第9話

「いや~きもちいい~生き返りますですねえ~」闇国魔竜(兄)は氷の塊に抱きついてごろごろと転がった。あまつさえその氷をぺろぺろとなめている。なんか竜と言うより蜂蜜にありついた熊のようである。

「礼ぐらい言ったらどうなんだよゲスデブ」また人間の少女の姿に化けている闇国魔竜(妹)ダドラが呆れた顔で言った。


「ふん、もとはといえば、おまえがボクの”神魔竜爆炎砲撃器官改”に修復不能な傷を負わせたのが悪いんだ!この程度で帳消しとか思ってもらっては困るなっ」言い返そうとしたルイスに先んじてダドラが

「それが戦いってモンだろゲスデブ、つかてめー炎袋に穴空いてんのに気づかねーの間抜けすぎだろゲスデブ」ルイスが言いたかったことを全部言ってくれた。なかなかつっこみの鋭い子である。


氷を抱きしめた闇国魔竜(兄)はむくれっ面のままというか、もとから膨れ上がった顔でルイスをにらんでいたが、やがて「よろしい!確かにこのボクに匹敵する力を秘めているようだ。今はまだ荒削りだが、大物になる可能性をひしひしと感じるっ!おまえの今後の成長を楽しみに、今日のところは見逃してやるとしよう。感謝しろ!」

「は、はあ、どうも。・・・ええと・・・お、”お兄ちゃん♪”?」ルイスが言うやいなや

「お前に”お兄ちゃん♪”とか呼ばれたくないわ!ボケぇ!」闇国魔竜(兄)は激高した。

「え?えっ?だって、そう呼べってさっきから何度も・・・」

「いいかよく聞けよこのアホ!。ボクのことを”お兄ちゃん♪”と呼んでいいのはなあ・・・」


「 美 少 女 だ け な ん だ あ あ あ あ あ あ あ !」


闇国魔竜(兄)は両の拳を握り締め、天に向かって吼えた。

闇国魔竜(妹)ダドラがぼそりと「しね」と言ったのが聞こえる。


 もとはこういう事らしい。さっき魔王の話に出てきたように、闇ノ国人は光ノ国の事を探るために調査員を派遣することになった。しかし、普通の闇ノ国人は昼間に太陽の光を浴びてしまうと身体が紙の様に燃え上がって死んでしまうためその行動に限りがある。


そこで、闇黒魔竜に白羽の矢が立った。彼らも闇ノ国人である為、日の光には勝てない。

ただ彼らの場合”抜け道”があって、”変化の魔法”で姿を変えている間は、昼間でもなんとか

活動することができるのだった。最初は闇国魔竜(兄)が派遣される予定だった。

彼は光ノ国の事に興味が、それも光の国人の、それもそれも女性に、それもそれもそれも非常に若い女性にことのほか興味があるらしく、

”異文化視察”と称して夜な夜な闇国迷宮を抜け出しては夜の光の国をうろついて

寝室やら浴場やらを覗いて回っていたことは周知の事実だったので、

この任務にはうってつけだったし、彼も快諾するだろうと思われた。


だが、その任務が危険を伴うものであることを知るやいなや、当初は大いに乗り気だった彼は、


「ボクの居場所はそこじゃない」

「成すべき大いなる使命がある」

「戦ったら負けだと思っている」


とかなんとか言って穴に引きこもってしまった。

しかたなく闇国魔竜(妹)ダドラが光ノ国人の姿に化けて光ノ国へ潜入することになったのだが、彼女は光ノ国人がどんな姿か知らなかったため、あろうことかこの闇国魔竜(兄)に助言を求めた。求めてしまった。 そ れ が 全 て の 間 違 い の 元 だ っ た 。


「もっと胸を!もっと!」「腹と腰はキュッとくびれてる方が本物っぽい!」兄の”助言"をくそまじめに聞いて、何度も何度も何度も練習した末にとうとう光ノ国人の若い女性の姿に変化する術を会得したダドラは、情勢調査すべく光の国へ潜入した。・・・ところが、


酒場では酔っ払いに次々と絡まれ、往来では目の色を変えた男たちにつけまわされる。変化した彼女の容姿は10人中10人の男のまなざしをもれなく引き寄せてしまうらしく、しまいには半ば強引に納屋に連れ込もうとする輩まで出てきた。「ま、そんなやろーは軽くあしらってやったけどね」


