第13話

カチェリはどこへ行ったのだろう?図書室を飛び出したルイスは、

赤い髪を探して足早に廊下を歩いていた。

食堂かな?。それとも中庭の広場?。

だが彼女は思った以上に早くルイスの視界に入った。


石柱が並ぶ廊下のはずれに赤い髪が見えたのだ。

ただし、独りではなかった。

二人の人影と一緒にいる。三人でなにやら話し込んでいる。


ひとりは中年の女性。教官?いや、見ない顔だ。

新入生のころならまだしも、今やルイスも4年め、

卒業間近の先輩格である。校長をはじめ知らない教官などいない。

ということは、部外者ということか?


そしてもう一人は・・・ルイス同じくらいの年恰好の少年だった。

鳥の巣のような巻き毛の髪にそばかすだらけの顔がぶら下がっている。

離れ気味の目といい、口を開け気味にして話す様といい、魚か蛙のようだ。

(見たことある。たしかローナスと同じ戦闘術科の・・・リグールとかいう奴だ。)

カチェリはその二人と談笑している。

(ついさっきまで不機嫌だったくせに、ずいぶん楽しげじゃないか)


柱の陰からのぞきながらルイスは思った。(どうしよう?もう少し近づけば何を話してるか聞き取れそうだけど)(でも、盗み聞きなんてかっこ悪くないか?)(つかこうやって物陰からこそこそ覗いてること自体そうとうカッコ悪いだろ)(なら知らんふりしながらさりげなく通りかかる?それもきついだろ)

「ルーイス!」カチェリが手を振っている。(しまった!あれこれ考えるうちに向うに先に見つかってしまった!)こうなっては仕方がない。ルイスは3人の方へおずおずと近づいて行った。


「こちらセラ・レフ・ミシェリおばさま。母の妹よ。おばさま、こちらがルイス」

カチェリは中年の女性をルイスに紹介した。

「初めまして。あなたがルイスね。会えてうれしいわ」セラおばさんは微笑んだ。

育ちの良さを確信させる、物静かで上品な雰囲気の女性だ。カチェリの親戚とはにわかに信じがたい。

「ど、どうも」ルイスは会釈した。

育ちの良さではどうあがいても道大工の倅に勝ち目はない。


「で、こっちは・・・知ってるかしら?」「ええと」「もちろん!”生存術学科の凄い奴”フェイラー先輩だろう?」ルイスが言おうとしたところにリグールは大声でかぶせてきた。カチェリが静かに言う。

「リグール、彼はルイスよ。ルイス・セウ・フェイラー。そして”最高の一団”の一員。

ルイス、この人はリグール・モル・ミシェリ。戦闘術学科なの」

「どうも」ルイスは手を差し出した。リグールはその手を軽く握るとすぐ離し、

「ローナスは運がいい!こんな美しく、頼もしい仲間と迷宮探索に行けるのだからね!」

「本当なら僕がそこにいてカティーやフェイラー先輩と”最高の一団”を組めたかもしれないのに!」


「えと、それはどういう・・・」ルイスが尋ねると

「戦闘術学科の首席争いで戦った相手が僕だからさ!」

「すさまじい互角の戦いだった!。僅差で彼が勝利したが、彼は言ったね

”君が勝ってもおかしく無かった”と!」リグールは得意げに言う。

(それ俺も言われたぞ、そしてその戦いは惜しいなんてもんじゃなかったぞ。

ローナスは相手の自尊心を思いやる奴なんだよ)ルイスは思ったが黙っていた。


「残念だよ!ぼくも戦闘師としてカティーやフェイラー先輩の力になりたかった!」

(君じゃローナスの代わりになるとは思えないな、あと先輩ってどういう意味で)ルイスが思わず口を開こうとすると

カチェリがもう一度「リグール、彼はルイスよ、そして同級生」念を押した。


「おお誤解しないでカティー!僕は彼をくさしているんじゃないんだ!

僕が氏名で他人を呼ぶのは”家柄”を何よりも重んじているからなんだよ!

ギャブル、ミシェリ、そしてフェイラー!

みなプラネット国を支える貴族の家柄なんだよ!。

僕たちはその伝統をきちんと受け継いでいかなくてはならない!。

君も僕もミシェリの名を背負っていることを片時も忘れてはいけないんだ!。

・・・もちろん、フェイラー先輩もね!」


「そう、人にはそれぞれ信条というものがあるもんね。・・・ところでセラおばさま」

カチェリはセラおばさんに顔を向けると

「ルイスと私、ウィラーフッド先生に課題を出されていて、

それの提出が迫っているんです。そろそろ行かないと」

セラおばさんは驚いた表情を見せると申し訳なさそうに

「あら!ごめんなさい、勉強の邪魔をしてしまったわね。

どうぞ行ってちょうだい。でも、さっきの話、考えておいてね」

そこにリグールが割り込んだ。

「頼むよカティー!まさかこの僕を一人にして大恥をかかせるつもりじゃあないだろう?」

カチェリが静かに言う。

「わかってるわ、リグール。でも私は”成人のしきたり”を済ませていない。今は集中したいの」

「しきたりなんて旧い旧い!ほとんどの生徒にとっては卒業証書をもらうための儀式だよ!

洞窟の入り口で石器のかけらかなんか拾って終わり!遠足みたいなものさ!。

僕なんか誰かに代わりに行ってもらおうかとさえ思ってるくらいだよ!、時間の無駄だからね!」

「あら?。家柄と伝統を重んじる方が、それはどうなのかしら?」

「こいつはやられた!さすがは僕のカティーだ!聡明だね!」リグールは高笑いした。

ルイスはずっと黙っていた。口を開けば怒鳴ってしまいそうだったからだ。

"フェイラー先輩”と呼ばれたことではない。


” か て ぃ ー ” っ て な ん な ん だ よ お い !


「それじゃ行きましょ。ルイス」カチェリに促されて、ルイスはきびすを返した。

図書室へ歩き出した二人に後ろからリグールが大声で話しかける。

「カティーは大切な身体なんだ!ちゃんと護ってやってくれよな!生存術科のフェイラー先輩!」


ルイスは、彼が大嫌いになっていた。


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