第55話

セレクはゆっくりと言う。「私に"指揮を執れ"と言ったのは先輩です。」気持ちが昂るのを抑えるように。「従ってください」


「ユアンとローナスは必ず見つける。造反でもなんでも好きに報告してくれ」ルイスは言った。

「ウィラーフッド先生の指示ですよ?」ルイスはきっと顔を上げた。周囲を睨み付けるように見回す。みんなが自分を見ている。危なげなものを見る目つきで。なんかなぜだか急に無性に癪に障った。口から荒々しい言葉がほとばしり出る!


「そりゃそうさ!先生はケガ人だ!早く帰りたいもんな!死にたくないもんな!」

「みんなもそうか?逃げ帰りたいのか?なにうきうきと帰り支度を始めてるんだ?」



口を歪めたルイスに「せんぱ」セレクが息を飲んだ時、

洞窟内に乾いた音が響き渡り、ルイスの視界は真っ白になった。

頬が焼けるように熱い。目の前に赤毛がいる。

振り抜いた平手打ちの手を構えたまま。

大きな瞳がルイスを まっすぐに見据えているが、

そこになんの感情が込められているのか、

どうにもルイスには読み取れなかった。

「セレクは、正しいわ」カチェリは、言った。


「あんたさっき、何を聞いていたの?

先生は"選択と決断"をしたのよ。

どれを選んでも後悔するろくでもない道の中から、

”いまここの私たちを生還させる”と言う道を選んだ。

そんなこともわからないの?」


だがルイスにはわからない。というか聞こえない。

頬から顔へ血潮がぐるぐると回る。心も頭もぐるぐると回る。

「・・・選択と・・・決断だって?」なぜか声がかすれた。


「なら、これが、俺の選択さ!」

踵を返し、走り出した!横穴の一つに駆け込む!


「ルイス!」カチェリが叫ぶ!

「先輩!ダメです!そっちは!」セレクも叫ぶ!

そこは・・・確か・・・デイビスが調べた道だ。

二股に分かれてて片方は行き止まり、もう片方は・・・


ルイスの行く先を深い地割れが遮っている。向こう岸は遠く、底は見えない。

まるで闇の川が横たわっているかのようだ。だがルイスは足を止めない。

鞘に収めた剣を革帯に結わえ、更に速度を上げる。みるみる崖の淵が迫ってくる!ためらうことなく闇の川を飛び越えた!いや、飛び越えようとした!しかし!

わずかに足りなかった!「ルイス!」カチェリが叫ぶ目の前でルイスの体は闇の川の中、奈落の底へと吸い込まれた!・・・かに見えたが、違う!。

向こう岸の崖にきらめくものがある。尖った鋼の爪、小つるはしだ!

繰り出した腕に握られた小つるはしが、崖にかろうじてぶら下がるルイスを支えている!崖の上によじ登ると、反対側の岸に駆け寄ってきたカチェリとセレクを振り向いた。


「ルイス!バカな真似はやめて!」カチェリ。

「先輩!戻ってきてください!」セレク。


「君はセレクと一緒に行け」ルイスは言った。向こう岸の赤毛に聞こえるように。なぜか落ち着いた声で。「家族が、待ってるよ」

「それはあんたも同じでしょ!」カチェリは怒鳴った。あちら岸の焦げ茶色に届くように。だが声に含まれる悲痛な響きは隠せない。


ルイスは答えた。

「ローナスとユアンは、必ず助け出すよ。そして・・・」言いかけて、止めた。言おうと思ったが、止めた。懸命に呼び戻すその声に背を向け、闇の奥へと歩き出す。その足取りに迷いはなかった。カチェリの声がどんどん遠くなってゆく。心の中で決意だけがどんどん膨れ上がってゆく。



仲間を救出し、


そして、



    闇 国 魔 王 を 倒 す 



ウィラーフッド先生や親父、フェルプス公がやれなかったことを俺がやってやる。

最高の大手柄を立てて、プラネット国中にフェイラー家をもういちど認めさせてやる。

もう誰にも”グズでとんま”だの”失敗者”だの”没落”だの言えないようにしてやるんだ。



そうすれば

そうなれば



 胸 を 張 っ て あ い つ の 横 に 立 て る



ルイスは、歩き続けた。


更なる、闇の深淵に向かって。

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