第7話

気まずい。少女と二人きりになったルイスは思った。物凄く気まずい。

それもそのはずである。つい先刻、闇国魔竜と戦い、死闘の末倒した。

彼の後ろには今もその竜の骸が転がっている。

で、目の前の彼女は、その妹だという。つまりルイスは、

彼女にとってはの”兄の仇”ということに・・・

なってしまっているのだ。気まずくないはずが無い。


 彼女はその赤い瞳でじっとルイスを見つめている。褐色の肌に灰白色の髪の毛、

胸と股の辺りが青黒い鋼の鱗で覆われている。背中から一対の小さな黒い翼が生えているが、

後は人間の少女と変わらない。短めの髪がぼさぼさで、引き締まった手足のせいか

少年のような印象すらうける。変化の魔法の結果とはいえ、

その姿から変身前の凶悪な闇国魔竜の姿を思い浮かべるのは難しかった。


 何か言うべきだろうか。ルイスは思った。しかし彼女の兄をついさっき殺してしまった。

それはやむにやまれぬ事情だったし、やらなければこちらがやられていたのだし、

それが戦いというものだ。いや、でも・・・躊躇しつつも話しかけようとしたその時、

彼女の方が先に口を開いた。


「なに見てんだよ おまえ」


 「えっ?」思わず声が出てしまう。さっきの魔王に対する言葉遣いと全然違うんですけど。

だがそりゃそうである。ルイスは今、どうやら捕虜として囚われてしまったらしく、

しかも彼女にとってはできたてほやほやの兄の敵である。魔王は「丁重にもてなせ」と言っていたが、彼女(?)にルイスを丁寧に扱う理由などどこにも無い。

いや、そもそもその”もてなし”が拷問的なものだとしたら・・・。


でもそれならむしろわかりやすい。ここは敵地で、目の前に居るのは倒すべき敵である。

たとえ可愛らしい女の子の姿をしていたとしても、闇国魔竜なのだ。こいつも。


「二匹目がいたのかって驚いていたのさ」剣の柄に手をかけ、ルイスは言った。

「君と君の兄貴にはすまないことをしたよ。殺さずに済むならそうしたかった。

でも俺も決意と共にここへ来たんだ。引くわけには行かない!」

盾を握る左手に力がこもる。よし、だいぶ回復できた。

さっきの奴は倒せたんだ。ならコイツだって。

「元の姿に戻ってくれよ、例え闇国魔竜でも人の姿、それも女の子と戦うのは気が引けるんだ」


ところが、少女はいぶかしげな顔で「殺したって?・・・あのゲスデブをか?」意外なことを言った。

「えっ?」また思わず声が出てしまう。

「いや・・・だって、その」なんか話が噛み合っていない気がする。

「ちゃんととどめを刺したか?心臓は抉り出したんだろうな?」

「えっ?」3度目だ。「い、いや、そこまでは」間違いなく噛み合ってない。

なんだこの娘?

「じゃダメだな、ボケが。つかえねーやろーだ」

「えっ?」もうなにがなんだかのルイスの肩越しに、彼女は竜の骸に目をむけ、

大声で怒鳴りつけた。

「おい起きろゲスデブ!死んだ振りとかしてんじゃねえ!ばれてんだよ!」


すると、骸から「ぷひいいいいい」と豚のような鳴き声がしたかを思うと、

倒したはずの闇国魔竜がむっくり起き上がった!。


「あー息止めんのしんどかったー」小山のような暗黒魔竜がのそのそと近づいてくる。

全身擦り傷だらけで、背中の翼は片方がちぎれ、胸元の炎袋はルイスに切り裂かれて

ぱっくり傷口が開いているが、大して血も出ていない。明らかに元気そうだ。


 闇国魔竜(妹)に向き合うと、ツメこそ鋭いが指はなんだか丸まっちい手を突きつけ、竜は言った。

「だーめぢゃないか、ダドラ。やられたと見せかけて油断したところを見事に反撃する”奇跡の大逆転作戦”が台無しぢゃないか」ダドラと呼ばれた少女は軽蔑もあらわに言い返す。


「ウソ付けゲスデブ、てめえ死んだ振りでやり過ごしてバックレるつもりだったろ。

みえみえなんだよゲスデブ」


「こら!ダドラ!いつも言ってるぢゃないか。この尊敬すべき兄に対してその呼び方は

いかがなものかと思いますぞぉっ!ちゃんと”お兄ちゃん♪”とよびなさいっ」

まるまっちい指を振りながら闇国魔竜(兄)は妹のダドラに説教をしている。

ルイスは”お兄ちゃん♪"のくだりでなぜか鳥肌が立った。なんていうか・・・

「きめぇんだよ!」まったくだ。

「てめーなんざゲスデブで十分だ!」そのとおりだ。 


 でもその一方で、ルイスは少しほっとした気持ちも感じていた。

自分が殺めてしまった者の肉親が目の前に現れて、腹の底が凍りついたような気分だったからだ。ここに来るまでに殺してきた敵にも同じように家族がいたのだろうかと言うことを、その瞬間まで考えもしなかったからだ。出立前に母に言われた「道大工の倅がなに言ってんだい!人には分相応ってモンがあるのさ!」が脳裏をよぎる。(結局、俺は戦闘師には向いてないのかな、ローナスのようには)ぼんやり思っていると。


 「やい!おまえ!」闇国魔竜(兄)がルイスを睨みつけていた。実に大きい。小山のようである。しかし、更によ~く見てみると、確かに太い手足だが筋肉質な感じではない。腹はでっぷりとたるんでいる。首周りにも贅肉がたまっている。同じ闇国魔竜でも妹に比べてずいぶん違う。

なんていうか”ゆるい”感じだ。でぶちん竜だ。


「ボクがせっかく逃げる機会を与えてやったのに、フイにするとは愚かなヤツめ。だが容赦はしないぞぉっ!コオオオオオオオッ!」(まずい!腹から炎を呼び出している!)とっさにルイスは盾を構えたが、(この距離じゃ・・・盾越しでも、まずい!)


