第11話
最初にあの赤い髪を見かけたのはいつだったか。
たしか落第した2年目の春だった。
多くの新入生が集う講堂で、歓迎の儀が執り行われている最中、新入生の代表として御礼の返辞をするために壇上に上っていったのが彼女だった。
「本日は、私たち新入生の為に、歓迎の儀を開いてくださり、
本当にありがとうございます!。私たちはこれからこの学校で、
闇ノ国の脅威に立ち向かうための知識と技術を学び、
プラネット共和国の平和と繁栄に貢献できる人材になれるよう、
研鑽努力を尽くすことを誓います!」拍手が巻き起こる。
張りのある胸をつんと突き出してその喝采を誇らしげに受け止める彼女を、
壇下の大勢の新入生の中に混じった落第生ルイスは、
他の男子生徒と同じように驚きと羨望のまなざしで見上げていた。
本来ならうやうやしく返辞を終え、しずしずと壇上を降りて終了だったろう。だが、そこで終わらないのがカチェリと言う少女だった。小首をかしげ、にっこり笑った後、右手を高く掲げ、空気中にかすかに残る蒸気の粒をこすり合わせ始めた!
この時まだ、彼女は「雷撃波」を完成させてはいない。だがそれでも
資質は十分すぎるほどあったと言うことは、落雷で黒焦げになった燭台と、
大騒ぎになった会場が物語っていた。もちろん教官の間で大問題になり、
カチェリは呼び出されきつい叱責を受けた。が、本人はいたって平静で
「アレであたしの実力を教官に売り込んだのよ」とけろっと言い放った。
事実、その後内密に複数の魔法術教官から「直弟子にならないか」と接触があったと言う。学業や体育と違い、魔法は生来の才能が大きく物を言う。
「全ての少年少女に機会公平な教育を」が養成学校の建前だったが、土無き土地に作物は実らない。こと魔法に関しては見込みのある生徒にだけ教えたいと言うのが、魔法術教員の本音だったのだ。
そしてカチェリは学校の魔法術科で最高の教官と言われる
トーデル・ジグ・ミシェリ教官の直弟子となったのだった。
その頃ルイスと言えば、2年目の履修となる基礎課程に悪戦苦闘の毎日を送っていた。
内容は算術と語術でどちらも初等教育の範疇であるはずなのだが、幼い頃、道大工の手伝いと衆の子供たちの世話に忙殺されていたルイスはその出発点からして大きく遅れていたのだった。自分より年下の子供たちに混じって読み書き計算を学ぶルイスにいつのまにやら”グズでとんま”のあだ名が付くのは必然と言えた。それでもルイスは「違う場所へ行って、違う自分になる」事を夢見て地道に勉強を続けていた。
転機が訪れたのは3年目だった。
基礎課程を終えた生徒たちは、それぞれの希望と成績に応じて、専門課程に進むことになる。
戦闘術、魔法術、医療術、生存術。
いずれも闇国迷宮へ赴くに当たって必要不可欠な技術だ。一人前の戦官になるには、この中のどれか一つを専攻科目として習熟しなくてはならないのだった。
戦闘術。これは格闘あるいは武器を持って戦う術を学ぶ学科である。
迷宮内において、闇の国人の戦士や、戦獣と会った時の対処法を学ぶ。
男子に人気が高いが、その分授業も厳しい。体育を中心とした訓練づくしは当たり前で、その上に戦術理論や、不安や恐怖を克服するための戦闘心理学も履修する必要がある。志願者も多いが落第者も多い。
ちなみに落第者は生存術学科に転籍することができる。卒業を諦めずとも済むようという学校側の配慮だった。生徒間では”生き残り””生存落ち”などと言われている。
魔法術。その力がどこから来るのか、精神なのか自然界なのか
いまだ不明な部分が多いが、これ無には闇国迷宮で闇の国人と互することはできない。志願者は多いのだが、いかんせん資質による部分が多いので
教官による面接と厳しい選抜試験が行われる。毎年10人前後候補者が出るが、
魔術師として卒業できるのは数人と言われている。(0人の年もある)
医療術。ケガや病などを治す技術である。さまざまな疾病や傷病の知識とその対策。迷宮内での応急処置、場合によっては外科手術の技法まで、迷宮探索隊の健康状態を保つための技術を学ぶ。幅広い勉強が必要となるため高い学力が必要で、基礎課程で最良評価を数多く取得していないと履修許可が下りない。
ここの出身者は卒業後も療術師として貴族豪族に召抱えてもらえるので、
食い扶持を気にする生徒には人気が高い。
生存術。最も一般的な学科で在籍生徒数も多い。
いわゆる迷宮内で生き延びることを目的に、その為の技術を磨く。
戦闘術ほどではないが、体育訓練の割合が高い。なぜなら生存の基本は”逃げる”ことだからだ。脅威から遠ざかるために少しでも早く、より遠くまで走れる体力が最低限必要!とされるため、
鬼教官の指導の下、連日連夜の走り込みが科せられるのだった。
加えて「迷い道からの帰還法」「水、火、食料の確保」
「崖や谷など不安定な地形の進み方」「罠の検知、およびその回避法」など、派手さは無いが、迷宮から生きて帰るためには不可欠な技術を学ぶ学科。
それが生存術学科なのである。この科目を習得しておれば、
例え迷宮で遭難しても生還できる可能性は非常に高くなる。
他の3学科よりも履修自体は容易なせいで、養成学校に入る者たちの大半が
この生存術を習得し卒業していく。
それは国民一人一人に闇国迷宮での生き延び方を教育することで
国全体の耐性を上げようとする意図が貴族院にあったせいかもしれなかった
ルイスには魔法の才能は無かったし、学力面から療術師も論外だった。
戦闘術は魅力だったが、1年目を落第し、2年目の基礎課程でも自分がいかに他の生徒たちと差があるかを痛感させられていたルイスは、結局ほかの一般男子生徒同様、この生存術学科へ進む道を選んだ。
自分に自信が持てないゆえの消極的な選択だった。・・・のだが、結果これが大正解だった!
道大工の修行で培った高所で作業する力、壁や崖を上る力、湧水を見つける力、
全てが生存術の授業で役に立ったのである!。ルイスは見る見る頭角を現し、
生存術の定期審査で首位を取り続けた。学校内に「生存術科に凄い奴がいるらしい」という噂が立つまで時間はかからなかった。
そして4年目、卒業の年。16になったルイスは、生存術学科首席として「最高の一団」に選ばれた。
「最高の一団」とは各学科ごとにその学年のもっとも優れた者で編成される迷宮探検隊である。
戦闘術学科より ローナス・ガフ・ギャブル
医療術学科より ユアン・ロメ・ギャブル
魔法術学科より カチェリ・テウ・ミシェリ
そして
生存術学科より ルイス・セウ・フェイラー
以上4名がその年の「最高の一団」となったのだった。彼らは学校中最高の教師にして
現役の探検者でもあるウィラーフッド教官のもと、一般の生徒よりもより
深い階層への探検を目指すための特別訓練課程を履修することになったのだった。
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