第27話
監視城が見えてきた。関所のような門があるが、扉は開きっぱなしになっている。
柵の外側に大型の荷馬車が10台程止まっている。
戦官養成学校の生徒たちが乗ってきたものだろう。
博労たちが馬に餌をやったり、身体を磨いてやったりしている。
「降りようか」「そうね」二人は馬から降り、
ルイスが馬の手綱を引いて門へ向けて歩き出した。
監視城は見張り台の鐘楼を備えた石造りの建物だ。
表に槍を携えた衛兵が数人、談笑している。一人がちらとこちらを向いた。
ルイスはわざと笑顔で手を振る。衛兵も軽く手をあげると、また談笑に戻った。
(思ったとおりだ。)ルイスもカチェリも学校支給の探検服を着ている。
”おおかたねぼすけの遅刻組だろう”と向こうが思ったであろう事は想像に難くなかった。
「ルイス。今日は、本当にありがとう」
驚いた。いつのまにかカチェリがルイスのすぐ側にいたのだ。
「カチェリ?」ルイスは聞き返した。
発言内容もだが、こうしてあらたまれると不気味だ。
「最初はむかついたけど・・・すっごく楽しかった!。
夜中にこっそり抜け出して、馬に乗って」
カチェリはルイスの傍らを歩く。
両手を背中で組み、跳ねるように歩く。
「”ソーラ神の大泣き”も見られたし」
燃えるような赤毛がふわふわと揺れる。本当に楽しそうだ。
「あんたの胸でまどろんだ朝の事は決して忘れない」
「だからこれは・・・ごほうび!」
振り向きざまのカチェリの顔がいきなり大きくなった!
柔らかくて暖かいものが、ルイスの唇に、優しく重ねられている。
細い二本の手が、ルイスの首に、きつく巻きつけられている。
張りのある胸が、ルイスの胸に、強く押し付けられている。
何万年にも思えた時間が過ぎ、唇の柔らかな感触は離れていった。
「”最高の最後の冒険”をくれたあんたへのお礼よ」
カチェリの頬が紅く染まっている。でも”怒りの印”じゃない。
どう見ても怒っている様には見えない。不思議だ。
だけどそれ以上に不思議なのは、いや、不審なのはその言葉だ。
「お礼って・・・ま、まだ終わってなないよよよ?
こここが出発点じゃないか。ここれから始まるんじゃ」
動悸が治まらない。
「いいえ、終わりよ」
静かにカチェリは言った。
「あんた、言ったわよね?”どんな罰を受けることになっても構わない”と」
「う、うん」
「でもあんたが罰を受けて、牢屋に入ったり、縛り首になったら、
あんたのお母様はどう思うのかしら?
道大工を継がせようと考えてるお父様は?
あんたの家業はどうなるのかしら?」
ルイスは呆然とカチェリを見ている。
「なにより、それを横目にリグールと結婚したあたしは、
どんな顔をして、どんな気持ちを抱えて、
それからの人生を生きていけばいいのかしら?」
カチェリもまっすぐルイスを見ている。
「・・・・・・」
「”違う世界に行って、違う自分になる” あんたの願い、私にもわかる。
お世辞じゃない。本当によくわかるわ」
カチェリは微笑んだ。悲しそうに。
「だけど、それでも、今」
「あんたが進もうとしてる道は、間違っているのよ」
「だから あたしは」
「あんたを 止める」きっと横を向いた。
その視線の先には、監視城と、衛兵たちがいる。
「衛兵!来て下さい! この人は迷宮探索の許可を得ていません! 捕まえてください! すぐに!」
カチェリの大声に、剣や槍を持った衛兵たちが監視城から飛び出し、ルイスを取り囲んだ。
こうして、旅は、終わった。
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