第50話
「先生!聞こえますか!ウィラーフッド先生!」叫んだのは療術師ゲルダだった。力なく横たわる先生の傍で、懸命に救急措置をしている。
ここは闇国迷宮。戦獣猪に跳ね飛ばされたウィラーフッド先生は深手を負った。にもかかわらず小刀で応戦するという野性の気迫を見せつけた彼女だったが、セレクたちがゲルダの元に連れてきた時には、もう既に意識がなかった。
腹部が切り裂かれ、出血がひどい。こんな大ケガ、自分の手に負えるんだろうか・・・怖がりゲルダの”不安の虫”がうずき始める。(そ、それでも、私がやるしかないんだ!)実はゲルダ自身もケガ人である。が、今はそれを気にしている場合ではない。先生の方がはるかに重篤なのだ。脚の痛みをこらえ、治療を続ける。そのせいかも知れない。「皆なにしてんのよ!手伝って!」声に苛立ちを混ぜつつ、ゲルダは怒鳴った。慌てて皆が駆け寄ってくる。
「ごめん、ゲルダ。先生の具合は?」セレクが尋ねると、
「牙でえぐられてる。内臓までは届いてないようだけど、出血が・・・とにかくまず洗わないと。獣の牙は病の素だらけだから。ウォルフ、造水おねがい。」
医療術には"清潔な水"が欠かせない。湧き水や汲み水なら一度沸かす必要がある。 それが手に入らない場合は魔術師の魔法で空気中に漂う蒸気を固めて水を作る、それが錬素魔法「造水」なのだった。
「わわ、わかっにゃ」ウォルフは頷いて呪文を唱え始めるがどうにも言葉遣いが怪しい。構えた両掌の中に微かに白い霧が渦巻くが・・・霧どまりだ。いつまでたっても水に変化する気配はない。するとその傍らに揺らめく水球が出現した。カチェリだった。雷撃波で疲労しているが、造水魔法は基礎中の基礎である。彼女にとっては造作もない事だった。なみなみと水をたたえた水球を掌に浮かせながらカチェリはウォルフに言った。
「第七唱節と第九唱節の順番が逆よ。それと結露係数の閾値指定ははっきり言わないと魔法が発動しない。むにゃむにゃでごまかしちゃダメ」
ウォルフは恥ずかしそうにもじもじする。
「そ、そりゃあ君は”最高の一団”で首席だし・・・僕なんかとは才能の桁が」
それを聞いたカチェリは
「違うわ。魔法術科に在籍している以上、あんただって”資質は十分”と認められてるのよ。あとは心がけと努力しだい。できるわよ、ウォルフ」微笑んだ。
「・・・ったく」「いてっ」なぜかセレクがウォルフを肘で小突く。悔しそうに。その時、
「み・・・みんな・・・無事? け、ケガは・・・ない?」
「先生!」
ウィラーフッド教官が、意識を取り戻した。
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