第47話

「戦獣を相手にする時は、”弱さ”や”怯え”を悟られてはならない」


と、基礎戦闘術の授業「戦獣 その傾向と対策」で教わった。

・・・そう、たしかに教わったはずなのだが、

・・・・・・いざ実物を相手にすると、


その巨体は牛のごとし、三角にそそり立つこぶ背に逆立った剛毛が張り付いている。

その蹄は金槌のごとし、歩を進めるたびに重々しい響きで地面を穿っている。

その牙は剣のごとし、噛み合わせるたびに生々しいこすれ音を立てている。


(びびるな!たかが猪じゃないか!ちょっと大きくて、キレ気味で、ずるがしこいだけだ!・・・そ、それだけだ!)気おくれをかき消すようにウィラーフッド先生の剣を握りしめ、ルイスは足を踏み出した。


対する戦獣猪は悠然と構えている。ぐったりと横たわったウィラーフッド先生の前で、巨獣は牙の生えた口元を歪めた。笑ってるのか?(の、呑まれるな!)ルイスは思った。


「さしの しょうぶ?」

「おまえ うそつき」戦獣猪は嘲るように吠えた。

「みえなくても におい わかる」鼻をひくつかせて、

何もいないように見える空間をうかがう。

「そこ なんか いる」


ルイスは心の中で舌打ちした(バレてやがる!)

セレクの一団が幻界に潜んでいることが・・・見抜かれている!。


「へんな まね やめろ」

前足で倒れているウィラーフッド教官の頭を軽く踏みつけた。

「!!!」(この野郎!)

「こいつ つぶす」

戦獣は、闇ノ国人によって高い”知能”を与えられている。本能がもたらす残虐さに加え、狡猾さも併せ持っているのだ。(どうする?どうしたらいい?・・・くそっ!体が動かない)


己の優位を直感したのか、戦獣猪はさらに

「うしろ そいつ なんだ?」

戦獣猪は4本の牙をむき出して唸り声を上げた。”最大出力の雷撃波”その呪文を詠唱しているカチェリに向かって。


瞬間、弾けたばねの勢いでルイスは獣に飛びかかっていった!。

作戦があったわけではない。ましてや勝算などあるわけがない。しかし、


”戦獣猪の注意がカチェリに向いた”


その事が、

ただそれだけの事が、

ルイスの心の躊躇を吹き飛ばした!。


(絶対にカチェリを守る!かすり傷ひとつ負わせてたまるか!)


突撃と共に低く水平に構えた剣を、巨獣の首根っこ目がけて突き出す!。


・・・だが多くの場合、無謀な行動は無残な結果しか生まない。

今回もその例に漏れることはなかった。


普段から闇国迷宮で険しい岩山を走り回っている獣は、ルイスよりはるかに敏捷だったのだ。突き出された剣先は軽々とかわされ、ねじまかれた太い猪首の筋肉に駆動される牙が突き上げられてくる!。その先には剣を繰り出したことで伸びきったルイスの脇腹があった!(まずい!やられる!)


しかし!もんどりうって倒れたのは戦獣猪の方だった!

(え?なんだ?何が起きた?)困惑するルイスの目に入ってきたのは・・・

倒れた体から伸ばされた手と、その先端に握られた小刀。


「せ、先生!」


深手を負い、うつぶせのまま倒れ、獣に踏みつけにされているかと思われたウィラーフッド教官が、起き上がり振り向きざまに、覆いかぶさっていた猪の腹部を下から小刀で切り裂いたのだった。


随所が破れた防板探検服はもはやその豊満な胸と腰を包む役目を果たしていない。バサバサに乱れた赤葡萄色の髪は泥まみれ、端正な顔立ちは眼鏡を吹き飛ばされて同じく泥だらけだ。左脇腹の傷口を懸命に手で押さえているが、出血は止まっていない。どこからどう見ても軽傷ではない。なのに、それなのに、瞳の奥だけがやけにギラついている。


「・・・生徒たちに手を出すな。 豚 野 郎 !」


ギラついた瞳が低い声でつぶやく。

顔に降りかかった返り血を舌なめずりして舐めとる。

いったいどっちが獣なんだか判断に困る形相で、

15年前の惨事"ペルローの悲劇"の唯一の生存者は、

小刀を構え、戦獣猪をねめつけた。


手負いの戦獣猪は、怒り狂った。

ウィラーフッド教官の渾身の一太刀ではあったが、傷としては軽微なもので、獣を弱らせるには至らず、逆に凶暴さを加速させてしまったのだ。半身をどうにか起こした彼女の首を刈り取ろうと牙を閃かせる。先生はかわそうとするが、その体はもう思うように動かず、彼女の瞳に無念の色が浮かび上がる。


が直後、奇妙なことが起きた!。


身動きが取れそうもない、いや取れるはずもないウィラーフッド教官の体が、宙にふわりと浮き上がり、跳ねるように移動したのだ!。しかし彼女の両脇に二つの人影がちらつくのを見れば、もはやそれが奇術でも何でもないことがわかる。


幻界だ。ウォルフ製なためところどころ見えたり見えていなかったり、どうにも中途半端だが、とにかくいちおう幻界だ。教官の両膝を抱え上げた栗毛が元気よく叫ぶ。


「負傷者確保!ウォルフ!撤退するよ!そっち支えて!」

「わわわ、わかっにゃ!」焦ったウォルフは言葉遣いがおかしくなる。魔術師としてあるまじきことだが、この場合はとりあえず問題ない。ていうかやむを得ない。何故なら今、先生の上半身を抱えるウォルフの両手はその豊満な、その上ほぼ露わになった胸を背後からガッツリ掴んでしまっている。この状態で平静を保てる男子は養成学校どころかプラネット国内にだっていないだろう。

(安全に搬送するためにゃべべつにぼ僕はド助平にゃにゃいからにゃ!)

セレクと共に先生を搬送しながらウォルフは思った。


戦獣猪はまだあきらめていない。よたよたと逃げる3人の後を追おうと、蹄を蹴立てる!が、そこに気合と共に熱剣が振り降ろされた。幻界に隠れていたデイビスの一閃だった!。たまらず戦獣猪はその場に釘付けになり、その隙を逃さず先生を抱えたセレクとウォルフはどうにか安全な距離まで離れた。そこには応急準備を整えたゲルダが待っている。


人質を失い、狼狽する戦獣猪にルイスは話しかけた。

「わりい、さっきのは嘘。今度はマジで」

「俺とお前でサシの勝負ってことだ」ウィラーフッド先生の剣を突き出した。

「行くぜ 戦獣野郎」


その時、背後から甲高い声が響いた。

「最大雷撃ができるわ! ルイス!用意はいい?!」


それを聞いたルイスは、

「ごめん、やぱ今のなし。皆でお前を倒すわ。先急ぐんで」


訂正した。



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