第25話


倒れた巨人は、ぼんやりした顔で、ルイスを見上げている。

ルイスは何も言わずにしゃがみこむとこぶだらけの巨人の顔を両手で掴み、ぐいと引き寄せた。

光る目をまっすぐに見据える。


「俺の勝ちだ。もう逆らうな」


巨人はぼんやりしている。ルイスは怒鳴った。


「わかったかゴラァ?!聞いてんだゴラァ!!返事しろゴラァァ!!」


自分の半分もない人間に頭を掴まれ恫喝される巨人だが、もう小さくコクコクとうなづくだけだった。


ふと周囲に気配を感じた。振り向いたルイスは危うく悲鳴を上げるところだった。

空洞内のどこに潜んでいたのか、巨人の群れがルイスと巨人と老婆の周りに集まっている。

大きいの、小さいの、大人、子供、男、女。


完全に、包囲されていた。(まずいまずいまずいやばいやばいやばい)



巨人の命乞いをしてきた老婆が尋ねる「勇者様、御名は?」

ルイス「るいるせうふぇいらー」(だめだ!緊張のあまり噛んでしまたたた!)


老婆「るしふぇらー? るしふぁー・・・ルシファー様か」

ルイス「ち、ちが、その」(ううまくこえがでないいいい)


老婆は群集を振り向くと両手を広げて叫んだ。

「皆の衆!見たであろう!わが息子ドスコスは、たった今、

勇者ルシファー様に完膚なきまでに敗北した!

”強者の掟”に従い、”放伐”が起こったのだ!今日からルシファー様が新たな頭となられる!」

ルイス「え?え?ちょちょ、ちょっと」


皆が口々に叫ぶ「ほーばつ!ほうばつだ!ほうばつだ!」

雷のような歓声が空洞内に轟く「ルシファー!ルシファー!ルシファー様 ばんざぁい!」


ルイスは自分にひれ伏し熱狂する巨人の群れを呆然と見ていた。

(俺が巨人どものカシラだって?何の冗談だ?”ほうばつ”だって?一体なんなんだ?

だいたい俺は・・・道大工の倅、ルイス・セウ・フェイラーだ。ルシファーなんて名じゃない!。)


その時、ぱちぱちぱちと言う拍手と共に

「いや~お見事!さすがはこのボクが"好敵手”と認めただけはある!」

聞き覚えのある声がした。


でっぷり太った身体にまるまっちい顔。闇国魔竜(兄)ドラジロだった。

どういう治療をしたか知らないが、羽根も炎袋も綺麗に治っている。

ダドラの「心配要らない」と言う指摘はどうやら真実だったようだが、

今はそんなことどうでもいい!聞かなくてはならないことがある!

ルイスはドラジロに詰め寄った。


「これってどういうことなんだ?教えてくれ、ドラジロ」


「ふむ!その学ぼうと言う謙虚な姿勢!なかなかよろしい!。ボクは本来敵に機密情報はあまり話さない主義なのだが知的好奇心が飢える苦しみは才能ある芸術的創作者として共有できる感情だしくわえて好敵手と認めた人間には相応の敬意を払うのがボクの美学であり哲学・・・」「早く言え!すっと言え!」(ゲスデブというのはとりあえず堪えた。とりあえず)


「そんなわかりにくい話じゃあない。強いおまえが勝ったから支配者になれた。それがこの闇ノ国の”強者の掟”なんだ」ドラジロは嫌悪もあらわにドスコスを指差して「お前はそこのデコボコ顔をぼこって更にすごデコボコ顔にしちまった。見てて痛快だったよ。よくやってくれた」(なんだろう?凄い嫌ってるみたいだ)


「そいつはオーガ族のカシラだった。”だった”過去形だよ?ここ重要。今までは威張り散らしていられたが敗れたからもうカシラではない。勝ったお前が新しいカシラになったんだ。これが”魔の放伐”さ。そいつはもはやキャンキャン怒鳴るしか能のない負け犬。ざまーみろ!いやー愉快痛快!」ドラジロはけらけらと笑った。


「オイグラァ!ゲスデブ!!調子こいてんじゃねぇぞグラァ!!」倒れていた巨人のドスコスがドラジロに食って掛かる。(うわこっちも相当嫌ってる)


「俺が負けたのはルシ兄貴だ!。てめーなんぞにでけえ口叩かれる覚えはねえぞ!

