第29話
「だから、ウィラーフッド教官に取り次いでくれって言ってるじゃないですか!」
ルイスは声を荒げた。
ここは監視城の中。取調室である。
椅子に座らされ、縛られたルイスを、複数の衛兵が取り囲んでいる。
目つきは厳しい。そりゃそうだ。ルイスは
「養成学校の生徒の振りをして女生徒を人質に闇国迷宮へ侵入しようとした盗賊」
の疑いをかけられている。潔白を証明できるのはカチェリだが、そもそも
ルイスを告発してくれちゃったのは彼女である。望みは薄そうだ。
となると後はユアン、ローナス、ウィラーフッド先生しかいないのだが・・・
「あいにくだったな。ついさっき最後の一組が迷宮に入っていった。
出てくるのは夕方だろう。それまでは大人しくしていてもらおう。」
とまあこんな感じで、にっちもさっちもなルイスなのだった。
カチェリは、別室で聴取されてるようだ。会わせてもらえないので、
彼女の真意は不明だが、どうやら最初からそのつもりだったらしい。
ぎりぎりまでルイスを説得し、ダメなら衛兵に告発して捕まえてもらう
という計画だったようだ。
「頭いいよな、かなわないや」
不思議と彼女への怒りはわいてこなかった。あの”お礼”の効果なのだろうか。
(これから、どうなるんだろう)ルイスは思った。
退学はまちがいなさそうだ。
”成人のしきたり”を果たせぬまま卒業前に学校を去ることになる。
"グズでとんまなフェイラー家”に加え、”臆病者”の肩書きを背負ってこれから生きる。
父は怒るだろうか。道大工の世界はそういうのに厳しい。
”臆病者”に棟梁を任せるとは思えない。
違う仕事を探すことになるのだろうか。
母はどんな顔をするだろう。
無事に帰ってきてくれればいいと言ってくれたのが慰めだが、
同じくらい”ゴク潰し”という存在も嫌っていた。
家を出て行かなくてはならなくなるかもしれない。
”臆病者”にやれる仕事があるのだろうか。
いやまて、そもそもなぜ”無罪”だと思った?
牢屋行き、縛り首、余裕であるじゃないか・・・。
考えれば考えるほど、自分のしたことの重さが、実感を伴ってのしかかってくる。
カチェリに言われて、初めて気が付いた。
自分の人生が、自分だけのものではないと。
いろんな人に関って、繋がっているのだと。
その時、甲高い怒号と共に、扉の向こうでどたばたと足音がする。
「何で拘束されてんのよ!彼は未遂なのよ!
罪人なんかじゃないわ!いいから開けなさい!」
バンと扉が開き、顔を出したのは予想通りの赤毛だった。
「やあ、カチェリ、元気そうだね」
カチェリは椅子に縛り付けられたルイスを一目見るなり、
口を押さえて立ちすくんだ。そして後ろの衛兵をにらみつけると低い声で
「縄を解いて。い ま す ぐ !」しかし衛兵は表情を変えることなく
「そうはいかん、君だって自称”被害者"というだけで、
疑いがないわけではない。養成学校の先生に面通しするまでは、
大人しくしていてもらおう。」いうやいなやカチェリを後ろから突き飛ばし、
扉を閉めてしまった。
「おい!」カチェリが小さく声を上げてよろめくのを見たルイスは怒鳴った。
なぜか猛烈に腹が立った。がちゃがちゃとかんぬきをかける音がする。
囚人が二人になったわけだ。
「ルイス!」カチェリは縛り付けられたルイスに駆け寄り、縄を解こうとした。
が、衛兵が詰め所で用いるほどの縄である。強靭さは折り紙つきで。
少女の腕力ではどうにもならない。
「いいよ、無理しなくて。あ、雷撃波は勘弁な。俺が黒焦げになっちまう。」
カチェリは答えない。黙ったまま、ひたすら縄と格闘している。
「なあ、いいって。指、痛めるよ」不意に後ろから、しゃっくりの様な声が聞こえてきた。
「ごめ・・・ひっく・・ごめん・・・るい」「カチェリ?」
カチェリの嗚咽だった。
「ルイスが・・・せっかく・・・ここまでして・・・くれたのに・・・あたし、全部台無しにしちゃ・・・った・・・ごめん・・・えっぐ」
「・・・怒ってないよ。」ルイスは言った。
「ウソ!”泣くくらいなら、チクんなよ”って思ってるくせに!あんたそういうヤツよ」
後ろからぐずりあげた声が聞こえてくる。(あはは)
「そりゃちょっとはね。でも、すぐに考え直したよ。
君の言うとおりだ。よく止めてくれた。過ちを犯す前に」
「そうよ!あんたは何の罪も犯してない!。
なのにこんな風に捕まるなんてどういうこと?
絶対にあんたを罪人になんかさせない!。
裁判所だろうが貴族院だろうがねじこんでやる!」
だんだんいつもの調子が戻ってきた。(うん、やっぱ君はそうでなくちゃ)
「退学にだってさせないわ!ウィラーフッド先生だろうが校長だろうが雷撃食らわせてやる!」(おいおいそりゃやばいよ)
「仕事なら心配しないで!道大工がダメなら、ウチで雇うから!」
「へ?うちでって、テウ記書屋さん?」
「そうよ!一緒に本作ろう!あたしが作って、あんたが売るの!」
「そりゃ嬉しいけど・・・君は・・・」
そこでカチェリはルイスの前に立った。小さな手がルイスの両頬を包み、
泣きはらした目がまっすぐにルイスを見つめている。
「決めたわルイス。あたし、リグールとは・・・」
その時、大地が揺れた。
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