「食らえ!神魔竜爆撃炎~つ!」


次の瞬間「うわっちちちちちち!」火だるまになったのは闇国魔竜(兄)の方だった。

(えっ?な、なに?)盾を構えたままきょとんとするルイス。

後ろで闇国魔竜(妹)のダドラが「ばぁ~か」と小さく呟くのが聞こえる。


 闇国魔竜が炎を吐く時は、まず腹から火を呼び出し、それを胸元の炎袋で練成する。そうすることでより遠くまで飛び力のある火炎を放射できるのだ。

しかし闇国魔竜(兄)の炎袋は先ほどの戦いでルイスの剣に切り裂かれ、

大穴があいている。どうやら彼はそれを忘れていたらしい。

穴から漏れ吹き出した炎が、彼自身の身体を焼き焦がしていたのだった。


 「あちちち!か、身体が火事だぁあ!水!、水ぅうう!」ごろごろと転げまわっている。思わずルイスは洞窟の広間を見回した。奥に溜池と言っていいほどの深い水溜りがあった!。水辺に駆け寄ると、左腕から盾を外して裏返し、窪んだ側に目一杯水をくみ上げる。

炎を吹き出しながらのた打ち回っている闇国魔竜(兄)の側に駆け寄り、

真っ赤に焼けた鉄の鱗へ水をぶちまけた。ジュウジュウという音と共におびただしい蒸気が湧き上がる。


が、(足りない、全然足りない)無我夢中でルイスは水辺と竜の間を何度も往復し、水をかけ続ける。

その様子を、ダドラは怪訝な顔つきで見守っていた。やがて、火は消えた。 


 「ううう、熱いよう」闇国魔竜(兄)はうずくまって呻いている。

体表面の鉄の鱗は水をかけたせいかもう赤くはなっていないが、かなりの熱気を発している、

とても触れそうも無い。”療術師”ユアンの言葉が思い浮かぶ。


「火傷は、ケガの中でも最も深刻なものです。とにかく冷やしてください。水かできれば氷で。肉が焼けてしまうと元には戻りません。そうなる前に一刻も早く」


氷?そんなもの・・・!。さっきの魔王は言っていた。「飲むなら天井のツララから染み出る雫にしておけ」上を見上げる。あった!

ルイスの背丈の10倍はある高さの天井から大きな氷の塊がぶら下がっている。

そこまでの壁は・・・傾斜は垂直に近いが、ところどころ、出っ張りやくぼみがある、一部横穴らしきものも見える。何とかよじ登ってツララのかけらくらいを下に落とすことができれば・・・よし!


 「なにやってんだ?おまえ」後ろから声がした。 闇国魔竜(妹)ダドラだった。壁を登ろうとしたルイスを見つめている。ひどく不可解なものを見るまなざしで。


「天井のあの氷を取りたいんだ。それで冷やせば君の兄貴はもっと良くなる」ルイス

「心配要らないよ。あたしたち闇国魔竜はいつも腹ン中で火を焚いてる。」

彼女は自分のおなかを指差した。細い腰のおへその向こう側が、かすかに赤く光っているのが透けて見える。


「光の国人がどんだけ火に弱いか知らないけど、そのゲスデブはそれくらいじゃくたばらないさ」

デブちん竜がうめくように「うううダドラ~ゲスデブぢゃなくて”お兄ちゃん♪”と呼びなさいいいい」とか言っているようだが、もちろんダドラもルイスも無視している。

「しばらくはきついだろうが、ちゃんと治るよ」「いや、だけど・・・」ルイスが何か言おうとすると、「ていうかさあ!」今度は強い調子でかぶせてきた。


「おまえそいつと戦ったんだろ?勝って殺したつもりでいたんだろ?あたしとも戦って勝って殺すつもりでいたんだろ?そーゆーケツイでここへ来たとかなんとか言ってたじゃん!なのに今は助けようとしてる。散々痛めつけといて介抱するとかなんなの?新手の拷問かよ?」ゆらめく赤い瞳がルイスをまっすぐ見据えている。少し怒っているように。


 ルイスは唇をかんだ。返す言葉が無い。彼女の言うとおりだからだ。俺は一体今何をしているんだ?だから心の中で言い返した。(ていうかさあ、君こそなんなんだ?)われながら情けない。(戦いに勝っていい気分でいたのに、君が出てきて台無しにされた。今もそうだ。俺の決意のごまかしを暴かれている気がする。ここにいると”心のいごこちが悪くなる”ばかりだよ!)


 ルイスは何も言わずに振り向くと、壁に向かっていった。


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