第20話

ここは、どこなのだろう?。

さっきまでいた”深淵の広間”からは相当”流されて"きた感じがするんだが。

ルイスは轟音と共に流れ出る滝を眺めながらぼんやりと思った。

あの牢獄を抜け出したはいいが、これからどうしたらいいんだ?


(落ち着け、こういう時は”生存術心得2・混乱した時は、まず現状の分析から始めよ”だ)


 広さは”深淵の広間”とは比べ物にならないほど広い。

目の前の滝は相当な高さがあるようだが、見上げても、

もう滝口は闇にまぎれてしまって見ることはできかった。

(あそこから落ちたのか?よく助かったもんだよ)

滝つぼにはその闇の中から落ちてくる水が轟々と流れ込んでいる。

色はやはり白濁なので深さをうかがい知ることはできないが、

相当深いことは間違いなさそうだ。

(この滝つぼに巻き込まれて浮かび上がれたのか?すげーな俺)


滝つぼの周囲は扇状に広がっていて、緩やかなよどみもあるが、

すぐに岩場から激流となっている。激流の先はまた岩の洞穴に吸いこまれている。

あたりは真っ暗だが、光藻と、正体は不明だが、岩から浮かび上がる

ぼうっとした光があたりを照らしている。

遥か上は闇で包まれているが、たぶん岩の天井だろう。

ここは闇ノ国の深部であって、地上ではないのだ。


自分の姿を見てみる。剣と盾、鎖帷子は”深淵の広間”に置いてきてしまった。

身につけているものは下穿きの上下と長革靴。

腰帯に縛り付けた”小つるはし”だけだった。後は何も無い。

剣がないのは心細いが、道大工の修行時代に使い込んだ小つるはしが

その不安をやわらげてくれる。ルイスは小つるはしを握り締め、

岩肌を登って通路が無いか調べようとした

・・・・・・その時、視界の隅で何か動いた!


ルイスはとっさに身体を伏せ、岩陰に隠れた。

体に寒気が走る、鳥肌が立ち、毛が逆立つ。

物凄い殺気のようなものが感じられたからだ。

さっきの魔王、闇国魔竜のダドラやドラジロ、

いずれもそれなりに剣を交えはしたが、

ここまでの敵意は無かった。

(正体はわからないけど こいつは・・・やばいやつだ)

悪運を呼び込むルイスの勘が早鐘のように警報を発していた。


滝の轟音にまぎれて何かが動く音がする。

歩行音のようなものと・・・石臼をひくような・・・

岩と岩をこすり合わせているような・・・

ゴリゴリと何かを引きずっているような音だ。

ルイスはそっと岩陰の向こうを除いて見た。いた! 


(人・・・なのか?)背を丸めて前かがみに歩く巨人が一人、

さっきまでルイスがいた滝つぼの周りをうろついている。

大きさはルイスの2倍程度。竜化したダドラやドラジロよりは小さいが、

闇国魔王よりは確実にふた回り大きい。身体の感じは闇国魔王と同じだ。

紫色の肌、黄緑色の体毛。胴も腕も足も丸太のように太く、

筋肉でごつごつしている。そして、その手の先には・・・

巨大な石斧が握られていた。石をこすり合わせるような音は、

石斧を地面につけて引きずったところから出てくる音だった。


巨人は滝つぼのよどみの周りを、しきりに見ている。

(・・・まずい!)

なぜかわかった。さっき岸辺にルイスが泳ぎ着いて水から上がった時、

身体や服についてきた水が、周囲にしたたって跡を残してしまっていたのだ。

その水滴は・・・ここまで続いている!今隠れているこの岩まで!

巨人は水の跡を目で追い、こちらを振り向いた。


(ひ、ひどい顔だ)”殴り殴られ慣れた顔”とでもいうべきだろうか。

顔の表面はぼこぼことこぶが膨れ上がり、鼻は完全につぶれて

鼻の穴がむき出しになっている。目はほとんど埋もれてしまっているが、

完全に塞がっているわけでもなく、

肉の奥に埋もれた瞳から闇ノ国人特有の”黄金色の光”が漏れ出している。

頭の髪の毛は逆立てられ、トサカのようにせりだしている。

顔にはいくつも傷跡がある。


身に着けているものは毛皮の腰巻一枚、膝から下の足に同じく毛皮で作ったと思しき

長革靴のようなものを履いている。ルイスは心のなかで舌打ちをした。

図体のでかい相手と戦う時は「足元を狙い、動きを鈍らせて相手の選択枝を限定する」と言うのを基礎戦闘術概論で習った。

だからこの小つるはしで奴の足の甲や指でも潰せれば、活路が開けるかもと思ったのだが・・・

(実際はお勉強どおりにはいかないもんだな)あの分厚そうな靴下越しに損傷を与えるのはかなり難しいだろう。戦うと言う選択肢は難しそうだ。


なら逃げるしかない。しかし、それにも問題がある。まず逃げ道がわからない。なにせルイスはついさっきこの大空洞に”落ちてきた”ばかりなのだ。空洞の周りには確かに通り道らしきものがあった。が、その先に行き止まりだったら?敵が待ち伏せしていたら?


そうこうしているうちに、巨人はルイスが身を潜めている岩のすぐ側まで来てしまった。岩は巨人よりも大きい巨岩だが、背後を除けばルイスは丸見えになって発見されてしまう。鍛冶屋のふいごのような息遣いが聞こえる。いきなり巨人が吼えた。


「でてこいゴラァァ!!」隠れている岩が震えるかと思われた。

「いるのはわかってんだぞゴラァ!」雷が10個同時に落ちたかと思える咆哮だ。

ルイスは歯を食いしばる。(身体を硬くしてしまったら逃げられるものも逃げられなくなる。

びびるな!たかが怒鳴り声じゃないか!)だが、ヤツはもう岩の陰のすぐ向こうにいる。

つかまったら最後だろう。


(こうなったら!)


腹をくくったルイスは、岩陰から飛び出した!

夢中で小つるはしを岩に打ち付け、それを取っ掛かりに岩の上によじ登った!

巨人はかっと目を見開いて、岩の上を見上げ、そこにとうとうルイスを見つけた。








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