ぶよぶよのでぶちん野郎!ルシ兄貴にタメ口きいてんじゃねえ!殺すぞグラァ!」

(”ルシ兄貴”?)ルイスは思った。


「ふふふん脳みそが昆虫並のお前は知らんだろうが、彼とボクは既に命を削りあう死闘を演じ、

その戦いの中でお互いを認め合った仲!」

(はい?)ルイスは思った。


「マジ切れた、殺す!」ドスコスが凄む「お、おい」ルイス

「神魔竜爆撃炎 砲撃用意!」ドラジロの炎袋が光り始める「ちょ、ちょっと」ルイス

見る見る悪くなる空気の中で、周囲の人々も慌てて逃げ始めた。


「二人ともやめろお!!」思わず怒鳴ってしまった。ドラジロとドスコスは揃って神妙になる。


(なんだこの感じ?・・・覚えがある・・・子供の頃・・・道大工衆の子供たちを預かって面倒を見ていた時、大抵ウマの合わない子供がいて、年中ケンカしてたっけ。俺が割り込まないと収まらないって言う・・・あの時とそっくりだ。この竜も巨人も、俺より遥かにでかくて強いのに・・・まるっきりガキだ。どうなってんだ?)


おとなしくはなったが、険悪な空気が漂う二人にルイスは言った。かつて子供たちに言ったのと同じせりふを。

「仲良くしろとは言わないよ。合わないやつっているもんな。だけど、

お前ら年上なんだからケンカを我慢するくらいはできるだろ?。

他の連中も怖がってる。みんな仲間なんだからさ」


「うおおおおおおおおおおおおおお!!」ドスコスが吼えた。

ぼこぼこの顔に埋もれた光る瞳、そこから滝のように涙が溢れ出している。

「仲間!なかま!ナカマ! いい言葉だぜえぇ! ついていくぜぇ! ルシファーの兄貴!!」

「ふっ、さすがはこのボクが生涯の好敵手と認めただけはあるなっ!」ドラジロも

「好敵手と書いて”とも”と読む!」羽根をばたつかせた。


(どうなってんだ)ルイスはがっくり膝をついた。


「・・・へ~え、大人気じゃん」声がしたのでふりむくと、


褐色の肌に、灰白色の髪、赤い瞳、背中に一対の小さな黒翼、

青黒い鱗で覆われている胸と腰以外は裸、の闇国魔竜(妹)のダドラがいた。


「ダドラ! 見てたのか?」ルイス

「最初からね。面白いから見物させてもらったよ」悪戯っぽく笑っている。

「ひどいな 助けてくれても」

「甘えんじゃないよ。いつからあたしとおまえはお友達になったんだい? 助ける義理なんてないね」

にべもない。そりゃま確かにその通りなんだが。(本当、カチェリに似てる)


「そいじゃあたし、仕事あるんで。おっとこれ、忘れもんだよ」ダドラはルイスに差し出した。

”深淵の広間”に置いてきた剣と盾、鎖帷子を。

(見てたんなら最初にくれよな)ルイスは思ったが・・・黙っていた。

ここで変に言い返したりするとたぶんめんどくさいことになる。

"カチェリ似”の女の子はたいていそうなのだ。


「まーがんばれよな! ”るしふぁー”くん!」

「君まで!ちがうっての!俺は・・・」

青黒い煙が噴出し、闇国魔竜の姿に戻ったダドラは天井の闇へと飛び立っていった。







「魔王様」

「なんだね?ダドラ」

「彼が、オーガの頭ドスコスに勝ちました」

「それ、報告するようなことかね?」



「いえ、結果”放伐”が起こりました。彼はオーガの頭に」

「いいことだ。というか、それくらいでないと困る」



「???・・・どういうことです?」

「・・・ダドラ、君は私の母親かね?なんでも白状しろと?」

「出過ぎた詮索でした。お許しください」

「いやすまん。じつのところ、そうであってくれればと思わないこともなくてな」

「ご冗談を」



「オーガどもは、彼の事を”ルシファー”と呼んでいます」

「ほう?・・・光ノ国より闇ノ国へ降り来たる勇者”ルシファー”・・・というわけか」

「いいあだ名じゃないか。そう思わんかね?ダドラ」







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