第17話

 入ってみると、その溜池は、思った以上に暖かかった。これなら凍える心配はなさそうだが、長く入っていると逆に熱すぎて気分が悪くなりそうである。とはいえ、まず”穴”を見つけないことには話にならない。水が白濁していて見えないため、ルイスは慎重に手や足で溜池の底や壁を探っていった。深さはルイスの胸くらいだが、底は何やらヌルヌルしたもので覆われている岩ばかりだ。滑りやすいので気をつけなくては・・・いきなり、ルイスは溺れた!。足で床を探っていた先に、深みがあったのだ。手足をばたつかせ、必死に水面まで戻る。ようやく岸について、咳き込んだ。(まさか、これなのか?竪穴じゃないか!)ルイスは横に伸びる穴を想像していたのだ。だが縦となると潜って進むのは更に困難になる。(確かめないと)深み付近まで行って、足の先をかざす(もしこれが"当たり”なら流れ出る水の勢いが感じられるはずだ)だが、足の先の水はよどんだまま、動いていなかった。どうやら外れらしい。

 岸に戻って、休む。実際に溺れかけたことで、さっきまでの勇気がくじけそうになる。今は助かった。でも次は?失敗率9割の無謀な賭け・・・やはり、無理なのか?・・・だめだ!行くんだ!ルイスは再び穴探りに出た。


そして、発見した。溜池の最深部分。両手を広げたくらい幅の穴が横に伸びている。思っていたより大きい穴なのは嬉しい知らせだ。足をかざすと、水がそこへ吸い込まれているのが感じられる。これだ、間違いない!


岸を振り返る。剣と盾と鎖帷子、手袋や小物などがが置いてある。鎖帷子は論外として、剣と盾。どうしよう?持って行くべきか?行った先に敵がいるかも?だがルイスは首を振って苦笑いした。目下の敵は、怪物などではなく、”水”なのだ。下手に身に着けてそれがつっかえて進めなくなったり、溺れてしまう方が怖い。余計なものは身に付けない方がいいように思えた。ただ、下穿きの帯に小つるはしを挟み込んだ。これなら邪魔にならないし、小型とはいえつるはしだ、石ころをどける役くらいには立つかもしれない。


深呼吸をする。一回、二回、三回目に思いっきり息を吸い込んだ。今だ!


白濁の生暖かい水の中へ、ルイスは飛び込んだ。


横穴に入る、手と足で水中の岩を這いずるようにして進む。息は見る見る苦しくなった。だがもう戻れない。体の向きを変えられないし、意外に強い水の流れが戻ることを許してくれないのだ。頭がキーンとして次にぼうっとしてきた。その時、もがく手の片方が”水じゃない感じ”を捉えた!夢中で顔を出す!しかしそこは出口ではなく、頭一つ分ほどの隙間だった。それでも溺れずに済む空間であることに変わりは無い。なんとか顔だけ出したまま、ルイスはあえぐ様に肺に空気をかきこんだ。でもここにも長居はできない。水の流れている方向を確かめる。ためらうな!進むんだ!深呼吸一回、二回、三回!再び水の中へ飛び込む。


だが!  悲劇的なことに穴の幅はどんどん狭くなっていった。吸ったはずの息はもう苦しくなり、

今度は休む隙間はなさそうだった、懸命に進むが出口の気配は無い。気が遠くなりそうだ。口を開いて水を吸い込めば一気に楽になれるだろう。・・・もう・・・だめ・・だ。


ふいに伸ばした手に何か当たった。前から何か飛んでくる。続いてひざにも。肩にも。体のあちこちがすりむけるように痛い。・・・違う・・・違う!何かが飛んでくるんじゃない。自分の身体が凄い勢いで前に押し流されている!岩壁に身体が叩きつけられたり、すりむいたりしているのだ!流れはどんどん強くなる!いつの間にか穴の幅も広がっている。でも。もう、息が・・・


次の瞬間、ルイスは空中に放り出され、遥か下へと落下していった。考える暇も無い速度で落ちてゆく。

下が岩場だったら叩きつけられて間違いなく死んでしまう!。なんてこった!。


だがしかし!  落ちた先は深い水だった!。水が衝撃を受け止め、ルイスは深い水底へ沈んでゆく!。助かった!。後は水面に上がれさえすれば!


だがしかし!しかし!! 今度は上から次々を水が落ちてきた!。途方も無い量だ!。それに巻き込まれて水面に上がれない!また息が苦しくなる。冗談じゃない・・・ここまで来て・・・溺れてたまるか!


「ぷはっ」ルイスは水面に顔を出した。轟音が聞こえる。手足を動かし、泳ぎだす。やがて足が付き、ようやっと岸にたどりついた。辺りを見回し、自分がやってきたらしき方向を見上げる。


それは巨大な地下の滝だった。どうやら彼は滝口から放り出されて滝つぼに落下したらしい。


助かった。そしてようやっと彼は、自分を閉じ込めていたあの”深淵の広間”から脱出したのだった。









「魔王様」

「なんだね?ダドラ」

「彼が”深淵の広間”から抜け出したようです」

「溜池の穴に気づいたのだな。彼ならそろそろと思っていたよ」



「今いるのは、オーガ族の縄張りです」

「そんなことより聞いてくれ。この蜜蜘蛛酒のできの酷さを。

ああ、3年前の奇跡はもう起こらないのか」



「魔王様、オーガですよ?」

「彼は負けんよ。ダドラ、心配かね?」

「ご冗談を」



「まったく酷すぎる、甘みも香りも飲めたものではない」

「・・・オーガですよ?」

「彼は負けんよ」




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