第22話

巨人はルイスを見つけ、にったり笑った・・・ように見えた。実際にはわからない、こぶだらけのその顔はあまりにも”殴り殴られ慣れた感じ”で、表情があるのか、あっても顔の筋肉が動かせるのかすらもう判別できないからだ。背丈はルイスの2倍くらい。だがそれは背中を丸めて前かがみになっていたからであって、直立すればもっと大きいかもしれない。分厚い紫色の胸板には体毛がびっしり生え、岩の割れ目のごとき腹筋の胴まで続いている。両肩からごつい筋肉に覆われた太い腕が生え、その先には巨大な石斧が握られている。


「てめぇか、地上から紛れ込んだネズミってのは。あぁ?」巨人は雷が落ちたような声で言った。

ルイスは答えない。それどころじゃない。この窮地をどうやって脱するか。小つるはしを手に、巨人をにらみつけながら、頭の中はその事でいっぱいだった。


しかし「悪運に恵まれたヤツ」とでもいうのだろうか、こういうとっさの時にとる行動で、われながら自分を褒めたくなる事がルイスには多々あった。


今回もその口で、岩から飛び出した彼は”岩の横を逃げ回る”のでなく、”岩の上に駆け上った”のだ。

それは一見、自ら袋小路に飛び込む無謀な行動に思える。だがそうではなかった、いまルイスは、登った高い岩の上から、自分より二倍も大きい巨人を"見下ろす”立場にいる。目の高さだけで言えばルイスの方が高みにいる。

そしてこういう相手と対峙する時、それはかなり”重要なこと”だと、養成学校の基礎戦闘術の教官は「戦獣 その傾向と対策」で教えてくれたのだった。


戦獣とは、自然界に普通に存在する獣が、闇ノ国人によって躾け直されたもので、

調教によって高い戦闘力を、魔法によって高い知能を与えられたかなり危険な存在である。

実際、闇国迷宮に突入した戦官の死因の首位がこの戦獣との戦いによるものだという事は、

表立って語られはしないものの、戦官養成学校では暗黙の常識だった。


戦獣は獣なので、本能で動くことが多い。

自分と相手の大きさ、あるいは位置関係で”強さ”を推し量る。

ここで不用意に逃げたり、恐れたりするそぶりを見せると”弱さ”を察知して襲い掛かってくる。

逆に体格を大きく見せることで、襲う気持ちを削ぐこともできる。

「戦獣を相手にするときは、絶対に自分を”小さい””弱い”と思わせてはいかん。ハッタリでもいいから、”俺はお前より大きいんだ!強いんだ!”という気迫をぶつけることが重要だ」

教官は生徒たちに語ったのだった。


この巨人は、見た目こそ闇国魔王と同じ闇ノ国人だが、あまり頭がよくなさそうだ。

ならばむしろ、戦獣に近いのではないだろうか?

岩の上に立ったルイスは、小つるはしを片手に持ち、わざと少しだらけた感じで

巨人を見下ろしてにらみつけた(お前などに緊張していない)という風に見せたかったのだ。

心の中のお手本は言うまでもなく”張りのある胸をつんと反らしてふんぞり返るあの赤毛”である。

(どうせなら”口調”も相手に合わせてみるか。)ルイスはそこでようやく巨人に向かって口を開いた。


「オイ、そこの。あに見てんだよ?あぁ?」ルイス

「んだとゴラぁ」巨人

「てめぇに言ってんだよデカブツ。やんのかゴラァ!」ルイス

「クソチビが 調子こいてんじゃねぇぞゴラァ!」巨人

「上等だてめぶちころすぞゴラぁ!」怒鳴りあいが続く。


だが、位置取り作戦は功を奏したようだ。岩の上に上ったルイスに対して、

巨人は岩に登ろうとはしなかった。かわりに石斧をふりまわして岩をガンガン叩く。

砕こうとでも言うのだろうか。だが、木ならまだしも、さすがに岩を砕くことは

その怪力を持ってしてもできないようで、轟音と火花が周囲に飛びちりこそすれ、岩はびくともしない。

逆に石斧の方がぽろぽろと刃が欠けだす始末だった。結局、怒り狂う巨人はそれ以上どうすることもできず、ただひたすら怒鳴り続けているだけである。


・・・おかしい。ルイスは思った。

手こそ届かないが、巨人にしてみればルイスは目と鼻の先にいるのだ。

岩に上がればすぐ捕らえられる位置にいるのに。・・・なぜ来ない?・・・なぜだ?

・・・そして、ピンときた!ひょっとすると!


(こいつ、高いところには登れないんじゃないのか?)


太い手足だが、それ以上に身体が重そうだ。身体を引き上げるだけの筋力がないのか?

つまり!岩に登れないのなら・・・それ以上に(そうか!勝てる!)

ルイスは岩下で吼えている巨人に向かい、


「勝負したるわボゲェ! 来いオラァ!」と叫ぶと”安全地帯”の岩の上から飛び降り、走り出した。


空洞内の 壁 に向かって。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る