第23話

「もう一度、注意事項を説明する!。はいそこ!よそ見しない!集中!」


ぺしぺしと教鞭が響き、ウィラーフッド先生の声がガヤつく生徒たちの間に響き渡る。

ここは闇国迷宮の入り口、大口洞。かつては何度も闇ノ国との激戦が繰り広げられたが、15年前の"ペルローの悲劇”からの大攻勢で光ノ国が制圧、監視所が置かれてからは闇国迷宮の中でも”比較的”安全な場所として演習や研究等に使われている。


今日もまた戦官養成学校の生徒たちが迷宮探索実習の為、泊りがけでやってきていた。

前夜に到着した彼らは、班ごとの野営地で天幕を設置して泊り込み、迷宮突入の準備をしている。

これから出会うかもしれない怪物や遭難の危険を感じてか、生徒たちの間にはピリピリした空気が漂っている・・・・・・のだといいのだが・・・実際はといえば、雰囲気は和やかで緊張感はいまひとつだ。少年少女たちは前夜から天幕の中で寝ずにおしゃべりに明け暮れ、今頃になって寝ぼけまなこをこすりだす者も出る始末である。


ウィラーフッド先生をはじめ教官側としては苦々しい事この上ない。怪物の脅威は低いとはいえ、ここは立派な戦場で、これから行うことはかぎりなく実戦に近い訓練なのである。そして遭難事故の危険はどんなに浅い階層の洞窟だろうと必ずあるというのに・・・全く近頃のガキどもときたら。



「探索は4人一組! この砂時計一振り(先生は大きな砂時計を掲げ皆に見せた)ごとの間隔で出発する!。


1つ!この予定路(黒板に描かれた図をぺしぺしと差して)を各自暗記して、絶対に外れないようすること!

予定路上では随所で教官がお前たちを監視している!この予定路を外れた場合は故意、過失を問わず減点対象となるので注意すること!


2つ!それでも万が一、迷った場合は生存術遭難教書に基づいて冷静に行動すること!まず待機教官を捜し、以後教官の指示に従うこと!


3つ!採集物は何を取得してもいいが、一人一点とする!それ以上の採掘は盗掘と見なして、減点対象となる!悪質な場合は退学処分もありうるので注意すること!


4つ!なお本日この予定路の最深部には”怪物”がいる!

戦闘か逃走かは各組の判断に任せる!的確に対処すること!


5つ!その他、何か異常があった場合は、速やかに撤収し、報告すること!。

これは状況観察と報告能力の審査でもあると理解すること!


以上!何か質問は!」がやがやがや・・・・(まったく)

ウィラーフッド先生は予定路が描かれた黒板に教鞭を打ちつける。ぺしぺし。


「ユアン!ローナス!あとで教官の天幕に出頭なさい!解散!」




ユアンとローナスは教官の天幕から出てきた。ウィラーフッド先生からの指示を受けて。

指示内容は「先行して予定路の最深部に行き、”怪物”役として待機。やってくる生徒たちに試練を与えよ」というものだった。


「怪物役だなんて・・・こういうのって教官の役目ではないのでしょうか」珍しくユアンが不平をこぼした。相変わらずの存在感の薄さだが、今日はさすがにいでたちが違う。長革靴に白い長下穿き、防板入りの探検服に背嚢を背負っている。長い髪の毛は両脇で束ねられ、耳の側から馬の尾が二本出ているかのようだ。武器は持っていないが、携帯灯火が小さな手にしっかと握られている。腰の革帯にいくつも瓶が結び付けられているのは傷薬の類だろうか。さすがは療術師といった趣である。



「仕方ないよ。」ローナスがなだめた。彼もまた背嚢に携帯灯火だが、着ている物は、革と薄鋼を組み合わせた最新のギャブル鎧。加えて左腕に丸いギャブル鋼盾と、革帯に長めの細ギャブル剣を携えている。全て”羽の生えた獅子の紋章”が刻まれた、ガフ武器工房の最新作だ。"戦闘師”ならではの格好である。

「ウィラーフッド先生をはじめ教官は予定路の安全確保に忙しい。僕らよりもっと危険なところで待機してるんだから。それに」ユアンに微笑みながら続ける

「君ほどの幻界を造れる者は、魔法科生徒どころか教官にもいないんじゃないかな。そこを買われたんだと思うよ」「まあ!ローナスさんたら」ユアンは照れた。もとが蒼白いだけに赤くなると凄く目立つ。それをごまかすように慌てて付け加える。

「そ、それでも、カチェリさんがいたら、猛抗議してますよ、きっと!」

「言えてる!」二人は笑った。


「カチェリさんとルイスさん・・・残念でした」ユアンは表情を曇らせた。


「そうだね。でも正直いうと、ユアン、僕はね、

今日のこの課題、”最高の一団”には荷が軽いと思う。

参加しなかったからといって失うものは少ない。

ウィラーフッド先生もその辺考えてたんじゃないかな。

今日は無理でもこれから僕ら4人にはもっとふさわしい任務があるはずだよ」ローナス


「・・・ローナスさん」

「ん?」

「・・・あの・・・カチェリさんは・・・」ユアンは口ごもった後、

「い、いえ、今日は4人で参加したかった・・・きっと楽しかったろうなって思って!」訂正した。


女の子同士でなければ、打ち明けられない秘密がある。

そして、秘密は守られるからこそ秘密といえる。 


「怪物役とか、ルイスさんがいたら、思いもよらない方法で皆さんを手玉に取りますよ、きっと!」

「言えてる!」二人はまた笑った。


「ともあれ、それだけ僕らは”最高の一団”として信頼されてるって事だよ。

名誉だと思って取り組もう。じゃ、行こうか」

「はい!」


戦闘師ローナスと療術師ユアンは、闇国迷宮に突入していった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る