師、療術師、生存術師が一人ずつの4人が基本かつ理想だが、絶対ではない。

特に人数の少ない魔術師や療術師は、戦闘師や生存術師で代替するのは珍しい事ではないのだ。


(私なら、ローナス先輩やユアン先輩、カチェリ先輩と同じくらい、いやそれ以上にルイス先輩の

役にたてるのに)

(・・・なんだろう?ルイス先輩のことを思うと、胸がどきどきする。

これってもしかして・・・きゃ~セレクのバカバカ!)

おませなセレクはこの点でも”飛び級”だった。紅くなった頬を抑えて首を振る。


「セレク?おかしくなっちゃったの?勘弁してよ」怖がりゲルダが不安げな表情でセレクをのぞき込んでいる。

「セレクがだめになったらあたしたち、どうしたらいいの?」

「ちちち違うよ!これは別にそんなんじゃ」あわてて取り繕う。そうだ、今はそれどころではない。

自分たちは闇国迷宮に閉じ込められてしまったのだ。なんとか脱出しなくては。


「おおーい」間延びした声が聞こえる。戦闘師デイビスだった。デイビス・ホロ・ギャブル。

鉱山師の息子で、組の4人の中では、いやそれどころか、養成学校で一番体が大きい巨漢の少年である。


噂では、闇国迷宮には”オーガ”と呼ばれる巨人が棲んでいるそうだが、

このデイビスなら力比べができるだろう。そしてただ大きいだけではない。

鉱山師の手伝いで日々つるはしを振るデイビスは無双の剛力の持ち主でもあった。


戦闘術科でも数少ない両手持ちの長剣の使用を許されており、

彼はその重い長剣を100回以上振ることができるのだった。技の多彩さや素早さでこそ

主席のローナスにかなわないが、一撃の破壊力ではデイビスの方が上かもしれない

、そうセレクは踏んでいた。

一方でデイビス自身はおっとりののんびり屋さんで、食いしん坊である。

自前の背嚢の大部分を軽食で埋めてしまっているのは彼くらいのものだった。


「デイビス遅~い!」セレクはわざと絡んでみる。もちろん本気で怒っているわけではない。

「いやー、すごいもの見つけちゃったよー」デイビスはのんびりと言う。

「えっ、まさか出口?」セレクとゲルダは同時に叫んだ

「いやいやー、これなんだよ。見てくれよー」そう言って差し出された手に、何かねばねばしたものが絡みついている。

「なにこれ?」セレクは尋ねた。

「洞窟を進んでいたらこれが顔に絡みついてさあー、なんかいい匂いがしたから、舐めてみたら、すっごい甘いんだよー!」

「そっれっは!蜜蜘蛛よっ!」横たわったゲルダが叫ぶ、呆れてものも言えないを通り越し、怒りすら感じているようだ。「”洞窟の生物”で習ったでしょ!洞窟内に張った網に蜜を絡ませ、寄って来たコウモリを捕えるって」「ええーそうだったっけか?覚えてないなあー」デイビスはのんびりというと、「とにかくこれは大発見だよー!いざという時の食料に使える」手についた糸をもうひとなめして「うん、うまい!ゲルダもどう?」

「いらないってば!コウモリの生き血を吸うクモの糸とか気持ち悪すぎ!絶対なんか病もらうにきまってる!ったくいい加減にしてよねデイビス!腹下しの薬はあんまり残ってないんだから!」そうなのだ。食いしん坊のデイビスは出先で食べられそうなものを見つけると躊躇なく口に入れてしまう。そのたびに療術師ゲルダのお世話になっているのだった。


「・・・で、出口は?デイビス」セレクは改めて問いただした。今何より大事なのはそこなのだ。

「ん?・・・んー・・・そうなあ・・・えーと」指をなめながらデイビスは口ごもった。目が泳いでいる。

察しのいいセレクはそれでおおむね理解した。

「二又に分かれてて、片方は埋まってた。もう片方は途中で深い地割れに遮られてて、俺じゃそこから先へは進めなかったよ」とたんにすすり泣き声が聞こえてくる。「もう、駄目よ。おしまいだわ。私たちここで死んじゃうんだ」怖がりゲルダが泣き出したのだ。

「だいじょうだよ~、食べ物なら一杯あるし、ほ~ら」デイビスは自分の背嚢を開けて見せた、そこには干し木の実やら、粉焼き餅やらがみっちり詰まっている。「そういう問題じゃないっ!」ゲルダは泣くのも忘れて叫んだ。

セレクは心の中でクスリと笑った。これはデイビスの気遣いなのだ。彼はおっとり屋ののんびり屋だが、馬鹿でも愚鈍でもない。”探索の成果が何もなかった”ことでゲルダを不安がらせまいと、わざとおどけて見せているのだろう。(蜜蜘蛛の事も本当は知っていたんじゃないかな?)


とはいえ状況はよくなったわけではない。

(残るはあいつか・・・どうしたんだろ、あのちゃらんぽらん男)セレクが通路の一つに顔を向けた時、

その奥から悲鳴が聞こえてきた。


すかさずセレクは立ち上がった。

とっさにデイビスは剣を構えた。

おもわずゲルダはデイビスにしがみついた。


すると、通路の奥からひとつの影が転がり出てきた!。

ところどころ見えたり見えていなかったり、

どうやら幻界魔法のようだが、どうにも中途半端だ。

「ウォルフ!」セレクは叫んだ。みるみる幻界は解け、頭巾を被った人影が現れる。

頭巾を取ると、黒髪の少年が顔を出した。魔術師ウォルフだった。

「はぁ・・・はぁ・・・み、みんな・・・た、大変だ」息を切らしたウォルフは言った。

すっかり取り乱している。

「どうしたの!なにかあったの?」セレク

「で・・・出た・・・出たんだ。こっちへ来る・・・僕を追いかけて・・・来る!」

「出た?来る?何が?」


「戦獣だよ!」


次の瞬間、ウォルフが出てきた通路から巨大な影が飛び出してきた。

洞窟を揺るがさんばかりの咆哮と共に。




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