第15話
ぶるぶるっと、震えが走る。ルイスは下穿きをはきなおした。目の前の岩のくぼみに溜まった、自分の廃棄物を眺めた。(こんな時でも、出るものは出るんだよな)量と回数からして、もう2日?それとも3日だろうか?この闇国迷宮深部の広間にいる事になる。幸い、今のところ体調に異常は無い。「生存術心得その1・病こそが最大の敵。戦いに勝つより風邪に勝て」ルイスは大きく伸びをした。よし、剣の素振りをして体のなまりを防いでおくか。
目の前に魔王や竜がいると思うようにして、ルイスは剣を振った。剣を振りつつ思い出す。先の魔王との一戦を。あの戦いはなんだったのだろう?。切りつけても、魔王に傷を負わせることはできなかった。それどころか切った手ごたえすらなかった。あの闇の球の力なのだろうか?。だとしたら、闇の球から魔王を引きずり出さない限り、勝機はない。
ああ、”最高の一団”の協力さえあったなら!特にカチェリの雷撃波なら、幻界を切り裂くように、あの闇の球を無効にできるかもしれない・・・俺が魔王の気を引き・・・ユアンの作った幻界にローナスを隠して背後に回り込ませる・・・そうすれば闇国魔王ののにやけ面に一太刀浴びせてやれるのに・・・何とか地上へ、自分が生きていることを伝えられれば・・・救出隊の望みも・・・そこでルイスは苦笑した。
(なんだ俺は?)覚悟を決めたはずなのに、何もかも諦めたはずなのに、
まだ生き延びることを考えている!(ホント往生際が悪いぜ 生存術学科”首席”殿)
それが例え自嘲的なものであっても、笑う事は心を落ち着かせてくれる。よし「生存術心得2・混乱した時は、まず現状の分析から始めよ」ルイスは改めて、自分が囚われているこの大広間を見渡してみた。大広間と言うより、天井の高い竪穴と言う感じだ。歩いていけるところに出入り口らしき横穴は無い。魔王は突然闇の球と共に現れるし、羽付きの竜であるダドラやドラジロは天井の横穴から飛んで降りてくる。
となるとまたあの天井の横穴までよじ登ってみるか? だめだ。ルイスは首を振った。一度やって失敗してるじゃないか。「生存術心得3・不運は何度でも繰り返すが、幸運は一度しかない」
それに脱走の意思があると知ればなおさら、ダドラが再び助けてくれるとは思えなかった。
「結局、ここは”牢屋”って事か」ルイスはため息と共に独白した。少し疲れたし、喉も渇いた。水を飲もう。ルイスは天井のツララから雫が滴る場所へ歩いていった。そこには盾が裏返して置いてある。雫を舐めていては渇きを癒せないため、こうして水を貯める事にしたのだった。盾には水がなみなみと溜まっていた。ルイスは盾から水を少しだけ飲むと、残りは流して捨て、また雫の落ちてくる場所に盾を置いた。そして近くの岩壁に小石で線を一本掘り込んだ。
雫の垂れてくる間隔は一定である。こうして盾が水で満たされる回数を記録することで、時の経過を知ることができる。それがなんの役に立つかはわからないけど、でも知っておきたかったのだ。
岩壁には既に38本の線が刻まれていた。(岩壁が線でいっぱいになったらどこに書けばいいのかな?)そしてまた笑った(そんな長生きするわけねーっての)
ふと足元を見ると、盾から流した水が小さな流れを作り、溜池のほうに流れ込んでいる。「決して飲むなよ、病をもらうぞ」と警告された溜池だ。この溜池は奇妙なつくりで、水は白色に濁っていて、硫黄の匂いがする。これでは言われずとも飲むのはちょっと躊躇せざるを得ない。
加えて驚いたのが、その白い水、最初はツララからの雫同様、刺すように冷たいのかと思いきや、
手を突っ込んでみると、暖かかった。しかも時によっては湯気が立つほど熱いお湯になることもあった。(釜で焚いたお湯みたいだ。それなら焚き火はどこだ?水の中で燃やせる火があるのだろうか)考えても答えは出なかった。
ただ、そういえば以前、”療術師”ユアンから「火山水」について聞いたことを思い出した。火山水とは、グラデゥス火山に降り注ぐ雨が火山の熱で温められてできるお湯なのだという。「火山の素が含まれていて、お年寄りの”固まり病”をはじめ、いろんな傷病にに効くと言う噂ですが、定かではありません。いつか研究してみたいですね」そう言っていたっけ。これがその火山水なのかもしれない。そんな事を思いながらルイスは目の前の白いお湯をたたえた溜池をぼんやり眺めていた。溜池にはツララからの水が小川となって流れ込んでいる、ルイスが盾にためて捨てた水もここに流した、何杯だっけ?ええと38回・・・
ふと頭の中に引っかかるものがあった。なんだろう?ルイスは天井のツララを、足元をちょろちょろ流れる小川をしばらく眺めていた。「・・・!!!」やにわに溜池の水際に駆け寄る!そうか!ここは周囲に出口の無い竪穴だ。そしてこの溜池にはかなりの量の水が流れ込み続けている。じゃあなぜこの池の水位は変わらないんだ?池が出口の無いただのくぼみなら、とっくに水があふれて、俺は溺れ死んでいるはずじゃないのか?
もしかしたら、池の中に穴が開いていて、違う場所に通じているのでは?
確信は無い。
まず穴とは限らない。砂利か砂地が水を通してるだけかも知れない。
仮に穴だったとして、人がくぐれる大きさとは限らない。
仮に人がくぐれる太さの穴だったとして、どれほど長いかわからない。
潜っている途中で息が尽きれば間違いなく溺れ死んでしまう。
一度潜ったらおそらく方向転換はできない。引き返すことは不可能だろう。
しかもこの色だ、手探りで進むしかない。
「生存術心得4・不確定な推測に乗った先には、破滅しかない」
無理だ・・・止めとこう。9割がた失敗する。ルイスは座り込んだ。広間を見回す。自分を閉じ込めているこの牢獄を。そして頭を抱えた。先の魔王の言葉が心の中で繰り返される。
「竜の化身の少女と共にここで余生を送ると言うのも悪くない」
そう。悪くない。
悪くないよ。
悪い暮らしじゃないさ。
可愛いかったじゃないか、あの娘。
ここで、このまま・・・その時、
頭の中に甲高い怒号が響いた!
「なにやってんのよ!ルイスのグズ!とんま!」
はっと顔を上げた。
・・・やれやれカチェリ。
とうとう君は、俺の頭の中でまで、ケツを蹴飛ばしに来るようになったのかい?
そうとも。ここは俺の終着点じゃない。
進まなくては。
ルイスは溜池の中に入っていった。
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