第52話



ここは闇国迷宮。敵との戦いで傷ついたウィラーフッド教官が横たわり、ルイスたちが周りを囲んでいる。ゲルダの治療はどうにか終わったものの、治癒魔法の負荷は彼女をさらに衰弱させてしまっていた。にもかかわらず、ウィラーフッド教官は、こんな状態の、こんな時に、こんな所で、なぜか講義を始めたのだ。そんな状況である。


「ルイス君」教官は語りかける。「は、はい!」緊張した面持ちでルイスは応えた。思えば養成学校で、教官からこんな風に声を掛けられる時は、必ず絶対ほぼ間違いなく”学業成績”についてのお説教だった。落第生のさだめである。


「き、君とカチェリさん、本当なら、ここに、いるはずは、ないのよね?」ルイスとカチェリは同時に下を向く。よもや、今、ここで、そこを突っ込まれようとは。


「私の指示に背いて、学校を抜け出し、無許可で、闇国迷宮に入ろうとした。ルイス君は知らないかもだけど、カチェリさんには、それがいかに大変な事か、わかっていた、んじゃない?」

(そうだよ、必死で止めようとしてくれてたもんなあ)隣りのカチェリをチラ見する度胸すら、もうルイスにはなかった。


教官は微笑んだ。

「顔をあげて。咎めてるんじゃないの。確かに、決まりを破ったことは、問題よ。誉められることじゃない。だけど、おかげで、人手不足の中、頼れる救助隊を組織できた。なにより、」青白い顔が息をつく。かなり辛そうだ。


「君たちが、自分自身で考え、道を選び、決断した事。そこを、私は、高く、評価します」(って怒られてるのか褒められてるのかどっちなんだ?)ルイスにはよくわからない。カチェリにはわかるんだろうか。


教官は続ける「これは、みんなにも言える事。みんなは、今日、”成人のしきたり”を、乗り越えた。帰ったらすぐ、卒業よ。ところで、 」一同を見渡して、


「みんなにとって、"学校"は、どんな場所だったかしら?」問いかけた。


「退屈な授業に、小うるさい教官、そして決まりだらけの生活。きっと”檻や鳥かご"のような息苦しさを、感じていたのでは、ないかしら?」カチェリの表情がかすかに動く。


「でもね、雛鳥を、囲い、閉じ込めていた、この学校という名の鳥かごは、同時に、外の、猫の爪や、蛇の牙から、雛鳥を、護ってもいたのよ」セレクは目を閉じたまま聞いている。


「卒業したら、世の中に出ていくことになる。どこへでも飛んでいける。けど、鳥かごの護りも、もう、なくなる。闇国迷宮と同じくらい、いえ、時にはそれ以上の、脅威や試練に、君たちは、向き合うことになるでしょう。」


「選べる道の数は限られ、しかも、ろくでもないものばかり。だけど、それでも、道を選んで、進まなくてはならない。」 ウォルフはもじもじした。


「自分自身の、力と、知恵と、勇気だけを、頼りに、”選択と決断”を、繰り返してゆく。それが、生きてくってことなの。」


「そして、”決断”には必ず"後悔"がついてくる。よく”悔いのない人生を!”とか、言うけど、あれ、嘘だから。」デイビスは鼻をこすっている。


「当たり前よね。選択肢が、ろくでもないものばかりなんだから。納得して選んだはずの道に、不満が募り、諦めたはずの他の道に、未練がわく。”ああすればよかった、こうするんじゃなかった”ってね」ゲルダはもう涙ぐんでいる。


「時を経れば、人は、見方も、考えも変わる。決断と、後悔は、表裏一体、切り離せないもの、なのよ。よって、私は、君たちに、こう言うわ。


”悔いのない人生なんてない。

だから、悔いることを、恐れないで。

後悔に、押しつぶされないで”


君たちが、3年間、学校で学んだことが、その支えに、なる事を、期待します。」




ウィラーフッド教官は、苦しそうに息をついた。が、ふと顔を上げると

「あら?それは」

そこで初めてルイスが手にしている”自分の剣”に気が付いた。

慌てて返そうとしたルイスを制し「あげるわ。持っていて」教官は微笑んだ。

「えっ?」ルイス

「今の、私が持っていても、意味がないもの。それに、さっきの攻防から、見て、ここの脅威度は、かなり高い。君は生存術師で、戦闘師じゃないけど、だからって、丸腰でいい理由には、ならない」


ルイスは自分の手の中の剣を見つめる。細身の曲刃に、小さな鍔、長めの柄を持つそれを。


「うちに、代々伝わるものだけど、同じ一族に、使われるなら、ご先祖様も、きっと、許してくれるでしょう」「・・・同じ一族って・・・えっ?」ルイスをはじめ驚いた顔を見せた生徒たちに教官は照れたように笑った。「あれ?言ってなかったっけ?」



「私の名は ウィラーフッド・レオ・フェイラー」



「”没落のフェイラー家”なのよ。私も。ルイス君」



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