第21話

東の方からかすかに明るくなってゆく。満天の星空が、だんだんと薄くなってゆく。

麦畑は過ぎ、未開の森の道を、ルイスとカチェリを乗せた馬は歩みを進めていた。


カチェリはずっと黙ったままだ。相当怒らせてしまったのだろうか。ルイスの心は痛んだ。

何とか話しかけたいが、何を話しても無視されそうな気がする。が、その時、


「あ」だしぬけに、カチェリが叫んだので、ルイスはびくっとした。「な、なに?」

「あれ」空を指差す。だいぶ白んできてはいるが、それでも星の瞬きは残っている。その空に

光の筋が一瞬浮かんで消えた。続いてもう一つ。また一つ。

次々と明けの夜空に光の筋が浮かんでは消えてゆく。



「”ソーラ神の涙”だ!。一つなら見た事はあるけど、こんなにたくさんなんて・・・初めてだ」 

「きれい・・・」


かすかに紫がかってきた朝空に光の筋のまたたきが踊り続ける。馬上の二人はただ見とれていた。


「大泣きじゃないか。よっぽど悲しいことがあったのかな?ソーラ神」

「ルイス、それ本気で信じてるの?」カチェリはくっくと笑った。

「ちがうの?」(やった!口きいてくれた!)

「ソーラ神は関係ないわよ。200年前の人さえ、蛍とか、光藻といった光を出す生き物が遥か天上にいるんだって考えてたのよ?。”世の理”って本に書いてあったわ」

「よのことわり?」

「養成学校の図書室に置いてあるわよ。200年前に書かれた凄く古い本だけど。書いたのはフェルプス・セウ・フェイラー」

「それって・・・”闇国魔王と相討ち”のフェルプス公?」「そ、あんたのご先祖様。英雄譚が有名だけど、ずいぶん学問好きだったようよ、自然界のいろんな事を研究してたみたい」

「でも、あたしは・・・それも違うと思ってる。」カチェリは、

「あの空の光は・・・もっと別の、理屈で起きているのよ」流れてゆく光の筋を眺めながら言った。

「明らかにしてみたかったけど、それももう無理ね。どうせ”異端”って怒られちゃうし」


ルイスの心に引っかかるものがあった(いたん・・・異端?どこかで聞いたな・・・あっ!)

「もしかして・・・闇ノ国についての新しい学説を唱えたのって・・・」

「あたしよ」カチェリはさらっと言った。


空からは夜色がほとんど消えている。夜明けまでもうすぐだろう。周囲の森に朝もやが漂っている。


「国史に描かれている内容に、なんとなく納得が行ってなかったのよ。光ノ国人と闇ノ国人が元は一つの国人だったなんて。見た目も、住む場所も、暮らしの形も、全然違う。それに昔から続いている争いの歴史を考えれば、”縄張り争いから始まった”って考えたくなるじゃない。」


「”獣の骨のゴミ捨て場”を知った時に、もしかして私たちは他所から狩を繰り返しながら大陸を移動してきた民なんじゃないか?そうして麦がよく育ち鉄も取れるこの地にたどりついたが、そこには既に先住者として闇の国人がいたのでは?って思ったの。」


「そして戦になった。でも私たちと違って、彼らは”日の光で燃えてしまう”と言う致命的な弱点がある。どんなに力や魔法で上回っていても、彼らはその弱点ゆえに長い時をかければ劣勢にならざるを得ない。こうして生き残った彼らは地底の闇国迷宮に追い込まれ、私たちはプラネット国を建国した」


「これでは侵略した自分たちに道理がない。後世の子孫も気分が悪い。だからソーラ神という物語を作って”この地への権利は皆平等”と謳いあげた。それなら”自分たちも悪いが向こうも悪い”って言い張れるもんね。とまあ、ここまでまとめた上で、父に話して本にしようと思ったの。そしたら」


「すっごい怒られて、”この不良娘が!おかしな考えに取り付かれてないで、お茶の知識とお菓子の作り方を覚えなさい!”だって!」カチェリは苦笑した。


「それからかな、あちこちお茶会に引っ張り出されて、いろんな男の人と引き合わされて、気が付いたらリグールと結婚することになってた。」


「あたしね、養成学校を卒業して”戦官”の資格を得たら、学術探検師になるつもりだった。財宝に血眼になるほど貧乏してないし、戦争屋ほど闇ノ国人に憎しみがあるわけでもない。でも闇国迷宮に行けば私の知らなかった部分が見えるんじゃないか、知りたかった答えが見つかるんじゃないか、って。」


「そりゃあいつかは家のために結婚しなきゃいけないことは知ってた。それでも二十歳くらいまでは遊ばせてもらえると思ってたんですけどー。まさか十五で嫁入りとはねー。人生が”早駆け”だわよ。まったく・・・って聞いてんの?」長語りの末に、カチェリは振り向いた。


「聞いてるよ」一字一句。聞き逃すものか。


「で何か、言うことはないわけ?」意地悪そうな笑みがこっちを見上げている。


「だって、謝ったら、怒るだろ?」


「すご怒る」


「じゃ、何もいえないよ」


「気分悪い、寝る!」ふくれっつらで向こうを向いた。


「どうぞ、先はまだ長いから」


「馬から落ちたらやだ、ちゃんと押さえてて」


「こう?」両腕で、そっと抱きかかえる。


「もっと強く」


「こう?」ちょっと強く抱いた。


「もっと!」


「こ、こう?」かなり強く抱きしめる形になってしまった。


「・・・・・・」


「・・・カチェリ?」


彼女はくーくー寝息を立てて、もう寝ていた。




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