第14話

石柱の廊下を、カチェリが歩いてゆく。その後ろにルイスも続く。お昼を過ぎ、

地に映る影がじんわりと伸びだしてくる。校内の木々が、風の伴奏でかすかなざわめきの鼻歌を歌う、そんなのどかな午後だった。だが、ルイスの心は晴れない。さっき会った二人、

それもリグールのことが頭から離れなかったのだ。


前を歩くカチェリに聞いてみたかったが、言い出せない。

地面に目を落とし、風にそよぐ赤い髪を見て、また目を落とす。その繰り返しである。


さっきのカチェリは、ルイスの知っている彼女とずいぶん違っていた。

言葉遣いといい、物腰と言い・・・なんていうか、大人の女性だった。

(セラおばさんと話す時はいつもああなんだろうか)


「何か言うことがあるんじゃないの?」こちらを振り向くことなく 

カチェリが聞いてきて、ルイスは狼狽した。

「えっ?・・・い、いや。優しそうな人だね!。セラおばさんて」

「尊敬してるわ。お茶の知識が凄くて、いろんなお菓子の作り方を教えてくれるの」

「そ、そう」

それきり会話は途絶えた。沈黙が続く。赤い髪が風に撫でられている。


「何か言うことがあるんじゃないの?」カチェリがまた聞いてきた。向こうを向いたまま。

「えっ?・・・あ、あのリグールって人は」それ以上聞くのが怖い。

「貴族院議長って知ってる?」「いや、ぜんぜん」

「そうね、普通は政治のことなんて興味ないわよね」

「ヘクタス・モル・ミシェリ。リグールのお父さんよ」「ええええすご大物じゃん!」

「モル家は名うての豪農なの。物凄い広さの麦畑を持ってる。おのずと貴族院でも力が強くなるって事」

「へええ、そんな凄い家と知り合いなんて、テウ家も凄いんだねえ」

そしてまた沈黙。図書室が近づいてきた。


不意にカチェリが立ち止まった。やはり向こうを向いたままだ。

赤い髪が風にそよいでいる。

誰に言うとでもなく、まるで独り言のように、カチェリは言った。


「リグールはね」


「私の未来の夫なの」


世界が止まり、ルイスははらわたがでんぐり返った気がした。


「こ、婚約してるって事?」ルイス。のどが渇く、よく声が出ない、だけど・・・

いま動揺していることをカチェリに悟られたくない。なぜかそれだけは強く思っていた。


「ここで問題です。私んちの家業は?」カチェリ

「き、記書屋さんだろ?本を作る」

「せいかぁ~い。でも記書屋を営む家は他にもあるわ。なのに

戦官養成学校の図書室に納められる書物は、ほとんどがウチがてがけたものよ。

なんででしょう?」

「そりゃやっぱ・・・テウ家の腕前が凄くて、作る本の品質がいいから?」

「ばーか・・・ふっ、ありがと。でもまちがい。確かに本の品質には自信を持ってるけど、

ウチ並みに、いやウチ以上にいい本を作る記書屋なんてごまんとあるのよ」


「・・・・・・」


「セラおばさんはね、養成学校の理事長と結婚したわ。だから自由に出入りできる」

「私の父はギャブルから婿養子で来た。鉱山を持ってる貴族の3男よ。

だからギャブルの富裕層が自叙伝を出す話はウチが窓口になりやすいの。」


「・・・・・・」


「そう、”強い人たちと血の繋がりを深めること”でテウ家は今日までやってきた。

それはこれからも変わらない。で、あたしの番が回ってきた。そういうこと」


「・・・・・・」


「嫌だとか、あたしの気持ちとか、関係ない。そういう"仕組み”なんだって自分で納得してるから。」


「・・・・・・」


「"成人のしきたり”を済ませて、学校を卒業したら。あたしはリグールと結婚する。

お茶の入れ方を覚えて、お菓子を作って、茶宴で夫の客をもてなす。

子供を生んで、育てて、今度はどこの"強い人”と結び付けようか気をもむようになる。

太って、あごがたるんで、皺ができて、おばあさんになって、そして」


そこで言葉を切ったカチェリは、始めて振り返り、ルイスを見た。

「・・・・・・」赤い髪が風にそよぐ。大きな瞳が、ルイスをまっすぐに見つめている。


「"グズでとんま"のフェイラー家」その声に非難の色は無かった。


「なんで、没落しちゃったのよ?」ただ、諦めたような、


「フェルプス公、闇国魔王と戦ったんでしょ?道も井戸も水路もプラネット国のイシズエは

全部あなたたちが造り上げたんでしょ?なのにどうして消えちゃったの?今のザマはなんなの?」

どこか寂しげな声だった。


「・・・・・・」

ルイスは返す言葉が見つからない。うつむくことしかできない。

「・・・・・・」

カチェリも下を向いた。しばらくそのまま黙っていたが、


「ま!消えちゃったモンはしょーがないっかぁ!」顔を振り上げた。赤い髪が炎のようにたなびく。

両腕を腰に添え、張りのある胸をつんとそらしてふんぞり返る。

挑発的な大きな瞳でルイスを見下ろすや、にっと笑った。いつもの、ルイスのよく知る、

カチェリ・テウ・ミシェリがそこにいた。


「ということ!わかった?あたしには時間が無いの時間が!ちんたら生きてる暇なんて無いの!

”成人のしきたり”が済んだら、あたしは、籠の中に戻らなきゃいけない小鳥なわけ!ちゅんちゅん!」カチェリは両腕を小さくばたつかせておどけて見せた。


「でもそれまでは自由よ、誰がなんと言おうと自由に生きてやる。

あたしの思うままに思いどうりに生きてやる。」


ルイスにびしりと指を突きつけ「ルイス!あんたがグズでとんまなのはもうわかったから、

せめてあたしの足を引っ張るんじゃないわよ。いい?」


「う、うん」だんまりのルイスの口からようやっと言葉が出た。これだけ。


そしてカチェリは前を向いて颯爽と大またで歩いていく。これだ。これが、カチェリと言う少女なのだ。

ルイスはちょっと目を細めた。一瞬、彼女がソーラ神のようにまぶしく輝いて見えたからだ。


そして自分の事を考えた。


本当に”グズでとんま”だ。俺。

今ようやっとわかった。


彼女に何を望まれ、何を期待されていたのか。

自分が気づかなかったこと、できなかったこと、やれたかもしれないこと。


〆切は過ぎてしまった。もう間に合わない。でも・・・


(まだ、俺にやれることがあるんじゃないのか?)


「カチェリ」ルイスは呼びかけた。

「なによ?」カチェリは振り向いた。

「話があるんだ」ルイス

「???・・・宿題なら手伝わないわよ。自分でやんなさい!あれくらい」カチェリ

「違うって」ルイスは苦笑した。(つくづく信用の無いヤツだ。俺は。)


・・・少し躊躇した。途方も無い考えだ。ばれたらただではすまないだろう。でも・・・


そしてルイスは、カチェリに言った。

「カチェリ」

「だからなによ?」



「行こう 闇国迷宮へ」




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