第32話

「ウィラーフッド教官!どこですか!ウィラーフッド教官!」


朦朧とした意識の中で自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、彼女は目覚めた。


「レンシアです!返事をしてください!ウィラーフッド教官!」


あたりは土煙が立ち込めている、もう揺れは収まったようだ。

ひたすら埃っぽく、臭いも酷そうなのだが、もはや鼻が利かなくなっているのか何も感じない。

舌がざらつく、まるで喉の奥に砂を詰め込まれたみたいだ。

咳き込みながら彼女は何度か唾を吐いた。

煙の向こうにぼんやりと光が揺れている。携帯灯火を持った人影だ。


「レンシア教官?私は・・・ここだ!」手を挙げる。砂をかぶって真っ黒だ。

「よかった!ご無事でしたか!」若い青年教官が心配そうに駆け寄ってきた。

「たぶんな?・・・それより、生徒たちは?ほかの先生は?」

「ここより入口付近に居た者はすべて退避済みです。点呼の結果6組24名が無事です。

教官は6名中4名が確認、あなたが5人目です。13名が負傷。死者はいません」

口ごもった後「・・・今のところは」レンシア教官は付け加えた。


「最後の一組、セレクといったか?その4名と、教官1名。そして」

ウィラーフッド教官は唇を噛みしめた。

「最深部にローナスとユアンがいる。計7名の安否が不明ということか」


「監視城の衛兵は?」

「全員救護に駆けつけていますが・・・その・・・3名しかおりませんで」

「どういうことだ?」ウィラーフッド教官は眉をひそめた。

「監視城はいつだって10人詰めが規則のはずだが?」

「それが・・・人手不足とか・・・いろいろ」

彼女は舌打ちして「監視城門外に荷馬車の博労たちがいる。全員の協力を棟梁に掛け合ってくれ。報酬は後払いだ。私が誓約書を書く。話が付き次第、早駆けでマギカ市に救援要請の使いを出せ」

「生徒たちには組ごとでまとまって待機。ディーブ教官は・・・無事か?」

「はい。」

「よかった、あの人は優秀な療術師だ。監視城に臨時の救護所を設営して、

けが人の治療に当たるよう要請してくれ。手伝いは医療術科の生徒たちに」

「了解です・・・それと、」「なに?」


「その、監視城衛兵からの問い合わせで、不審者二名を拘束したのですが、

あなたの名前を出して、合わせてほしい、と」「不審者?どんな奴?」

「一人は焦げ茶色の髪の少年、もう一人は赤毛の・・・」

「連れてきてくれ!すぐに!」「は、はい!」


ウィラーフッド教官は目を閉じため息をついた。

(なぜ彼らがここに?運がいいんだか悪いんだか)


きっと幸運なのだろう。そう思うことにしよう。



ルイスとカチェリは衛兵に連れられて監視城の外へ出た。さっきの揺れは何だったのだろう?

部屋全体が、いや城全体が、いやいや世界全体が揺さぶられてひっくり返った感じだった。

実際、表から見た監視城は一部が崩れて中の部屋がむき出しになっている。

(こりゃ道大工の出番だな)ルイスは思った。親父に言えばホクホクで見積もりを取るだろう。

だが大口洞に目を向けた時、冗談めかした気分は吹き飛んだ。

カチェリが小さく息を飲むのが聞こえる。


大口洞の入口から土煙が吹き出し、そこから次々と生徒たちが飛び出してくる。

みな煤だらけの顔で、恐慌状態だ。泣き出す女生徒も居る。

怪我をしているのか、仲間に両肩を支えられて出てくる者、

引きずられてぐったりしている者、広場に敷き布がひかれ、

つぎつぎとけが人が寝かされていく、皆知った顔だ。3年間共に学んだ仲間だ。


呆然とたたずむ一人の少年と目が合った。

「・・・ルイス?ルイスか?」

「カール!」同じ生存術科のカール・ゴウ・ギャブルだった。

「大丈夫か?いったい何があったんだ?」

「わからないよ・・・突然洞窟が揺れだして、

壁や天井から砂利が降ってきて・・・無我夢中で表に駈け出したんだ・・・」

そこで初めてカールはルイスの姿に気が付いた。

後ろ手で縛り上げられ、衛兵に捕えられている。

「ルイス、お前こそどうした?だいたい今日は・・・」

「へへ、いろいろありまして、いてっ」衛兵がぐいと縄を引っ張ったのだ

「んだよ!逃げやしないって!」

カチェリは・・・向こうでしゃがみこんで号泣する女の子の背をさすってあげている。

これだけ見てもまだこの兵隊さんは俺たちが学校と無関係な泥棒だというのか?

