L・O・D

椎慕 渦

第1話

剣が、振り下ろされた。

鉄板をねじ切るような音と共に、断末魔の咆哮があたりに響き渡る。

袈裟切りに裂かれた胸部の炎袋から、体液とも見える光炎が吹き出ていく。

鋼の鱗皮を持つ大竜は倒れた。 それを前に、息を切らしひざをつく人影。


男だった。まだ若い少年。逞しい体つき、長革靴に皮の篭手、剣と盾を携え、

首まで覆われた鎖帷子をまとっている。


こげ茶色の髪と同じ色の瞳。その奥には固い決意が見て取れる。

だが今、その決意をもかき消す勢いで疲労の色が彼の顔面に広がってゆく。

ぜいぜいと息を切らし、震える手でにその柄を握りしめた剣を、

杖のように地面に突き立て、よろよろと少年は立ち上がった。その時、


「見事だ」


闇の奥から声がした。押し殺したような、それでいて

洞窟内に隅々まで響き渡る威圧的な声が。


とっさに少年は飛び退った。声がした闇の奥をにらみつける。

疲労は隠せないが、目には鋭さが戻る。怯えの色も無い。

盾の裏側から何かを取り出すと、闇の中めがけて投げつけた。


まばゆい光が暗く広い洞窟内を照らし出す。きな臭い匂いが漂ってくる。

閃光松明。球状の松明に特別な燃薬を染み込ませたもので、

一時の間、炎よりも明るく燃え続ける。

これで見えなかった闇の中にいるものがわかる。わかるはずだ。

だが・・・怪訝な表情を見せた彼の顔は、次の瞬間、驚愕で塗りつぶされた。


閃光松明は燃え続けている。洞窟の広間と壁を昼間の明るさで照らしながら。

しかし真ん中だけが闇のままだ。

正確な形の真円がその先の景色を完全に覆い隠している。

いやむしろ「球の形をした闇」がそこに浮かんでいるというべきか。

そして更に驚くべきことが起きた。


いきなり闇の球が”ほどけた”。小刀で剥かれた林檎のように、闇の皮が周囲に浮遊し、

中があらわになってゆく。

いる、なにか、いる。曲げられた腕に抱え込まれた足。

胎児のような姿勢で”それ”は闇の球の中に存在していたらしい。

手足を伸ばして地面に立つ。同時にほどけて浮遊していた闇の皮が、

流れの渦に吸い込まれる木の葉のように、”それ”へ引き寄せられ、

体の表面をするすると覆ってゆく。やがて黒衣が形成されると、

悠然と立った”それ”は、目の前の少年を値踏みする様に見下ろした。

見上げる少年は肩で息をしつつも不敵な笑みを浮かべ、初めて口を開いた。


「おまえが 闇国魔王か」


「そうだ」”それ”は応えた。


背丈は少年より頭二つ分は大きい。すらりと伸びた手足がなだらかな腰へと続き、

分厚い胸へ連なっている。どの部分も引き絞られた革具のような筋肉で覆れ、

優雅なたたずまいでありつつも一分の隙も見出すことができない。


少年も決して華奢な体つきではないのだが、”それ”の前では

産まれたての子鹿にしかみえなかった。

肌は絵の具で塗りたくったような紫色。髪は鮮やかな黄緑色。

何より目立つのはその眼だ。爛々と光っている。例えではない。本当に光っている。

蛍の光のように輝く黄金色の瞳が、少年をまっすぐに見据えている。

なんとも不気味だが、それでいて怪しく幻惑的な眼差しだった。


「たいしたものだ。たった一人で迷宮の仕掛けをことごとく解き明かし、

我がしもべたちの襲撃をすべて退け、この深淵の広間にたどり着くとはな。

力だけではない、知恵と勇気を兼ね備えている。まさに”勇者”と呼ぶにふさわしい」


闇国魔王は目を細めた。開いた口から鋭い牙が覗く。少年はふと思った。

見た目は確かに筋骨隆々だが、どこか物腰が年寄りのように感じられる。

これが人間なら相応の老人ではないのだろうか?

