第35話

ルイスはその部屋を見回した。広い。他のオーガたちが住む穴を

じっくり見たわけではないが、これほど広くはないだろう。天井も高い。

穴の奥には例の”蜜蜘蛛布”をふんだんに使った寝具が飾られている。

床には毛皮が敷き詰められ、靴を履いたまま歩くのがためらわれるほどだ。

壁には獣の骨や、虹虫や玉虫だろうか、甲羅を用いたと思われる装飾品が飾られている。

何より驚いたのは穴の外の空洞部よりも”明るい”という事だった。

松明が燃やされているわけではない。そこかしこに

ヒカリゴケが植えられているのだ、それも自然に繁茂したものではなく

意図的に植え付けられたヒカリゴケが部屋の中をあかあかと照らし出している。

なるほど、確かにこの部屋は「極上」だ。

「オカシラの部屋」にふさわしい豪奢さで満たされているのだった。


今から数刻前、ドスコスと戦って勝利したルイスは、

”強者の掟”に基づいた”魔の放伐”によりオーガの棟梁”オカシラ”になった、

というかされてしまった。

それは、魔王曰く「オーガの力の均衡を崩した」ことになるという。

で「なんとかしろ」と。

(なんとかしろって、どうすりゃいいんだよ?)ルイスは頭を抱えた。


あれからダドラが飛び去った後、再びざわつきだしたオーガたちを前に、


「もう一度言うぞてめぇら! 俺はしばらく一人で考えたい!邪魔すんな!

皆はいつもの暮らしに戻れ!何人かには話があるから呼ばれたら来い!

わかったか!?・・・聞いてんだよオラ!返事しろゴラァ!」


とオカシラっぽく凄んで見せた。

ざわついた返事が来るのを確認して、部屋に入った、そんな今である。


ルイスは寝具にひっくり返り、天井を見ながら考えた。

(オーガたちは俺を強者だと、オカシラだという・・・そうだろうか?)

(大半はそう思ってくれてるようだけど、全員じゃない気がする、たとえば・・・)

ルイスの頭にさっきの3人、ドスコスに絡んでいた3人オーガの顔が浮かんだ。

ちりちり頭、つるつる頭、ペタペタ頭の顔が。

(そうなんだよ。あいつら。あいつらの”眼”が気になってるんだ)

(さっきケンカに割り込んだとき、あいつらは俺を見た。

でもその目つきが、ほかのオーガや、ドスコスとは違うように見えたんだ)

(あいつらは本当に・・・俺をオカシラだと、

自分たちより強者だと認めてくれているんだろうか?)


・・・わからないことばかりだ。だが考えようにも材料が足りない。

(まずあいつに、話を聞こう)ルイスは立ち上がり、穴の入口から叫んだ。


「ドスコス!どこだ!?ドスコス!」すると岩場の陰に、

老婆と共にいる巨体がけだるげにこちらを向いた。

(あれ!あの娘は・・・)

なぜかベティーがドスコスのそばにいる。

(知り合いなのか?)


ルイスは岩場に飛び降りるとドスコスに駆け寄った。

「話があるんだ。きてくれ!」

「ほっといてくれよルシファーの兄貴、俺はもう」

巨人は弱弱しく言った。

ルイスは構わず「他のやつには聞かれたくないんだ、立てるか?」

巨人の太い腕を肩に回し、立ち上がろうとした・・・が、

(重い!重すぎる!)

当たり前だが、ドスコスはルイスの二倍以上の背丈、

体重は3倍、いや5倍あるかもしれない。

チビの肩など何の支えにもならないのだ。


すると、反対側の肩を支える者がいた。

そのおかげか、ドスコスはなんとか立ち上がった。

ルイスは肩を貸した者の、彼女の顔を見た。

相変わらず無表情のベティーを。


ドスコスはベティーを見るが、何も言わない。

ベティーも無言のまま、彼を支えている。


傷ついた巨人を何とか穴に向け、歩き出させた。

その時、ルイスは視線を感じた。


見ると、岩陰からあの3人がこちらを見ている。

ちりちり頭、つるつる頭、ペタペタ頭が、

こちらをじっと見ている。そして

視線の先は、ドスコスではないし、ルイスでもなかった。


瞬間ルイスの心に、嫌な思い出がよみがえった。


似ていたのだ。

彼らがベティーを見る目つきが。


リグールがカチェリを見る目つきに、

ひどく、似ていた。



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