第2話 組織からの脱走劇②

 みずなのエプロンドレスのスカートが揺れ、志穂は夜街の中を探索していた。みずなの自宅を探している途中であった。二人の少女の歩き方がフラフラしていると、ぎこちない靴音が響いていた。夜街にそびえ立つ大きなビルの虹色の照明が輝いている。

「みずなちゃんのお家はここらへん?」

「もっと遠くの場所にあるの。でも、この場所は見たことがあるんだ」

 みずなは街並みを見渡していた。

「そっか……もう少し一緒にみずなちゃんの家を探そうか」

 志穂はみずなを交番に連れて行きたい。だが、志穂はマフィアの組織の関係のであるために連れていけない。駅の方向からラーメンの美味しいそうな匂いがしていると、志穂は小腹が空いていた。そして二人は寄り道をして、ラーメンのあるお店に移動する。

 たどり着いたラーメンのお店は、真っ赤なランプが点滅していた。お馴染みのラーメンソングの音楽が流れている。ソラシーラソ、ソラシラソラーと笛の音も混ざっている。志穂はカウンターの席に座って、

「お腹すいた……」

 とみずなは空腹そうな顔つきになると、指をモジモジしながら恥ずかしいそうな声を出していた。みずなの頬が紅潮していると、志穂は首を横に傾げる。

「うん、お腹すいたよね?」

 志穂は優しい口調で言った。

「とても美味しいそうな良い匂いがするの」

 みずなはラーメンの匂いをクンクンと嗅いでいる。店内には一人の店員がラーメンの湯切りをしている。銀色の玉あげの中で、黄色いラーメンの麺が水滴を放ち、みずなの目の前に白い湯気が立ち上る。

「うん、美味しいそうだね」

 志穂はラーメンの感想を言っている。

「でも、知らない人にご飯を貰ってはいけないって……」

 小さな背丈のみずなが俯くと、警戒している声を出す。

「ああ、普通は警戒するよね」

 志穂は困惑した表情になっていた。

「だから、ラーメンは食べてはいけないの」

 みずなは志穂にラーメンを奢って貰うことを気にしている。志穂は割りばしをカウンターの上に置くと、

「遠慮は良くないよ。だって、可愛い子はいっぱい食べてないと、成長しないぞ」

 と、みずなの顔を覗きこむ。 

 味噌の香りがしている。グツグツとスープが煮える音がしていると、鍋を温める真っ赤な炎が見える。志穂は店内の中でラーメンの出来上がるのを待っていた。ラーメンの味噌の香りが増していくと、みずなの「グー」とお腹の鳴る音が聞こえる。

 店員は真っ赤な器の中に鶏ガラスープが投入し、湯切りした黄色いラーメンの麺を入れる。手早く具を盛り付けると、緑色のネギ、肉厚チャーシュー、半月のようなゆで卵、まるでその全てが旨味を演出しているように見える。

「味噌ラーメンの出来上がりだよ」

 そう言って店員は、志穂たちのカウンターの前に出来上がったラーメンをそっと置いた。ラーメンの茶色いスープは、水溜まりのように小さな油の輪が出来ていた。

 みずなの恍惚した表情をしている。目の前の美味しいそうなラーメンに一目惚れをしていた。

「我慢、我慢、我慢……」

 ラーメンを食べるのを遠慮しているみずなは、ビクビクと震えながら首を七回も振っていた。志穂は「遠慮しないで欲しい」とみずなの肩に軽くタッチしていた。警戒心が残っているようで、みずなは目の前のラーメンを食べようとしない。見知らぬ人にラーメンを奢って貰うのは、怯えて当たり前の行動だった。

