第34話
背丈はルイスより頭一つは大きい。がっしりした手足だが、
それをたどった先にあるのは、毛皮の上下に包まれた
はちきれんばかりの胸と腰である。女の子だ。オーガの娘なのだった。
(お母さんか?いやそれにしては)若く幼いように見える。
紫色の肌、黄緑色の縮れ毛がたなびく丸い顔、そこに輝く黄金色の大きな瞳が、
モーティをきびしく見据えている。
「・・・ねえちゃん」モーティが言った。下を向いてもじもじしている。
どうやら姉と弟のようだった。
「弟が無礼を働きました。お許しください。ルシファー様」オーガの娘は言った。
「そ、そんな!俺が頼んだんだよ。叱らないでやって。えーと・・・」
「ベティーだよ!ベティー姉ちゃん!」モーティが言う。
「モーティ!」ベティーと呼ばれたオーガ娘は、今度はモーティの頭を小突いた「いってぇ!」
「失礼しました。御用あれば何なりとお申し付けください。ルシファー様」
「ベティー。俺はルイスだ。ルイス・セウ・フェイラー。ルシファーなんて名じゃない」
「・・・・・・そう呼ばなければ、皆に嫌われます。」
ベティーは表情を変えずに言った。
(何だろうこの娘?、親しみも憎しみも感じてないようだ)
「ベティー。俺は光ノ国人で戦官候補生なんだぜ。
つまり敵なんだ。君たちに尊敬される言われはないよ」
「それが”強者の掟”です。勝った者が全てを手に入れ、支配する。
あなたがどこから来た何者であるかは関係ありません」
(やっぱりこの娘、気持ちを押し殺している。憎まれているのか?)
「それじゃ教えてくれ。負けた者は・・・敗者はどうなる?
ドスコスはどこへ行ったんだい?姿が見えないようだけど」
そうルイスが聞いた瞬間、ベティーの表情が変わった。
ほんの一瞬だが、泣き出しそうな顔になったのだ。
「し、失礼します。行くわよ、モーティ」
弟を連れ、オーガの娘は去って行った。
ふいに、空洞の向こう岩棚から怒号が聞こえた。
「もっぺん言ってみろゴラァ!」聞き覚えのある怒鳴り声だ。
「ドスコスさんよぉ、てめえはもうオカシラじぇねえんだょ、
でけえのは顔だけにしてもらおうか、あぁ?」こっちは知らない、複数のようだが。
見るとドスコスが、何人かのオーガに囲まれている。
大きな横穴の前だ。ほかの横穴よりも大きく、中は明らかに広い。
周囲には骨細工の飾りつけのようなものも見受けられる。
「この”いい巣穴”はなぁ、もうルシファー様の住まいなんだよぁあ?
さっさと立ち退けやコラ!そのクソババァも一緒になぁ!」
横穴から乱暴に老婆が押し出される。ドスコスの母親だ。
「てめえ!おふくろになにしやがる!殺すぞボゲェ!」
ドスコスがいきり立つが、動きがぎこちない、足を引きずっている。
「なにしてんだ!やめろ!」思わずルイスは岩棚へ駆け下りると、
巨人同士の喧嘩に割り込んだ。
「あぁ?」ドスコスと3人の巨人が同時に振り向いた。はっきり言って・・・
(怖ぇ~よ!!!)さっきとは違い、鎖帷子も剣も盾もある。
なのに段違いに怖い。怖すぎる。
「これはこれは、新オカシラのルシファー様」
一人の巨人がにやつきながら言った。
ドスコスより小さいが、ルイスよりは全然大きい。見降ろされている状態だ。
四角い顔で、頭にはちりちりの渦巻いた短い毛が苔のように張り付いている。
「いま、ルシファー様のために、良いお部屋をご用意しますんで」
もう一人が言った。こっちの奴には毛がない。完全なつるつる頭だ。
「ちゃっちゃと”生ゴミ”を掃除したら、ご案内しますので。」
最後の一人は首まで伸びた長髪をぺたぺたと後ろになでつけている。
「それまで、どうぞ、ごゆるりと」指をパチンと鳴らした「おい!」
すると奥から、オーガの娘が2人現れた。
二人ともさっきのベティーと同じくらいの歳に見える。
「ルシファーたまぁ!メリーヌでぇす!よろしくぅ!」
一人はぱっちりとした眼に大きな口、
黄緑色の髪の毛が半分ほど橙色に染められている。
