第18話

その朝が来た。

雄鶏すら鳴かないまだ暗いうちに、ルイスは起きだした。

前夜、両親には「"成人のしきたり”で闇国迷宮へ行く」

という半分ウソで半分本当のことを言った。

ウソの部分は”ヘマをして迷宮探索への参加資格を実は持っていない”ということ、

本当の部分は”闇国迷宮へ行く”と言うことである。


これを聞いた両親は(主に父が)大喜びで、出立の宴を開いてくれた。

非常に良心が痛んだが、断ると怪しまれるので、母の素材を奮発した手料理を食べ、

ほろ酔いの父の武勇伝に相槌を打ちつづけた。

上機嫌の父は「がんばれよルイス!フェルプス公の末裔の意地を見せて来い!」と酒混じりに言った。

対して母は、いつもと変わることも無く、夕食時に「あまり粋がるんじゃないよ!」

とそっけなく言って終わりだった。ただ、寝る前に「ぜったいに、無理するんじゃないよ!」

とわざわざ言いにきたくらいか。


翌朝、目覚めたルイスはまず背負い袋に道具を詰めた。

一番重いのは父から借りた鎖帷子だ。

使われなくなって何年にもなるのでかなり錆びている。

試しに着てみたがすそが少し足りないことを除けば

概ねぴったりだった。とはいえ常時着用は重すぎるし、

実際に着る時は緩衝材とすりむき止め用の”中綿”を

体との間に着る必要がある。色々面倒なので

迷宮についてから着ればいいと、鎖帷子を袋の底に押し込んだ。


武器は・・・道大工の家に剣はない。

ギャブル剣とかギャブル盾があれば理想だが、

高価すぎて庶民の買うものではない。あるのは

工事用の工具と、草刈大鎌と薪割り斧、包丁程度である。

大釜や斧は大きすぎるし重すぎる。

そこで小つるはしをもって行くことにした。

鉱物採掘に使う大つるはしの10分の1も無い小さなもので、

ルイスは子供の頃からこれを持って道大工の現場に出入りしていた。

見た目はほぼトンカチで、武器と言うには心もとないが、

両側が鋭くとがっていて、柄の部分には太い吊り革がついている。

場合によっては役に立つかもしれない


そして篭手とと長革靴、水筒、鉤縄、瓶に詰めた光藻、

干し木の実を詰めた袋なども袋に入れた。

装備を身に付け、荷物をくくりつけた馬を納屋から出した時、

入り口に人の気配がした。


母だった。


「母さん!起きてたの?」ルイス。

「ん、まあね」母

「じゃ、行ってくるよ」ルイスが馬にまたがると、

「ルイス!」いきなり母は大声を出した。

「母さん、馬が驚いちゃうよ。なに?」

母は馬に跨ったルイスに駆け寄ると、手綱ごと彼の手を握り締め、噛んで含めるように言った。


「無事で・・・無事で帰るんだよ、いいね?

財宝とか、名誉とか、どうでもいいんだから。

ウチは庶民で、貴族なんかじゃないんだから」


「大げさだなあ。みんなやってることじゃないか。

明日には"成人”になって戻るよ!。

じゃ、いってきまーす!」

ルイスは馬をゆっくりと出した。大通りに出る時に家の方を振り向くと、

門のところに、母は、まだ、立っていた。



東のセウ通りの外れ。待ち合わせの場所に来た。

あたりは真っ暗だ。そして誰もいない。

(やっぱそうだよな、しかたない、独りで行くか)

そう思ったルイスが馬を出そうとすると、

目の前に人影が現れた。


「すご眠いんだけど」カチェリは言った。


学校の時とは格好が違う。

道具袋を背負い、長革靴に白い下穿き。

防板入りの探検服を着て、上に覆い付きの長布を羽織っている。



「家族になんか言われた?」馬上から手を伸ばして

カチェリを引き上げながら、ルイスは聞いてみた。


「別に。ウチではもう"成人のしきたり”の事なんか話題にもならないわ。

あたしは"しきたりを拒否した臆病者”って事になるけど、

”セラおばさまとリグール家がうまくやってくれるから心配するな”だって。

後はもう婚約の儀とか、お披露目の宴とか、リグール家の親戚周りとか、そんな話ばかりよ。

だから黙って抜け出してきちゃった」

「そ、そう」(・・・聞くんじゃなかった)

ルイスの腹の底に冷たいモノがよどみ始める。


「あんたは?」「え、うん」ルイスは父母が出立の宴を開いてくれたことや、

父の自慢話に付き合わされた事を話した。カチェリは前を向いたまま、

それでも興味深そうに聞いていたが、

今朝方に起きてきて見送ってくれた母の事を話した時、

はじめてルイスの方を振り向いた。


星と月の光が、彼女の顔を照らしている。大きな瞳がルイスを見つめているが、

その表情に何の感情がこめられているのか、どうにもルイスには読み取れなかった。


「お母様は、正しいわ」カチェリはそれだけ言うと、また前を向いた。


二人を乗せ、馬は歩き出した。



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