・・・ちがう!弱弱しさを感じること自体、奴の術中にはまっているのだ。

こいつは人間ではない。闘志を絶やすな!

思い出せ!自分をここまで導いてくれたものを!。


「一人じゃない。ここへ来れたのは仲間たちのおかげだ。

あいつらは今もいる、俺と共にいる!」剣と盾を握りなおす。

「覚悟しろ!」魔王に向き合った。


「まあ待て。だいぶ疲れているようではないか。

今の闇国魔竜との戦いがきつかったのだろう?少し休んだらどうだ?。」

言うと魔王は皮袋を差し出した「一杯やらんか?」


「ふざけるな!」だが剣の先は震えている。

腕に力が入らなくなっているのは明らかだった。


「案ずるな。毒など盛っていない。このとおり」

魔王は皮袋の口を開け、自らグビリと一口飲下した。

「3年物の蜜グモ酒だぞ。もてなすべき客にしか出さない上物だ。

力がみなぎるぞ」再び皮袋を少年に差し出す。


少年は皮袋を一瞥したが、受け取ろうとはせず、まっすぐ魔王をにらみつけている。


「・・・いらんか。まあそうだろうな。当然の警戒だ」

「とはいえ実にもったいないことをしたぞ。この年は大当たりでな。

もうわずかしか残っていないのだ。近頃は蜜グモどもの出す蜜の質が落ちてなあ」

皮袋を放り投げると

「座るがいい。少し話をしよう」

岩に腰を下ろす。


「ふん、命乞いか?」

少年はあざけるように鼻を鳴らすと再び剣を構えた。もう震えは無い。


「命乞い?おまえが、私にか?」

頬杖を付いたままニヤニヤ笑いながら魔王は面白そうに言う。

気色ばんで詰め寄ろうとした少年に低い声でたたみかける

「うぬぼれるな、小僧」


「休む暇をくれてやるのは、これから訪れる私の勝利とおまえの敗北を

迷い無きものとするためだ。へばりきった子犬一匹屠った所で笑い話にもならん。

言っておくが」

怪しく光る眼はもう笑ってはいなかった。



「おまえは、この闇国迷宮から出ることはできん。永遠にな」




「名前は?」魔王

「・・・・・・・・」少年は答えない

「自分の名を誇れんとは、気の毒な奴だな」「ルイス!」少年は叫んだ。

「ルイス・セウ・フェイラー!」

「フェイラー?フェイラーだと?・・・」魔王は瞬間、奇妙な表情を浮かべた。

意外なような、当惑したような。だがすかさず

「ルイスだ!フェイラーと呼ぶな!」激高した少年の剣幕に、

「おおすまん。ならばルイス、ひとつ聞きたいのだが」魔王は元の薄笑いの表情に戻り、


 「 な ぜ こ こ へ 来 た ? 」問うた。


「おまえを倒しにだ!」ルイス

「それは目的だろう? 私が知りたいのは動機だ。」

「おまえは死の危険を冒してまでこの暗黒迷宮に潜り、私と戦いに来た。なぜだ?

他にも大勢いる。おまえはここまで到達できたが、たどり着けなかった

弱き愚者たちの墓標がこの迷宮にはそこかしこに転がっている。

いったい何がおまえたちを無謀な冒険へと駆り立てているのだ?」

眉をひそめながら、魔王は問いかけた。

「・・・・・・」ルイスは答えない


「敵討ちか?私の僕どもがおまえの家族を殺めたとか?」

「・・・ちがう」

 

「なら財宝か?あれは流言なのだがな」魔王は苦笑した。

「そうなのか?・・・いや、俺はちがう」


「じゃあなんなのだ」

「・・・・・・養成学校」

「ようせいがっこう?」

「戦官養成学校!」

「なんだそれは?」急に興味を持ったように、魔王は乗り出してきた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る