第39話

「それ、うちで飼うのかい?」

「もちろん!コウモリの通り道の近くに放してやれば巣を張るよ!

姉ちゃん、最近コウモリの糞にムカついていたからきっと喜んでくれる」

(へええ、そんな効能もあるのか)


「で、クモ合戦に出す!」

「クモ合戦?」

「るしふぁーさま、ほんと何も知らないんだなあ」(子供に呆れられてしまった)

「えーっと・・・」モーティは天井を見渡して

「あ、いたいた。あれ見てて!」何かを指さした。

そこには大きな蜘蛛の巣と、モーティが持っている奴ほどではないが

それなりの蜜蜘蛛が一匹いる。


モーティは狙いを定めると「行け!グラデス号!」というや、

手の大グモをそこへ投げつけた!

クモの巣に投げつけられたグラデス号はすばやく巣にとりついた。

巣の持ち主のクモが威嚇しつつ近づいていく。

縄張りを荒らす侵入者に怒っているのだ。しかしグラデス号はみじんも動じない。

というよりずっと少年に背中をつかまれていたからだろうか、

グラデス号はいたくご機嫌斜めで、逆に前足を振り上げ、

毛むくじゃらのあごから黒い牙をむきだすと、縄張りの主にとびかかっていった!


クモ同士の戦いが始まった!巣に絡みついたまま、互いの前足で組み付き、

相手に顎から出た毒牙を突き刺そうとする。巣が激しく揺さぶられるが、

よほど丈夫な糸なのだろう。破れる気配はない。

そしてとうとう、もつれあった荒ぶる塊りは地面に落ちた。

戦いはなお続くかと思われたが、小さい方が飛びのいて距離を取り、

後ずさりをはじめた。大きな方は勝ち誇ってそこで前足を高々と上げる。グラデス号が。


「・・・やっぱりだ。こいつ強いや。これならペックの”ゴロ岩号”にも勝てる!」

モーティは満足げに再びグラデス号の背中をつかんで袋に入れた。


「今まで僕の穴近くには中くらいのクモしかいなくて、全然勝てなかったんだ。

だからオカシラ様の部屋でグラデス号を見つけた時は躍り上がったよ!

ほかの子に知られる前に、絶対僕が捕まえてやろうって決めてたんだ」

(なるほど、オーガの男の子にとって、大きくて強いクモは宝物なんだな。)


見ると、敗れたクモが、再び壁を上り、巣に戻っていく。

その様をルイスはぼんやり眺めていた。

(もしモーティーが、グラデス号を捕まえて袋に戻さなかったら、

グラデス号があの巣を縄張りとして乗っ取っていたんだろう。

・・・ここでも”強者の掟”か)


(・・・・・・!!!)


ふいにルイスの頭に閃くものがあった。

さっきベティーが作ってくれた蜜蜘蛛布の帯を手に取り、引き延ばす。

弾力がある。かなり強い。ちょっとやそっとじゃ引きちぎれない。


「・・・これだ!これだよ!モーティ!」ルイスは興奮して叫んだ。


「るしふぁーさま?」モーティはきょとんとしている。



ルイスは穴の外に走り出た。オーガたちの里、滝の大空洞を見渡す。

滝が流れ込む大きな池、池の広さ。天井の高さ。

地面から石柱がそそり立っているが、あの石柱ではだめだ。

強度に不安が残るし、そもそも高さが足りない。

これからやろうとしている事には”高さ”がすごく重要になる。

材料はどれくらい要るだろう?人手は?ここには工具もロバも組立足場もないが、

人とは桁違いの怪力を持つオーガたちがいる。不可能ではない。



(・・・図面だ!。図面がいる!。)

再び部屋に駆け戻ると、ルイスは岩壁に向き合った。白石を手に何か書き始める。


「るしふぁーさま、ここオカシラ様の部屋だよ?汚すと怒られるよ?」

モーティが心配そうに見ている。

「だってオカシラは俺だよ?俺の部屋をどう使おうと自由だろ?」

「あっそっか」岩壁に白い線が次々とひかれてゆく。


「ありがとうモーティ。君とグラデス号のおかげで、道が見えたよ」

「 ”やる方も観る方も本気になれて、しかも殺し合いじゃない” その道が」

一心不乱に壁に図面を描きながらルイスは言った。

「???どういうこと?」少年は怪訝な顔をしている。

ルイスは答えずに、

「そうだ、お姉ちゃんを呼んできてくれないか。聞きたいことがあるんだ」と頼んだ。

とたんにモーティの顔色が変わる「そんな!まさか!」

ルイスは笑った「ちがうちがう、そっちじゃない。」

それから声を低めて「グラデス号のことは絶対に言わないよ。約束する」ささやいた。

オーガの少年は心底ほっとした様子で穴の外へ駆け出して行った。


やがて彼の手は最後の線を引き終え、岩壁には

おおまかながらも、それの”完成予想図”が出現した。

ルイスは手に取った蜜蜘蛛布の帯を見つめる。

肝はたぶんこれだ。莫大な量が必要となる。

果たして数をそろえられるだろうか?


(やるしかないな)岩壁の図面を前に腕組みをして立つ。

そこにいたのは、戦官養成学校の生存術科生徒ルイスではなく、

プラネット共和国の各地にその名を遺す”道大工屋”セウ家の若き棟梁だった。







「魔王様」

「なんだね?ダドラ」

「彼が、動き出したようです」

「ほう」

「詳しくはまだわかりませんが」

「かまわんよ。贈り物には謎があった方が、開けた時の驚きと喜びが高まるものだ」

「???」



「英雄だの、勇者だのと言った連中は、えてして傲慢だ」

「平和の成就、正義の執行、独裁からの解放という言葉を振りかざして、

支配者を一族もろとも殲滅し、古来より根付いていた秩序と文明を破壊する。

蹂躙の快楽に好きなだけ酔いしれた後、無責任にその地を去ってゆく。

その跡にどんな混沌や衰亡が訪れようが知らんぷりだ。」


「彼は、オーガの力の均衡を崩した。そのまま去ることは許されん。

さあて、彼がこの混乱をどうするか?、オーガの世界に何をしてくれるのか?、

じっくり見せてもらおうではないか。


ところでダドラ。 蜜蜘蛛酒をもう一袋、いいかね?」



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