(まったく頑固な大人だぜ)


「きみたち!」呼ぶ声がした。若い教官がこちらへ歩いてくる。

戦闘術科のレンシア先生だ。二人を見るなり衛兵に向かい

「魔法術科のカチェリ・テウ・ミシェリと生存術科のルイス・セウ・フェイラー、

確かにうちの生徒です。身元は保証します」

ようやく縄がほどかれ、ルイスは自由の身になったが、

衛兵が小さく舌打ちをするのが聞こえる。

(そんなに自分が間違えたことが悔しいのか?大人ってやつは!)

一言嫌味を言ってやろうかと顔を上げたルイスの視線は、

だが洞窟のほうから聞こえてきた声に無理やり方向転換させられた。


「ん~君たち、な~んでここにいるのかな~?」


まだ土煙が収まらない大口洞の入口から、煙を引きずりながら一人の女が出てくる。

長革靴に青色の教官服、防板入りの探検服をもってしても、

その豊満な体を抑え込むのは難しいらしい。胸元が開いてしまっている。

腰帯には刀剣を携え、いつもは丸く結い上げている赤葡萄色の髪の毛は、背中まで垂れてバサバサだ。

顔も体も煤で真っ黒、銀縁メガネは片方の硝子が割れてしまっている。

なのにその奥から除く瞳だけがやけにギラついている。


「ウィラーフッド先生」ルイス

「・・・女山賊みたい」カチェリ

「ん~宿題はどうしたのかな~?」ウィラーフッド教官は言った。



「レンシア、後は任せる。私は7人の捜索に向かう」ウィラーフッド教官。

(口調が変わってる。本気だ!)二人は思った。

「それなら私も・・・」レンシア教官が言うのを遮って

「貴様は戦闘師だ。今必要なのは生存術師、それもとびっきり腕利きのな」ルイスを見た。

「頼める筋合いではないが、手伝ってほしい。ルイス君」


「もちろん!俺、やります!」ルイスは叫んだ。気分は高揚している。だが、


「ちょっとまってください!」カチェリがまさかの異議を唱えた。


「私たちは”成人のしきたり”も済ませていない学生ですよ?。

こんな危険な現場にいきなり放り込まれるなんて聞いていません!」

「確かにな。しかし状況が厳しすぎるのだ。

教官の大半が負傷で動けない、

監視城の衛兵は数が少ない上に生存術の心得がない。

早掛けでマギカ市に使いを出したが、

どんなに早くとも救援が来るのは明日の朝だ。

時間がたてばたつほど7人の可能性は厳しくなっていく」

教官は続けた。

「君たちがここに来たこと、今ここにいること自体が、

私にはソーラ神の幸運としか思えないのだ」

「頼む、力を貸してくれ」


「・・・・・・」むつかしい顔で黙り込んだカチェリに

ウィラーフッド教官はとどめの一言を言った。


「7人の中に、ユアンとローナスがいる、最深部だ」

「なんだすって!」二人は同時に叫んだ。



迷っている場合ではない。

 




「信じられないよ!。”成人のしきたり”どころか、こんな大舞台が回ってくるなんて」

乗ってきた馬から背袋を降ろし、父譲りの鎖帷子を装着しながら興奮気味にルイスは言った。

「ずいぶん大はしゃぎね。これは遊びじゃない。実戦なのよ」

カチェリも荷物を背負い、携帯灯火に火を入れながら言う。だが、その声はどこか重苦しい。


「カチェリ、いったいどうしたんだい?。」

ルイスは背袋を背負った。そして・・・おっとアレを忘れるところだった。

「学校にいた時はあんなに迷宮探索にやる気満々だったじゃないか」

小つるはしを革帯に挟み込む。よし、準備完了!


振り向くとカチェリは、じっと大口洞を見ていた。土煙はもう収まったが、ぽっかりと闇の口が開いている。

「・・・さっき先生が言ってたわよね。

”この場所に私たちが来た事、私たちが今ここにいる事が、ソーラ神の思し召し”だって」


カチェリは闇の口を見つめながら言った。

「私もそう思う・・・でも」


夕闇が急速に広がり始めている。迷宮内に入れば昼夜は関係ない。が、

それでもやはり夜は彼らの時間なのだ・・・闇ノ国の。



  「ここで運命を操っているのは・・・ソーラ神なんかじゃない」



「カチェリ・・・?」ルイスが声をかけると、はっと気が付いたように

「・・・ごめーん!マジごめん!なんかいろいろ気になっちゃって!

・・・参ったな、少し悲観的になり過ぎね、あたし」急に明るくなった。

「行こうルイス。ユアンとローナスが待ちくたびれているわ」

「ああ!」よかった、いつもの彼女だ。


その日の夕刻、生存術師ルイスと魔術師カチェリは、ウィラーフッド教官と共に闇国迷宮に突入した。

”かけがえの無い財宝” 親友二人の生命を救うために。


つづく



LORD OF DARKNESS



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