第10話

プラネット国史 1


始祖の時


始めに無の地あり


昼も、夜も、水も、雨も、草も、牛馬も 

全てが無の不毛の大地あり


人は集い 村人となった

だが不毛の地に水も食も無く

村人は嘆き悲しみソーラに祈る


どうか慈悲を

飢えと渇きで何もできません


ソーラは雲を呼び雨を降らせた。

泉が生まれ、川となった


地より草が出で 麦となった

村人は川に棲み 麦を食べた


麦を食べ、村人は栄え 町人となった

数が増え 麦が足りなくなった

町人は悩み苦しみソーラに祈る


どうか慈悲を

牛馬が無くては麦を増やせません


ソーラは牛、馬、羊、鶏、魚、蛙、を与えた

町人は牛馬を働かせ、羊鶏を食べ、魚蛙を獲った


麦を増やし、肉を食べ 町人は栄え 国人になった

群れができた 争いが起きた

国人は恐れおののきソーラに祈る


どうか安らぎを

敵が怖くて夜も眠れません


ソーラは国人を二つに分けた

昼に生きる者と 夜に生きる者


光ノ国人と 闇ノ国人

一つの世界を二つの民で使うのだ


二つの民は、互いに触れ合えぬ

だが交わりを避けてはならぬ 争いを恐れてはならぬ

断絶は 偽りの安らぎを呼び

やがては災いと滅びが訪れるだろう


ソーラは空に去り 輝く玉になった。

昼は日として 夜は月として 

光ノ国人と 闇ノ国人に 恵みをもたらし続ける




「ちょっと!聞いてんの?ルイス!」

カチェリの腹立たしげな声に、ルイスは本から顔を上げた。

「ごめん、聞いてなかった。なに?」


ここは 戦官養成所の図書室。そして事実上プラネット共和国

唯一にして随一の図書館なのである。

過去から現在に至るまで国の全ての知識がここに集約されている。

林立する書架の合間を歩く人たちは、必ずしも学校の関係者のみではない。

研究者や事業家、時には政治家まで、様々な立場の人が、

書物に記された知識と知恵を求めてここへやって来るのだった。

そんな中、ルイスとカチェリは机の上に書物と帳面を広げ、”宿題”に取り組んでいた。


明日は迷宮探索実習の日である。ユアンやローナスをはじめ、

ウィラーフッド先生の受け持ちの生徒たちは、実際に迷宮に赴き、

簡単な調査探索をする予定になっている。

それが”成人のしきたり”を果たすということであり、

戦官養成学校の卒業試験でもあるのだった。

しかしカチェリとルイスは今日の演習でへまをしたために、

実習には参加できず、その上宿題を課せられたのだった。


課題は「プラネット国史1 始祖の時」を読んで感想文を提出すること。

二人は司書に頼んで、書架からずっしり重い書物を取り出してもらい、

机の上に広げていたのだった。もっとも読んでいるのはルイスだけで、

カチェリは机の上に頬杖を付いて

なにやらぶつぶつと独り言のようなことを言っていたのかと思えば、

じつはそれはルイスに話しかけていたと言うことらしく、

気づけ!と声を荒げた。そういう状況である。



「んもう!、まじめに宿題なんかやってんじゃないわよ」

「でも、ウィラーフッド先生はこういうの、提出物には厳しいぜ?出さなかったら俺、

今年の学業成績は絶望的だよ」ルイスは再び書物に目を戻す。

「はっ、国史1なんて基礎課程の子供の教科書じゃない。先生もなんでこんな基本の絵本を

宿題のネタになんかしたのかしら?読まなくたって感想くらい書けるわよ普通。

あんた暗記してないの?」カチェリは目を閉じ人差し指を掲げると、すらすらと話し出した。


「要は、私たちの先祖がいつからここにいてどんな発展を遂げてきたかよ。

あたしの見解はその本とは解釈が違うけど。あんた最近、国辺境の岩山で

旧い獣の骨を集積した場所がいくつも見つかったって話、知ってる?。

なんでも昔の野蛮人のゴミ捨て場だったらしいわ。

当時は狩をして肉ばっか食べてたようだけど、きっとその人たちが

麦の育て方を覚えて、村を作り、町になって、プラネット国ができたのよ」


ルイスはぽかーんと見ている。(すげえ!たいしたもんだ)そして

「い、今の”俺の”って事にして提出してもいい?」思わず聞いてしまった。

「いいわけないでしょ!。これはあたしの!」(ですよね)

「でもそれだけと闇ノ国の説明がないよね?」ルイスはうっかり聞いてしまった。

とたんにカチェリの頬が真っ赤になる。もちろん恥じらいなんかではない。

(まずい!”怒りの印”だ!)

