第30話
(おっ?)ウィラーフッド教官は草剣と盾と共に身構えた。
「前方のくぼみだ!何かいる!」
「セレク!後列に下がって!デイビスが前へ!」大声が聞こえる。
「ウォルフ!閃光松明!」
(ん~いいわね。連携具合はなかなか)。あわただしく陣形を整える4人を覗き込みながら彼女は思った。
すぐそばに閃光松明が投げ込まれてくる。もちろん触るわけにはいかない。
ウィラーフッド教官は盾でまばゆい光から目をかばいながら、
近づいてくる影に目を凝らした。
二つ。という事は戦闘師と生存術師か。?
いや、さっきの声からすると生存術師は後方に下がったようだ。ならば療術師?
いずれにしても動きが直線的だ。閃光松明の光に照らされる風景に気を取られすぎである。
(くぼみに差し掛かったあたりで、鼻っ面をひっぱたいてやろう、それでこちらの・・・)
「ウィラーフッド先生じゃないですか?」彼女は飛び上がった。
(後ろを取られた!いつの間に?)みると半ば消えかかった姿の少女が
短刀と盾を構えながらこちらを心配そうに見上げている。この子がセレクだろうか。
(げ、幻界?そうか!)彼女は瞬時に理解した。彼らの”作戦”を。(こいつはやられた!やるわね)
普通なら”明るい光”と”幻界”を同時に使ったりはしない。
幻界は自分自身に周囲の景色を貼り付けることで見かけ上姿を消す魔法だが、
あくまで”見かけ上”であって、本当に存在が消えるわけではない。
明るい光の下で見れば簡単に所在が割れてしまう。だから、
幻界は少し薄暗い環境下で用いるのが最も効果が高い。
それでも携帯灯火などで照らされるとすぐにばれる。
ましてやさらに強く輝く閃光松明など・・・だがそこが彼らの付け目だった。
閃光松明は眩しすぎる。光が苦手な闇ノ国人ならなおさら直視できないはずだ。
ならその間隙を利用して、幻界に隠した味方を近づけることができれば・・・
実際ウィラーフッド教官でさえ閃光を避けるために盾で目を覆ってしまった。
そして隙ができ背後を取られたのだから。
「ん~お見事。合格よ、君たち。」ウィラーフッド教官は素直に彼らを称賛した。
セレクと呼ばれた少女を中心に男子2人女子2人の一団であった。
「”後列に下がれ”とわざわざ大声でどなったのもハッタリね?
うっかり信じてしまったわ。で~も~、こちらが話通じない敵だったらどうするつもりだったのかな~?」
彼らは答えない。さすがにそこまでは想定していなかったのだろう。だが十分だ。
「とにかく見事だったわ。今日で一番の優良組よ。君たち」
4人の男女が誇らしげに鼻をこすっている。
「じゃ、進みなさい。まだ先は長いわ。油断しないように」
去っていく4人を眺めながら、
ウィラーフッド教官はちょっと肩を落とした。確かに優秀な連中だ・・・が、
今の敗北は自分の過失によるところが大きい。
(私としたことが、敵の大声を鵜呑みにして敵数確認を怠るなど・・・)
(ペルローの悲劇の英雄、”奇跡の少女”もおちぶれたもんだわ)彼女は苦笑した。
今の彼らも、そして”最高の一団”もそうだが、習いたては
よちよち歩きもおぼつかないひよっ子たちが、ある日突然に大成長を遂げ、
彼女を軽々と置き去りにしてゆく。教師としては誇るべき事なのだろうが
彼女自身はまだ現役の迷宮探検者なのである。
食い扶持のために始めた教官業のはずが、
気が付けば教官長にまで出世していた。
金の心配はなくなったが、自由に使える時間もなくなった。
華々しい功績と共に迷宮から帰還する探検者の噂を聞くたびに、
一抹の寂しさを覚えずにはいられない。
(齢ばかりくって、衰えてく。なにやってんだか、私)
・・・ぼやいてもしょうがない。気持ちを切り替えて、名簿を見る。
どうやら今のが最後らしい。なら待機教官に呼びかけながら撤収準備を進めなくてはならない。
生徒たちを無事家に帰したら、教官同士の”労いの宴”が待っている。
なんでもミシェリ系からの差し入れで上物の赤葡萄酒が振る舞われるとのことだ。
今の教官たちにはそれだけが楽しみだった。さて行くか。
ウィラーフッド教官は立ち上がった。
その時、大地が揺れた。
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