第28話

 来た。前衛に戦闘師2人、中を療術師、後衛が生存術師。

おっかなびっくり、へっぴり腰で携帯灯火をかかげ、そろそろと進んでくる。

ここは闇国迷宮、大口洞の入り口から少し入った浅階部分。

戦官養成学校の”成人のしきたり”が執り行われている、その”予定路”の中間地点にあたる。

細い通路上だが両脇を枯れた水路が走っている。そのおかげで深いくぼみがいくつもできている。

隠れるには格好の場所である。しかし彼らはそのくぼみをまったく気にかけるでもなく、

無警戒に進んでくる。


(はい減点、と)くぼみの一つに身を潜めたウィラーフッド教官は

低目から覗き込みつつ思った。

今は戦闘時ではない。危険な地形や罠の可能性を鑑みれば、

探索時にまず前衛に出るべきは生存術師である。さらに

(おいおい生存術師殿、帰り道用の目印はどうした?

頭の中の地図は信用するな,と教えたはずだが。また減点、と)


(ま、無事に全員終われば、それが一番か)

彼女は瓶に詰めたヒカリモの明かりを頼りに記録帳を眺めた。

今ので3組目か。全部で7組だから・・・後半分。


今のところ何の事故も起きていない。

全て問題なし、順調だ。





「じゃ、打ち合わせどおりに」ローナスは言った。

「本当に私が言うんですか?」ユアンが不安げに言う。

「僕が声を出したら位置を悟られてしまう。君しかいないだろう?」

「うう、カチェリさんにお願いしたかったです・・・」

「いない人はあてにできないさ。じゃ、消してくれ」


ユアンは呪文を詠唱し始めた。すぐにローナスの身体が

周囲の景色に溶け込んでゆく。ユアンの魔法「幻界生成」である。

もともと彼女は魔法術科から移籍要請が来るほどの魔法力の持ち主だった。

医療への情熱から療術師になった彼女だが、魔術師でも十分通用するどころか、

かなりの資質の持ち主であることは

今目の前でほとんど消えかかったローナスの姿が証明していた。


「あまり過信しないでくださいね。幻界はこの薄暗い迷宮だからこそ通用する技です。

携帯灯火を当てられたら違和感でたぶんばれてしまいますから」

「ありがとう、わかったよ」

何もいないように見える空間からローナスの声だけが響いた。

「・・・来たみたいだ。ユアン、隠れて!」


やってきたのは、生存術師3名、療術師1名という一団だった。

携帯灯火を持ち、注意深く進んでくる。

生存術師が中心だからだろうか。油断している雰囲気はない。

(結構手ごわいかもな)ローナスは目の前を進んでゆく集団を前に思った。

集団の一人が「最深部ってここ?」と聞くと「たぶんそう、私の測量が間違ってなければ」

「怪物がいるって聞いたけど、いないじゃん」

「拍子抜けだね」口々にしゃべっている

(いまだ!ユアン!)


「よ、よおおおよよくきたたたた、たた ぼぼおけんしゃたちよよおお 

ここがおまえたたたったちのは、はかばばばぁつばばば」


(あちゃー)ローナスは思った。やはり人には向き不向きがある。

ところがこれが思わぬ効果を生んだ。


声が裏返り、その上噛みまくりのユアンの”脅し”は

何をしゃべっているのか皆目聞き取れず、

それゆえに聞くものにえもいわれぬ不安と恐怖を叩きつけたのだ。

「え?なに!今変な声した?」「かっかいぶつ?」「落ち着け!みんな!」「周囲を警戒!」

(うん、いいね。一応教本どおりの手順は踏んで・・・あ!それはダメだよ!)


一人が背から長剣を抜いたのだった。長剣は狭い空間では扱いが難しく、

そもそも生存術師には使用が認められていないはずだ。

戦闘術科でさえある程度の熟達者でなければ

所持が認められない危険武器が長剣なのだ。

(こっそり持ち込んだのかな?、どのみちあの手つきじゃ危険すぎる。

仲間を傷つけてしまうかもしれない)

迷宮内の負傷で、事故や敵との戦いについで多いのが

「恐慌に陥った味方の不用意な攻撃」によるものだというのは周知の事実であった。

(早く叩き落した方がよさそうだ)


ローナスは剣を構えた。もちろんギャブル剣ではなく、演習用で使う草剣である。

長剣を構える生徒に後ろから近づいてゆく。

ローナスがまとう最新のギャブル鎧は、素材に薄鋼を使いつつも

革具と組み合わせることで鋼のこすりあう音が全く出ない仕掛けになっている。

ローナスの提案で作られた新製品だ。長革靴も裏地に毛を使い、

滑りにくさと無音を両立させている。


”獲物に忍び寄る豹”の動きでローナスは滑るように目標に近づいていく。

4人のうち誰一人として自らに接近する”見えない影”に気づくものはいない。

次の瞬間!、長剣を持った少年が悲鳴を上げて剣を落とし、うずくまった。

たちまち恐慌がほかの3人に伝染した。

右往左往の末、あらぬ方向に駆け出そうとする。


「そこまで! 全員動かないでください!

武器を床に置いてください!私たちは敵ではありません!

教官の依頼でここにいる ユアン・ロメ・ギャブルです!」

凛とした声が洞窟内に響き渡る。

(へえ)ローナスは思った。

(さっきとはえらい違いだ。)普段は吹けば飛ぶような頼りない娘に見えるが、

それはただの印象でしかないことを、彼女はときどきその行動で見せてくれる。

「同じく!ローナス・ガフ・ギャブルだ」ローナスは名乗った。


集団の一人が言う「ユアン?ローナス?”最高の一団"の?」

「そうだよ、今日は怪物役をおおせつかってね」姿を消したままローナスは言った。

「そ、そうか、よかった」安堵の空気が広がる。

同時に打算も。「ローナス、今の事は教官には・・・」

「君たちの名誉を尊重したいのは山々だけど、

たぶん一部始終はどこかに隠れている教官にばっちり見られてると思うよ。

そうですよね?!教官!」ローナスは天井に向かって叫んだ。

「そうだ~ もう採点表もつけたぞ~」遠くか近くかわからないが返事が聞こえる。

落胆と共に少年たちはすごすごと去っていった。


「上出来だよ、ユアン」ローナスは呼びかけた。

「ありがとうございます~」返事が返ってくる。

「いまので半分くらいかな?」「そうですね。

あ、次の方来たみたいですよ!用意してください!」

ローナスはまた気配を消して潜んだ。


今のところ何の事故も起きていない。全て問題なし、順調だ。



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