第26話

「ルイスってさぁ!」出し抜けにカチェリが言った。

「起きてたの?いつから?」ルイス(まずそこから聞きたい)


二人を乗せた馬は、山道に差し掛かっていた。

もう朝は過ぎ、日も高くなった。穏やかな陽ざしと山の涼しさが混ざり合って、

心地よい空気を漂わせている。闇国迷宮の入り口、「大口洞」までもうすぐだ。

マギカ市を夜明けに出立してとことこやってきたこの旅も、終わりが近いと言うことである。


「いいじゃない、そんなこと」カチェリ

「びっくりしたよ、ずっと寝てるかと思ってた。で、なに?」

「学校卒業したら、どうするの?」

「そりゃまあ 道大工だろうね」

「お、いきなり棟梁ですかぁ?」

「まさか。子供の頃から手伝ってるけど、まだまだだって親父にも古株さんにも言われてる。

しばらくは修行が続くと思うよ」

「で、一人前になったら・・・お嫁さんもらうの?」

ニヤニヤ笑っている。

「そ、そうかな・・・そうかもね・・・よくわかんないよ」

答えにくい、なんか凄く答えにくいことを聞いてくる。


するとカチェリは、ちょっと間をおいて、

「・・・じゃあさ、これからあんたがやろうとしてることは、なんなの?」

と聞いてきた。笑みは消え、真顔で。

「・・・・・・」

「闇黒迷宮に入って怪物と戦って財宝を手にして帰る。

それ、あんたにとってどんな意味があるわけ?」


「言ったじゃないか。君の最後の冒険・・・」

「それは昨日わかった話でしょ」びしりと言った。

「その前はどうだったの?」


「いや・・・特にないかな。でもそれはみんな同じだろ? 

この国ではみんな12歳になると戦官養成学校に入って、

”成人のしきたり”に向けての訓練をする。だいたいは

大口洞入り口付近で石器のかけらかなんか拾って、

闇ノ国人どころか戦獣とさえ出くわさずに帰ってくるけど。

そういう仕組みになっているんだ。拒めば

”臆病者”として生涯バカにされるし、行かない理由がない。

意味だとか、疑問だとか、考えた事もないよ」


「みんなと同じだから、”仕組み”だから、何の疑問も持たずに、やってるの?

確かにここ数年大きな犠牲は出てないけど、危険がないわけじゃない。

”ペルローの悲劇”みたいな事が起きないとはいえないのよ?」

 

”ペルローの悲劇”とは、今から15年前、その年の”成人のしきたり”で

闇国迷宮に赴いた戦官養成学校の子供たちと引率教官の一団が、

闇ノ国人と戦獣とで構成される大部隊に遭遇。壊滅した事件である。

生存者は女子生徒が一人。光ノ国側は大攻勢を仕掛けて大口洞付近を制圧したものの、

世論の批判が高まるのを抑えることはできず、それがきっかけで

新たに生存術学科が創設され、同時に”成人のしきたり”は成果よりも安全性を重視、

授業内容も深部への探索ではなく、安全性の高い入り口”大口洞”で野営をし、

野外実習を行うという風に、より儀式的な方向へと変容していったのだった。


「・・・カチェリ、まだ俺を諦めさせようとしているのかい?俺の気持ちは変わらないよ」


「答えになってない。”あんたはなぜ闇国迷宮へ行くのか?”聞いてるのよ。」

「ついでに言うけど、あんたの無謀な計画は、

たとえうまくいったとしても、何も残らないわよ?

何を倒しても何を持ち帰っても、養成学校は

”成人のしきたり”を果たしたとはおそらく認めてくれない。

しきたりを拒否した”臆病者”と同じ扱いになるでしょうね」


ルイスは少し躊躇した。これを言おうか。言ってもいいだろうか。

・・・言おう。カチェリに、隠し事はなしだ。カチェリには。


「違う世界に行って 違う自分になる」

ルイスは言った。


「なんですって??」

カチェリは眉をひそめて聞き返した。



「カチェリ、君は養成学校に入る前は、どんな暮らしを?」

「え・・・?そりゃ、家の手伝いよ。記書屋だったから、

原稿の管理とか。転写の魔法も少し練習してたかな。」

「習い事とかは?」

「セラおばさまに、礼儀作法を習ってたわ。よその子と一緒に」


「俺は、無かったんだ。そういうの」

「男もね、養成学校に備えて、小さいうちから

武芸、算術、語術を習う家が多いんだよ。でも俺は

その頃、道大工衆の他の子の面倒を見ていた。

遊び相手になって、けんかの仲裁をして、おしっこの仕方を知らない子もいたな。

他所の男の子たちが習い事の帰りに、

闇国迷宮とか竜との戦いの話で盛り上がってるのを

影からこっそり聞いてるだけだったんだ。」


「養成学校に行けば、自分も仲間入りできると思ってた。でも、

ろくに読み書き足し引きもできなかった俺は基礎課程で躓いて落第した。

やっぱり”グズでとんまのフェイラー”のままだったんだ」


カチェリは強く言った。「それは違うわ。あなたはいま生存術科”首席”で、

”最高の一団”になったじゃないの!」


ルイスは聞き流した。「・・・母さんが言ってた。

”人は生まれた場所からどこへも行けないし、変われやしない”

って。俺は反発したけど、そのくせ自分自身

”そうかも”って思ってしまっていたんだ。だから」

ルイスはカチェリを見た。


「だから”そうじゃない”事を証明したい。

闇国迷宮へ行って、そして帰ってくる時、

きっと違う世界と違う自分への道が拓ける。

道大工の未来は同じかもしれないけど、

何か違う自分になれてるはずだって信じてる。

これが、俺が闇国迷宮へ行く意味って奴さ

・・・って聞いてる?」


カチェリはだまっている。


「・・・聞いてるわ」

「なんだよ、ここまで聞いといて、それだけ?誰にも話した事ないんだぜコレ」

「ごめんなさい・・・よく・・・よくわかったわ・・・でも」カチェリはあごで前を指した。

「着いたみたいよ」


闇国迷宮 大口洞 監視城はもう目の前だった。







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