第6話

「・・・なるほどなあ。厭戦気分の払拭と徴兵制度の正当化のために、”闇国迷宮への冒険と魔王退治”という物語を造り上げ、専用の練兵機関を立ち上げたわけか。拒む若者は”成人と認めず臆病者の烙印を押す”。いや、なかなかに良くできた”仕組み”だわい」ルイスの話を聞いた魔王はしきりにうなずいている。


 ルイスは急に不安になってきた。もしかして自分は、うかつにも敵であるこの魔王に光の国人側にとって不利になるような事をしゃべってしまったのではないだろうか・・・

「おい小僧、何だその顔は?」気が付くと魔王が半ば呆れ顔でルイスを覗き込んでいる。

「まさかとは思うが、機密情報を洩らしてしまったとでも思っているのか?将校どころか一兵卒ですらないガキのおまえが?重大な秘密を託されているとでも?・・・面白すぎるぞ。道化の才能ありだ」

「それならなぜ俺からあれこれ聞き出そうとする?」恥ずかしさで真っ赤になったルイスが言う。

「私が知りたいからだ。好奇心だよ。もちろん光の国に間諜は送っている。が、国家機密はともかく庶民の文化や風俗というものはこれでなかなか窺い知ることができんのだよ、フェイラー」

「俺はルイスだ!」「おっと失礼。ところで英雄フェルプス・セウ・フェイラー公についてだがな」魔王は意外な名前を口にした。「私は・・・お前の父上と同じ意見だぞ」「!!なぜおまえがそんな事を」驚いたルイスが聞き返すも、魔王は謎めいた笑みを浮かべて答えない・・・が、急に天井を見上げた。


そこにはいつのまにかコウモリがびっしりと止まり、かすかなキイキイ声をあげている。


「・・・なに?・・・そうか。わかった。・・・ああ・・・私が行くまで動くなといっておけ」

天井の・・・コウモリに向かって話しかけている?いぶかしんだルイスに向き合うと、

「すまんが中座する。しばらくくつろいでいてくれ」

「逃げる気か!」詰め寄るルイスに、魔王はかすかなため息を漏らした。

「仕事だ。これでも王なのでな。務めねばならん職務がある。

逃げたいかと言われれば、まあそうだな。おまえと話しておる方が楽しいわ」

「この広間は自由に使え。ただしそこの溜池の水は飲むなよ。病をもらうぞ。

飲むなら天井のツララから染み出る水にしておけ。あれは山からの雫で安全だ。

小便と糞はそこの岩陰で纏めて置いてもらおう。後片付けが面倒だからな。

後は・・・」矢継ぎ早に指示を出してのち魔王は首を傾げて少し考えると、

大声で叫んだ「ダドラ!」


「はい」声と共に天井付近の横穴から巨大な影が飛び出した。埃が巻き上がり、

思わず腕で顔を覆ったルイスの前に、翼を持った青黒い塊が降り立つ。

背丈はルイスの3倍はある。全身をびっしりと覆う鋼の鱗、背中には一対の大翼と、

鱗が変化したと思しき棘が長い尾の先まで並び生えている。

細長い首の先には刀剣のように鋭い牙が並ぶ顎とツノが何本も生えた頭、

赤く光る眼は灼熱の焼鉄のようだ。


ルイスは腹の奥から出かかった絶望の悲鳴をかろうじて押さえ込んだ。

(なんてこった、もう一匹いたのか)いくぶん小ぶりではあったが、

彼の目の前に降り立ったそれは、先刻ルイスが死闘の末になんとか倒した

闇黒魔竜と全く同じ形と目をしていたからだった。

 

「客人の世話を任せる。その姿は大きすぎるな。変化しろ」魔王が命ずると

竜の周りに闇の煙がたなびき、みるみるその青黒い体を包み込んで行った。

途中何度か小さな稲妻のような光が黒煙を照らし出したかと思うと、

次の瞬間、煙は全て竜の体に吸い込まれて行った。そしてそこに現れたのは・・・

竜?・・・違う。もうそれは竜の形をしていなかった。


艶やかな褐色の肌に灰白色の髪、背中には一対の小さな黒翼、膨らんだ胸と

へそから下の一部分が青鉄色の鱗で覆われている。

カチェリと同い年くらいに見える少女がそこに佇んでいた。

「紹介しよう。ルイスくんだ。」ニタニタ笑いながら魔王は続けた。


「さっきそなたの兄を倒した勇者だ」


「知ってます。観ていましたから」ダドラと呼ばれた少女はルイスをまっすぐに見ながら答えた。

赤く光る目は炎模様にゆらめいている。

「丁重にもてなしてやれ」言うが早いか、魔王は現れた時とは逆に膝を丸めて闇の球の中に入り、球自体もどんどん小さくなって、やがて消えた。


後には2人が残された。闇国魔竜(兄)を殺された闇国魔竜(妹)と、殺した勇者が、

2人きりで残された。

 


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