手首にきれいな腕輪をいくつもしている。
胸と腰をわずかに覆う三角形の布服を着ている。
「イレザと申します。ご機嫌麗しゅう。ルシファー様」
もう一人は長い髪に切れ長の目。蜜蜘蛛布だろうか、
足の先まで伸びる長衣を体に巻き付けるように着ている。
大きく開いた胸元に幾重にも首飾りが巻かれている。
二人は自己紹介するや否やルイスに抱き着いてきた。
「えっちょ、ちょっと!」
すさまじい熱気がむんむんと押し寄せる。
「メリー!イーザ!おまえら・・・俺のことを」
ドスコスが悲痛な顔で呼びかける。
「はん、気安く呼ぶんじゃないよ!負け犬!」
メリーヌはルイスに抱き着き、ルイスの頭をその胸に押し付けた。
「私たち、敗北者には興味ありませんの ごめんあそばせ」
イレザもルイスに抱き着き、ルイスの腰をその太ももで締め付けた。
「ま、待って・・・く、苦しい・・・」
巨人娘二人の巨乳と巨尻に押しつぶされそうになってルイスは息も絶え絶えだ。
「そういうわけだ、イモ面野郎!」ちりちり頭がドスコスに叫んだ。石斧を持っている。
「恨みはたっぷり晴らさせてもらうぜ」つるつる頭がドスコスに凄んだ。石斧を構えている。
「覚悟しな!」ペタペタ頭がドスコスに吠えた。石斧を振り上げた!
「上等だ!ノ野郎!こいやオラ・・・!!」
ドスコスは殴りかかろうとするが、瞬間顔をしかめた。
動きが鈍る。見ると、右足の脛が腫れ上がっている。
(さっきの俺との戦いで痛めたんだ)ルイスは思った。
「ま、まて、やめろ・・・おまえら・・・」
ルイスは止めようとするが、身動きが取れない。
可愛らしい女の子といえどもオーガなのだ。ものすごい力だ。
ルイスの制止も届かず、巨人同士の殺し合いが始まろうとした、その時!
凄まじい咆哮と共に、天井から爆炎が吹き降り、あたりを舐め回した。
熱風をよけるため、その場にいた巨人たちは全員地にひれ伏す。
闇の奥から、黒い翼をばっさばっさとはためかせ、
巨大な青黒い塊が、滝の空洞の岩棚に舞い降りてきた。
胸の炎袋には錬成された爆炎が渦巻いている。
焼鉄のような赤い目で周囲を睨み付けると、
その瞳の色とは裏腹に、その場に居る者全員が恐怖で氷漬けにされた。
鋭い牙がずらりとならぶ口からは、抑えきれなくなった炎が漏れ出している。
「何のもめ事だい?内乱か?魔王様に逆らうヤローは制圧する。容赦しないよ」
闇国魔竜(妹)ダドラだった。
「ダドラ!よかった!助け・・・」
オーガの娘二人に抱き着かれたルイスが口を開くと、ダドラはじろりと一瞥し
「おやおや、こりゃまたずいぶんとお楽しみだね。”オカシラ”殿」
冷たく言い放った。
「ち、ちがうんだ、これは・・・」
ルイスが言い終わる前に、咆哮とともに爆炎がルイスの鼻先をかすめた(あぶねえ!)
「おっとごめんよ。気持ち悪くて、ついゲップが出ちまったようだ」
ダドラは吐き捨てるように言った。
「魔王様からの伝言だ。よく聞きな」
「 ”おまえはオーガの力の均衡を崩した。なんとかしろ” 」
「なんとかしろって・・・なんだよそれ?」ルイス
「言葉通りさ。なんとかしなよ。色男くん」
ダドラはそれだけ言うと、あっという間に元の闇の中へ飛び去って行った。
それを見送ったルイスは
(彼女が人の姿になってくれなかったの、初めてだな)
ふとどうでもいいことを思っていた。
「命じてまいりました。魔王様」
「ご苦労だった。ダドラ」
「しかし・・・アレだな。彼は」
「・・・・・・」
「種族を問わず、女性に慕われる傾向にあるようだな。いい事だ」
「何をおっしゃっているんですか?」
「そんなにイラつかなくてもいいだろう ダドラ」
「私はイラついてなどおりませんが」
「そ、そうか。すまん。ダドラ」
「私は謝られる覚えなどありませんが」
「いやすまん。ほんとにすまん」
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