第24話



「まてゴラァ!」巨人が追ってくる。(まずい!意外と早い!)


手と足を地面について飛び跳ねるように追ってくる巨人の予想外の俊敏さにルイスは焦った。

みるみる距離が詰められる!。(くそ!追いつかれる!)立ち止まってる暇はない。空洞内の壁に沿って走りながら、ルイスは登れそうな場所をさがした。道大工の勘が冴え渡る!。あった!一足飛びに壁に取り付き、しゃにむに登り始める。間一髪!その下の壁に巨人が激突した。悔しそうに壁を引っかき、手を叩きつけて「このチビ野郎!降りてこいやぁ!!」怒鳴り散らすがルイスは無視してひたすら壁をよじ登っていった。


(思ったとおりだ。あいつは壁のぼりができない!)


(・・・でも、ここからどうしよう?)


飛び降りて走って逃げる?・・・だめだ。やつの走りはさっき体験済みだ。逃げ切ることは無理で、地上で追いつかれたら間違い無く殺される。


ならこのまま壁にしがみついて、やつが諦めるのを待つ?・・・悪くないが、えてしてあの手の頭悪そうな奴は、執念と根気だけは異常にあるものだ。こっちの体力が尽きる方が早そうだった。となると・・・


ルイスは決意を固めると行動を開始した。壁につかまった状態は体力を消耗しやすい。ぐずぐずしている暇は無い。壁に張り付いたまま、そろそろと横に動き出す。その真下で、巨人もルイスを目で追いながら横へ移動する。何かの拍子に落ちて来ようものなら、その場で食ってやろうかという勢いだ。

 

だがルイスはかまわず移動を続ける。その先には・・・横穴があった!あそこまでいけば逃げ切れる!

眼下に追いかけてくる巨人を尻目にルイスは横移動を続け、その横穴に近づいていった。


・・・脱出口を見つけた。その喜びがルイスの心に隙を生んだのかもしれない。


彼は見落としていたのだ。


その横穴に壁伝いで行く途中、床がだんだんと高くなり、ルイスの這っている位置まで近くなってきているのを。たとえ壁のぼりが苦手な巨人でも、ほんの少し登って背伸びをすればルイスの足に手が届くくらいまでに近くなってきてしまっているのを。そして最もまずい事に、巨人がどうやらそれに気が付いているらしい事を。


その証拠に悪態を怒鳴っていた巨人が急に静かになった。頭上を蟹のように移動していくルイスが、

自分の手の届きそうなところへだんだんと近づいてくるのを見ての事なのは疑いようもない。

そのこぶだらけの顔はにやつき笑いを消すのにうってつけだった。

(ヤツはあの横穴に逃げ込むつもりらしいが、その高さなら俺でも登れる。

足首を掴んで引き摺り下ろし、床に叩きつけてやる!

後は得意料理”ぐちゃぐちゃ肉のタタき”の完成だぜ!クソがっ!)


ルイスは気づく様子は無い。懸命に蟹移動を続け、横穴を目指している。今だ!


「俺に!木登りが!できないとでも思ったか?なめんじゃねぇぞクソチビ!」

巨人は吼えるが早いか、勢いをつけて壁に張り付いた!


勢いが付いたせいで、今度は巨人にもその壁をよじのぼることができた、

あとはルイスの足首に手が届きさえすればいい。そして今まさに、巨人はその位置にいた。


「かかったな!ボケガァ!」半分ほど壁をよじ登った巨人は勝ち誇りながら

右手でルイスの足首を掴もうと節くれだった幹のような手を伸ばす!

壁にしがみついたルイスがひょいと巨人を振りむいた。


おそらく巨人は、足首をつかまれ恐怖におびえたルイスの表情が見られることを確信していたに違いない。

だが、振り向いたルイスの顔は、驚愕でも、恐怖でもなかった。ただ冷静に、


「 お ま え が な 」と言った。


左手で壁につかまり、右手には小つるはしが握られている。 

 足首に伸びてきた巨人の手甲に小つるはしを深々と打ち込んだ!

悲鳴を上げて巨人はしがみついた壁から両手を離してしまった。

次の瞬間、苦痛にゆがんだこぶだらけの顔面へ、

ルイスの右足が強烈な蹴りとなってめり込んだ!。


巨人の鈍い頭は、そこで、始めて、理解した。

ルイスは、見落としなどしていなかったと言うことを。

狙いは、横穴に逃げ込むことなどではなかったということを。

自分を勘違いさせ、壁に登らせ、おびきよせ、そこから突き落とす作戦だったということを。



(こいつ、俺を、ハメやが・・・)すかさずもう一撃の蹴りが巨人の顔面にめり込む。

顔をのけぞらせ、仰向けになった状態で、その巨体は壁の下に落ちていった。


実際にはそれほど高さがあったわけではない。

巨人が壁によじ登れた距離は、その身長の半分ほども無かったろう。

だがその巨体と重さが災いした。

低い位置からの落下でも、岩だらけの床にもろに落ちてしまった。

骨が砕けるような、おかしな音がして、苦悶の絶叫が空洞内に響き渡った。


ルイスは巨人の傍らに飛び降りた。まだ生きている。とどめを刺さなくては。

近くに巨人の石斧が落ちていた。手に取った。(すご重い!)が、持てなくは無い。

これなら巨人の首を・・・ルイスは石斧を持ち、のた打ち回る巨人に近づいていった。

巨人はルイスを、その手の石斧を見た、こぶだらけの顔にうずまった光る目に、

恐怖の色が浮かび上がる。必死に逃げようとするが、

足を痛めたのか、もう動くことができない。

その脳天をめがけてルイスは石斧を振り上げた!


「ドスコス!」悲痛な大声が大空洞に響き渡る。


ルイスは振り返り、そしてそこにもう一人の小さな巨人がいるのに気が付いた。

”小さな巨人”とはなんとも矛盾した言い草だが、本当にそんな感じなのである。

身長はルイスと同じくらい。体の色は紫で髪の毛は黄緑色、

光る目を持っているのも同じだ。だが、体色も髪もなんか白っぽく

色あせて肌には張りが無く、しわしわだ。目の光も弱く、落ち窪んでいる。

そして体の形から明らかに女性とわかる。

要は巨人の老婆だ。おばあちゃん怪物なのだった。


老婆は口を開いた。歯が何本か抜けている。

「その子はもう戦えませぬ。”強者の掟"の事は重々存じておりますが・・・なにとぞお慈悲を。勇者様」


その物腰と物言い。傷ついた巨人に向けるまなざしで、

老婆が何者かルイスにはすぐにわかった。


(おかあさんだ。)


ルイスは、石斧を、放り捨てた。


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