「火炎少女!」ルイスは叫んだ。「あれ、君だったのか!」

「火炎少女?なんのことさ?」ダドラ

「町の噂だよ、とんでもない美少女だけどしつこく言い寄ると、火を吐いて男を丸焼きの黒焦げにしてしまう、実際に被害者が続出したから自警団が見回る羽目になったんだ」

「”とんでもない美少女”?そりゃ光栄だね」(ボクの審美眼のおかげだぞぉ!)と吠える声がする。「だけど”丸焼きの黒焦げ”は尾ひれつきすぎだよ。鼻息でちょいと尻を焦がしてやっただけさ」


「まーそういうわけで”光ノ国潜入作戦”は失敗、まるっきり調査にならなかったのさ」

岩にちょこんと腰掛けたダドラはげんなりした様子で話した。


「このゲスデブ、てめーの趣味がそれだからって、あたしに色ボケどもを引き寄せる女に変化する術を教えて、あたしは糞まじめにそれを習得しちまったのさ。

なーにが”これぞ理想の女性の姿!”だよ!変化の術は一度姿を固定するともう変えられないんだ。おかげでどこへ行っても目立つったらありゃしない」


「何を言う!愛する妹に永遠に変わらぬ可愛らしさを! 不滅の萌えを授けようとした

この兄心がわからんかあ!」「美少女こそ至高!ババアは死後!」

暗黒魔竜(兄)は拳を振り上げて力説する。


ルイスは恐ろしい勢いで脱力感が広がるのを感じつつぼんやり考えていた。

(食堂のおばさんがこれ聞いたらコイツ千切りにされるぞ。ウィラーフッド先生にも)


「あの、それで結局、俺はお前のことなんて呼べば・・・」

「ふん!格下に名乗る名など持っておらぬわ!」(何で言う事がいちいち芝居がかっているんだろう?)ルイスは思った。

「だが知りたいか?知りたくて知りたくてたまらないようだな?ならばしょうがない特別に教えてやろう。お前には借りもできたことだしな。ボクは本来敵に借りは決して作らない主義なのだができてしまった以上借りはかならず返すのがボクの美学にして哲学だからいまこそあえて言おう!」「早く言え!すっと言えゲスデブ!」またしてもダドラがルイスの気持ちを代弁してくれた。察しのいい子だ。


「ふるえるがいい!われこそは闇国魔王軍竜撃隊筆頭にして参謀!」

(2人しかいねーだろ!てめ引きこもってばっかじゃねーか!とダドラ)


「人呼んで”知略の黒刃”!」

(バカじゃねーの!とダドラ)


「 ド ラ ジ ロ  さ ま だ あ あ あ あ あ あ あ」

どうだと言わんばかりの満面の笑顔でこちらをちらっと見る。

ルイスはがっくり膝をついた。この魔王の広間に突入してからの疲労が一気に押し寄せる。

もうだめだ。限界だ。


「しししっ。やっぱアレだろ?とどめ刺しときゃよかったと思うだろ?」

含み笑いをしながらダドラ。

「お、俺は・・・こんなヤツでも君にとっては大切な家族だろうと思ったから」ルイス。

向こうで「こんなヤツとはなんだあ!」とか吼える声がする。


「・・・優しいんだね。それとも、ただのお人よしかな?」

ダドラがルイスの顔を覗き込むように見上げている。その大きな赤い瞳からは、

さっきまで見えていたよそよそしさがちょっとだけ弱まっているように見えた。


「まー”グズでとんま”だからってのが正解だろうけどさ」

くすくす笑いながらダドラが言う。

「!!!!」ルイスは目をぱちくりさせた。

「? どしたん?」ダドラ

「い、いや、久しぶりに聞いたよ、その言葉」ルイス

「言葉遣いは荒っぽいけど、君、カチェリに似てる」

「カチェリ?誰それ?」ダドラは眉をひそめた。

「・・・・・・」ルイスは答えない。


カチェリ。


昨日のことなのに、ずいぶん昔に思える。


カチェリ。


そのままルイスはばったり倒れ、疲労感に押し流されるまま、爆睡の淵に落ちていった。






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