第31話

ユアンはくぼみの中で、薬剤と湿布を確認していた。

もっとも今のところ治療が必要なけが人は出ていない。

(さすがローナスさん、相手の身も心も傷つけることなく凹ませている)

迷宮探検にはけが人が付きものだ。最も多いのが転倒、滑落によるねんざや骨折である。

特に動けなくなるほどの骨折は2人がかりで搬送しなくてはならないため、暗い不整地の

迷宮では救助難度が高い。速やかな搬送を指揮するのも”療術師”の仕事なのだった。


あと1組。

「よくぞ来た 冒険者たちよ! だ~が、ここがお前たちの墓場となるであろ~う!」

小声で脅し文句を復唱する。

(あ~あ、ようやっと上手く言えるようになったのに、もう終わりだなんて)

あまり脅かし役には乗り気ではなかったユアンだが、今や結構その気である。


とはいえ、終わりなものは仕方ない。(そうだ!カチェリさんにお土産を)


”財宝”として迷宮から採取、持ち出していいものは一人一点と定められている。

”最高の一団”だからと言って例外は認められない。

だがもちろん彼女はその決まりを破る気などない。

単に他の生徒が”成人のしきたり”の記念品として後生大事に持って帰るモノを、

あっさりと”今日ここに来れなかった友人への贈り物”にすることができちゃう

というだけのことである。それがユアン・ロメ・ギャブルという娘なのだった。


ユアンは周囲を見回した。(何か綺麗な鉱石でもないかな)

岩壁に手を触れてみる。


(・・・・・・???・・・なんだろう?)


なにかおかしい・・・もう一度岩壁に手を触れてみる。


(気のせいじゃない!・・・地の底から何か伝わってくる!)


(・・・悪い兆しだ!)


「ローナスさん! 教官!」ユアンは叫んだ。


その時、大地が揺れた。


ローナスは足裏から伝わってくる振動で、その異変を感知した。

とっさに閃光松明を投げる。あかあかと洞窟内が照らし出されたが

・・・その光景を見てローナスは戦慄した。


洞窟内がみしみしと揺れ、それに合わせて岩壁に亀裂が走ってゆく。

すでにいくばくかの砂利が天井から降ってきている。

(落盤が起きたら生埋めだ。逃げないと!)ユアンの叫び声が聞こえた。

猛然とローナスは声のするほうへ駆け出した。

「大口洞へ戻るんだ!早く!」

立ちすくんだユアンの手を強引に引っ張る。


「これで頭を守って!」

左腕のギャブル盾を手渡した。揺れはまだ続いている。

壁から、天井からパラパラと砂利が降り注ぎ、

時おりドスンと鈍い音を立てて大石が落ちてくる。

(あれに当たったら盾があろうがぺしゃんこだ。ソーラ神よ、どうかご加護を!)

体を低くしてユアンとローナスは這いずるように、洞窟内を進む。

携帯灯火の光はほとんど役に立たず、前を見通すことはできない。

あたりは土煙で満たされ、まともに吸ったら息がつまりそうだ。

明かりは後ろから照らしてくるさっき投げつけた閃光松明の光だけ。

だが、何か崩れるような音と共に明かりは途絶えた。意味するものは明白だ。

(落盤であの空洞が・・・あのままあそこに留まっていたら・・・考えるな!)


ここは”予定路”の最深部。二人は出口を目指して、砂利と石ころが降ってくる闇の中をひたすら進み続けた。




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