第12話

目が、覚めた。ルイスが身を起こすと、そこはやはり例の”深淵の広間”だった。

魔王の姿は見えず、闇国魔竜兄妹もいない。はるか上の天井のツララは一部破壊されているが、まだあって、滴を垂らしている。時折コウモリがかすかな鳴き声と共に飛び交うくらいで、

あたりは静寂に包まれている。温度はかなり肌寒い。


そこで初めてルイスは自分にかけられた布地に気が付いた。毛布に似ているが羊毛ではない。木綿でもない。さらさらとした肌触りで表面はキラキラと光っている。寝てる間に冷えないように誰かがかけてくれたらしいが、いったいなんなのだろう?


「蜜蜘蛛布だよ」ルイスは飛び上がった。いつの間にか背後に魔王が出現していたのだ。どこから来た?消えた時と同じように暗黒の球からか?

「驚かせたか。すまんな。よく眠れたか?」闇国魔王は言った。

「蜜蜘蛛と言ってな、洞窟内に網を張るクモだ。尻から蜜が付いた糸を出す。

我々はそれを集めて蜜を絞る、それが蜜蜘蛛酒やクモ蜜になる。絞りかすの糸を洗い、蜜と糊を落としてから紡いで太糸にする。それを織り上げたのがその布だ。」


「世の理は興味深い。その布にしたって、もともとは蜜蜘蛛が洞窟内で獲物を狩るために編み出したからくりだ。蜜好きのコウモリをおびき寄せて捕え、毒針を打ち込むための道具にすぎん。

それがこうして形を変え、我々を支えている。」


「一応、礼を言っとくよ、おかげで風邪をひかずに済んだらしい」

蜜蜘蛛布を掲げてルイスは言った。


「???  私は命じておらんぞ。どうやら、ダドラが気を利かせたようだな」

おどろいた顔を見せたルイスに闇国魔王は悪戯っぽく笑い、

「いい娘だろう? 物言いはがさつだが、気立てのよさは折り紙付きだ」

「だが、あの娘の美しさは生来のものではない。兄ドラジロによって造り出されたものだ。

・・・そう嫌な顔をするな。ここがまた世の理の面白いところでな。

ドラジロは、あの肥満竜は、闇国魔竜としてはおよそ役に立たん。

戦力的には妹の半分の強さもないだろう。

お前程度なら相手になるかとぶつけてみたがごらんのとおりだ。

・・・・・・だからなんだその顔は?お前もまた随分と自分を高く評価するのだな。光ノ国人は皆そうなのか?それとも若造の特権というやつか?。

まあいい、聞け。」


「とにかくドラジロはダメ竜だが、それでもダドラの美しさを生み出した者である事は動かぬ事実なのだ。あいつの巣穴に行ってみろ。驚くぞ。彫像とでもいうのかな。あいつが夜な夜な光ノ国に出かけてその眼に焼き付けた”美しい女性”の像が所狭しと並んでいる。

全てドラジロが作ったものだ。妹を含め周囲は奇異の目で見ているが、

私は”これは何かありそうだ”と思ってな。以来好き勝手にさせているのだよ。」


「つまりだ、誰かの価値というものは、単に戦いに強いとか、

頭がいいとかという物差しでははかりきれな・・・」

「いいかげんにしろ!」ルイスは怒鳴った。

魔王は 言葉を絶ったが、かといってたじろぐでもなく、ルイスを見つめている。


「いつまでくだらねえヨタ話をつづけるつもりだ?闇国魔王!」

「俺はおまえを倒すためにここまで来たんだ!」

「なぜかだって?知ったことか!いいから戦え!決着をつけてやる!」

ルイスは盾を構え、剣を抜いた。


だが魔王は落ち着き払った様子で、

「おまえもつくづくわからんやつだな。


” な ぜ こ こ へ 来 た の か ? ” 


その答えを聞くまで私はお前を殺すつもりはないと言ってるだろう。」

そこでふと考え込み、ピンと来た!という顔で続ける。

「おお!もっとも”そういう手”もあるか。つまりその問いの答えを言わぬ限り、

ここでのお前の安全は永久に保障される事になる。あの美しい竜の化身の少女と共にここで余生を送る。それはそれで悪くないのではないかな?」


ルイスは飛び出した。もう我慢ならなかった。自分でも驚くくらい俊敏に動けた。

ニヤニヤ笑う魔王との距離を一瞬で詰める。魔王は闇の球の中に身を隠した。逃がすか!

球が空に消える前に!剣を振り上げ、斬り下ろした。すると剣は闇球をすり抜け、地面を穿った。

ルイスは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すかさず第二の剣撃を闇の球に叩き込んだ!。

だがまたしても剣は地面を穿った。ルイスの顔にみるみる困惑が広がってゆく。おかしい。

この闇の球の中にはあいつがいるはずだ。ちゃんと切りつけたはずだ。

”何も手ごたえがない”なんてはずがない。だが、何度斬りつけても

闇の球に吸い込まれた剣先は空を切る。あるはずのものがない。いるはずのものがいない。

小ばかにするように宙に浮き続ける闇の球へ向かい、ルイスはめちゃくちゃに剣を振り回し、

盾を突っ込んだ、だが闇の球は、

まるでそれ自体が煙の球であるかのように、”無”を主張し続けた。


とうとうルイスは剣も盾も投げ捨て、手ぐすねを引くと球の中に自ら頭を突っ込んだ!・・・真っ暗だった。そして次の瞬間ルイスは顔面をしたたかに地面に打ち付けていた。鼻を抑え、顔をしかめる、少し涙目にもなっている。「大丈夫か?」声に振り向くと宙に浮いた闇の球からぴょこんと首だけ出した魔王が心配そうに見ている。「あまり熱くなるな。それと武器は丁寧に扱った方がいいぞ。なまくらではいざという時に困る。ちゃんと手入れをしておけよ。ほれ、砥石だ。」そう言うと魔王はルイスに石片を放り投げ、闇の球はみるみる小さくなり。消えた。後には膝をついた敗北者だけが残された。




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