第2話


2


「幻界突破!ルイス!斬り込んで!」

甲高い声がヒカリゴケに青白く照らされた洞窟の中に響き渡る。

声の主は赤毛の少女。かざされたその手の先から青白く光る稲妻がほとばしり、彼女の面前の空間を水面のように波打たせた。

すると、今まで何も見えずただの壁だと思われた景色に”影”が浮き上がっってきた。

影は周囲の景色に溶け込んでいるように見え、まるで朧げなもやに包まれた陽炎である。

今、少女の指先から放たれる稲妻が、もやを容赦なく削り取ってゆく。だんだん影に形がついてくる。人だ。明らかにそれは人の形をしていた。


少女が叫ぶ「ルイス!何してんのよっ?敵はもう・・・」


次の瞬間、人影は猛然と少女へ向かって突っ込んできた。

腕を振り上げる。その先端が白くきらめく。刀剣だ。少女が小さく息を飲む。

剣が少女の顔を割ろうとしたその刹那、少女の背後からもう一つの影が躍り出た。

突撃してきた方の影に体当たりを食らわせる。一瞬ひるんだ影だが、

すぐさま態勢を立て直すと新たな影に向かって切りつける。

斧を木に打ち込むような鈍い轟音と共に、影を包んでいた陽炎は完全に消えうせた。

あらわれたのは剣を交えて激しくつばぜり合いをする二人の少年。


一人はこげ茶色の髪と瞳、もう一人は黄金色の髪と青い瞳。


「グズ!とんま!どこ見てたのよ!。最初の予兆を見落とさなければ先手を取れたのに!」悪態をつくのは指から稲妻を放った少女、歳の頃は十五、六、燃えるような赤い髪だ。

「うるさい!邪魔だカチェリ!下がってろ!」こげ茶色の髪の少年が剣を構えたまま叫ぶ。

「言われなくたって!あんたなんかと組まされたのが私の不運よ!"失敗者"フェイラーとはよく言ったもんだわ!」いそいそと少女は岩陰に隠れる。


二人の剣士の打ち合いは続く。だが、二撃三撃と続くうちに優劣は傍目にも明らかになっていった。

ルイスと呼ばれたこげ茶色の髪の少年、力はあるようだが、振りが大きく、狙いも大雑把。大声の気合と共に繰り出される攻撃は、威勢はいいものの相手に届く気配が微塵も感じられない。


一方金髪の少年は力強さこそないが動きに無駄がなく、軽やかで、まるで踊っているかのようだ。ルイスの剣撃を軽々とかわしつつ、伸び切った急所に的確に一撃を与え続ける。ルイスの息はみるみる上がり、振り下ろした剣の重さと勢いに自らの体が振り回される様になってしまった。そしてとうとう、相手の刃がルイスの首根っこを捉えた!


「そこまで!演習終了!」天井から声が響く。同時に天窓が開き、明るい日の光が差し込む。


洞窟かと思われたそこは、洞窟を模した広い地下室だった。


部屋の中には二組の男女。全員同じ防板入りと思われる灰色の長袖長袴を着ている。少年たちの持つ剣は暗がりの中では本物に見えたが、実は柔らかい葦の茎を束ねた草刀だった。これなら真剣に斬り合ったところで、大怪我や死に至る心配はなさそうである。だが、それでも叩かれたら相当痛いであろう事は、あざだらけであちこち腫れ上がったルイスの顔が物語っていた。


膝をつき肩で荒く息をするルイスを、草剣を携えたもう一人の少年がほとんど息も切らさずに見下ろしている。しなやかな体つき、輝くような黄金色の髪に白い肌。端正な顔立ちにひときわ映える青い瞳はどこか猫に似ていて、そのせいだろうか、ルイスを見るまなざしも”しとめた獲物を眺める豹”を思わせるものだった。


「惜しかったね」少年がルイスに話しかける。「君が勝ってもおかしくなかった」

「ローナス!おまえ・・・」むっとした表情で立ち上がり、何か言い返そうとしたルイスだったが、怒気を含んだ甲高い声にさえぎられた。


「どこがよ!一方的にローナスにやられっぱだったじゃない!あ~もう!ルイスのグズ!とんま!」手から稲妻を放った赤毛の少女だった。大きな瞳に紅潮した頬、両腕を腰に添えて、張りのある胸を突き出し、歯をぎりぎりかみ締めてルイスに詰め寄る。本来なら微笑を返すだけで多くの男子の羨望を独占するであろうその顔はいま悔しさと怒りでいっぱいだ。その赤毛から炎が吹き出たとしても誰も不思議に思わないだろう。


「言っとくけどな、カチェリ。おまえが前に出すぎなんだよ。かばうために余計な手数が増えたんだ」限界までむかつきを押さえ込みながらルイスは赤毛の少女に言った。


「えなに?なに?あたしのせい?あんたがどじったのこのあたしが悪いわけ?うわしんじらんな~い。いいよねぇそういう生き方。なんでも人のせいにして。すっごい楽そう!。真似したいわーできないけどうん無理絶対無理」キツツキが木に穴をうがつがごとき速さと正確さでカチェリと呼ばれた少女は悪態を吐き出しつづける。それもそのはず、彼女は魔術師だ。魔法呪文を一字一句正確に一刻も早く詠唱できる能力が必要とされる。ただでさえ優秀な彼女だが、とりわけ悪口罵詈雑言を放つ時、その才能は最大出力で発揮される。不用意に告白してきたり今のように自分の足を引っ張るとろくさい男どもの心を、呪詛の落雹でもれなく粉砕してきた。ルイスはいままさにその矢面に立たされているわけである。


「戦闘師の僕が苦戦したのは本当さ、カチェリ。ルイスにもいいところはあるし、彼なりにがんばってもいるんだ。欠点ばかり責めるのはよくない。評価してあげることも必要だよ」"金髪の少年"ローナスがとりなそうとするが、


「おいローナス!”にも”とか”なりに”とか”してあげる”とかなんだ!」ルイス。

「絡まないでくれよ、僕はただ、君の名誉を思って」ローナスはすまなそうに微笑んだ。

「その言い方やめろほんとにやめろ!」こげ茶色の髪の少年、ルイス・セウ・フェイラーは吼えた。


「あ、あの・・・すみません、みなさん」おずおずとした口調に他の3人がようやく気づいた。4人目の少女に。

歳はカチェリと同じくらいだが、見た目も印象も正反対だ。長く真っ黒な髪に白い肌。伏せ目がちで声もか細い。終始おどおどしている雰囲気で存在感は果てしなく薄い。幽霊のような少女。それが”療術士”ユアンだった。


「あ・・・あの・・・先生が・・・さっきから・・・ずうっと、に・・・睨んでるんですけど・・・」上を指差す。天井から下ろされた縄梯子。その先に憮然とした面持ちで立つ人影。腕組みからこぼれそうな胸を見ればそれが誰かは間違えようも無い。ウィラーフッド先生だ。めがねのきらめきから察するにかなり機嫌が悪そうだ。ていうか相当怒っている。


4人はあわてて縄梯子を上り、”演習用地下室”から出ていった。


ここはプラネット共和国立戦官養成学校


”闇国迷宮”へ赴く探検志願者の為の学校である。

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