「っさいわねぇ!なにあんた!自分じゃ論述一つできないくせに、

あたしの理論にケチつけようっての?闇ノ国の事が本格的に出てくるのは

国史2巻以降なんだから、ここではそんな気にしなくてもいいのよ!」

「そ、そうかもしれないけど」ルイスは本に目を戻した。

「最後の部分は気になるよ」


二つの民は、互いに触れ合えぬ

だが交わりを避けてはならぬ 争いを恐れてはならぬ

完全なる断絶は 偽りの安らぎを呼び

やがては災いと滅びが訪れるだろう


「変な文言だ。触れ合えないのに、関らなきゃいけないって、でないと滅びるって」

「”争いを恐れるな”っていうんだからガンガン戦っちゃえばいいのよ。

そのための戦官制度なんだし。闇ノ国はプラネット共和国のお邪魔虫なんだから」

そこまで言って、ふと何か思い出したのか、カチェリは

「もっとも、あいつらの出自について

国史とは”違う見解”を持ってる学者もいるのよね。

”異端”扱いされてるみたいだけど。

うちに本出してくれって依頼来たもん。」切り出した。


「違う見解?」ルイス

「つまりね、あたしたち光ノ国がこの地に根付くずっとずっと以前から

闇ノ国はここにあったんじゃないか、彼らの先住権を冒しているのは

じつはあたしたち光の国の方なんじゃないかって言うの。

ほら、連中昼間は動けないじゃない。

だから一見このあたりは無人の地に見えたのよ。

そこへあたしたちの祖先が移り住んだ。

文明が未発達な頃、さっきの獣の骨の時代くらいまでは、

それでも棲み分けられたんだけど、

山を開墾したり、鉱山を掘ったりしてるうちに、

彼らの縄張りとかぶるようになったんじゃないかって言う。」

「へえ、面白いね、それ。本になったの?」ルイスが尋ねると、

カチェリはぷいと横を向いて唇をとんがらせた。見覚えのある顔だ。


「なるわけないじゃない」

彼女は”納得いかない”事に出くわすと必ずこの表情を見せる。

「異端扱いされてるって言ったでしょ

”光ノ国も闇ノ国もソーラ神によって生み出された平等な存在”というのが

正しい国史なのよ?それとは異なる歴史、しかも私たちより闇ノ国に

正義があるかもしんないなんて主張が貴族院に知れたら大ごとよ。

記書屋なんて大して儲からないんだから」


「その学者さん、なんて人?」ルイスが聞いても、

「知らない」つっけんどんに答えただけだった。


「でも、その考えだと、戦官は侵略者で、迷宮探検は

”彼らの縄張りに忍び込む泥棒”みたいなことになるよね」

ルイスは考え込むように言った。

「知らないって言ったでしょ!迷宮探検で思い出したけど!

なんでこのあたしが探検実習に出遅れなきゃいけないわけ?

あ~もう!ルイスのグズ!とんま!」

(しまった!余計なところをつついてしまった)

「今時、国史1のおさらいなんてやってらんないわよ。

環境のせいかなんだか知らないけど、

あんた読書してなさすぎじゃない?

人として最低限の教養くらいは

身につけておいてもらいたいもんだわ!」


「悪かったな。えら~い記書屋さまのカチェリの家と違って、

おれら道大工めは、ありがたーい書物に触れられる機会が少ないんでね」

カチェリの言葉に少しカチンと来たので、ルイスは本から顔を上げずに言い返した。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「?」長い沈黙を不審に思ったルイスが顔を上げると、

カチェリが無表情でこちらを見ている。やがて少しうつむいて

「悪かったわよ。さっきは道大工を馬鹿にして。あんたもしつこいわね」

小さな声で言った。

ルイスはあわてた。「ち、違うよ!そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

「じゃどんなつもりで言ったのよ?」

「そ、それは・・・」言葉に詰まる。

たしかに皮肉のつもりが無かったわけじゃなかった。


「気分悪い。出る」カチェリは自分の道具を机からさらうと乱暴に席を立った。

足音も高く図書室を出て行く。


(なんだよ、そっちから絡んできたくせに。意味わかんないよ)

後に残されたルイスは再び本に目を戻した。とにかく今は宿題の提出が第一だ。

他のことにかまってる暇なんか無いのだ。


文を読む。

字を目で追う。

でもわからない。

頭に入ってこない。

そわそわしてしまう。

落ち着かない。

なんだこの気持ち?


やがてルイスも道具を片付け、本を書架に戻し、足早に図書室を出て行った。

燃えるような赤い髪の毛を追って。



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