「ラーメンは嫌いなのか?」

 店員はみずなを脅すように、

「嫌いじゃない……むしろ、好き」

 と首を横に振っていた。

「じゃ、遠慮しないで食べなさい。子どもは大きくなるのが仕事だな」

「大きくなる……どんな風に?」

「そりゃ、身長が伸びて美人になることだな」

 店員は曖昧な態度になって、強気な話し方をする。

「美人とはなんだろうね? どこまでが美人なのかな?」

 みずなは疑問を口にしていると、

「おじさんにはわからないなぁ。そこのお姉さんのほうが詳しいそうだ」

 店員は困惑した顔つきになっていた。

「カワイイと美人って、違う分類なんだと思います。カワイイは他人に愛情を注がれる。美人は他人に愛情を注がれないけれど、天然記念物のように見られるんだと思います。これは個人の考えですが……」

 志穂は真顔になっている。店員はぽかんとした顔をしていると、ラーメンを作る動きが遅くなった。みずなは生真面目な空気に慣れないでいると、周囲をキョロキョロと観察している。

「美人は天然記念物って……」

 店員は唖然して言うと、

「実際にそうですよ。夜街にいる男たちの視線は、美人の女性を天然記念物として見ているんですよ」

 志穂は冷たい眼差しで話す。

「天然記念物って何?」

 みずなが質問をしていた。

「国のルールで守られているモノだよ」

 みずなの質問に志穂は優しいそうな声で答えた。

「美人って国のルールで守られているの?」

「正確にいえば、強い男たちに守られているんだけどね……」

「へぇ、そうなんだね」

 みずなは二回も首を縦に振っていた。

「でもね、男は狼に変身するんだよ」

 志穂は脅すように、

「狼に変身するの……怖いよぉ」

 肩がブルブルと震えるみずなは真っ青になる。

「そうだよ。狼になって、みずなちゃんを食べようとするんだ」

 志穂は、夜街の男は危険だよ、と注意している。みずなは慣れない手つきで割り箸の割っていると、パキンと良い音が鳴っていた。割りばしがキレイに割れなかったようで、上下のバランスが悪かった。

「割り箸って、キレイに割れないの」

 みずなはふてくされた口調になっていると、

「まぁ、わかるよ。キレイに割れないよね」

 志穂は共感していた。力加減次第で割りばしの形が崩れてしまう。どうやっても、割り箸はキレイに割れない、と愚痴文句に言っている。

「箸の文句を言わないでくれ。それよりも、ラーメンを食べてくれよ。ラーメンが伸びてしまうよ」

 店員は二人の話の内容に呆れていた。

「うん、ラーメン……食べるよ」

 みずなは割り箸を右手に持って、ゆっくりとラーメンの麺を啜る。店員は見守るように、二人の食べる姿をじっと眺めていた。志穂も肉厚のチャーシューを味わう。二人の口の中に味噌ラーメンの旨味が広がっていき、

「やっぱり、ラーメンは美味しいわ」

 と志穂は満足そうな笑みを浮かべていた。

「そうかい、美味しいと言ってくれてありがとよ」

「うん、美味しいね」

 そう言ってみずなは、ラーメンの食べる速度が上昇していた。右手に持っている割り箸の動きが止まらない。

「お嬢さんたちは、姉妹かい?」

 店員は探りを入れて質問すると、

「えっと、姉妹に見えますか?」

 志穂は首を横に傾げる。

「そりゃ、姉妹に見えるさ。仲良く手を繋いで、お店の中に入ってきたんだから」

「姉妹か……」

 志穂は独り言のように呟くと、マフィアの組織から家出した記憶を思い出す。記憶の奥底にあるのは、マフィアの同士の争いごとや花嫁修業の苦い思い出だろう。

「じゃ、姉妹じゃないのかい?」

「ううん、姉妹じゃないよ。ちょっとしたお友達だよ」

 みずなは反射的に首を振って否定する。

「うんじゃ、友達同士で仲良くラーメンを食べてくれよな」

「うん、わかった」

 みずなは素早く頷いていた。

「普通の生活ってなんだろうな……」

 志穂はぶつぶつと唱えるような声で、

「そりゃ、争いもない平和な日常だな」

 と店員は当たり前のように言った。

「平和な日常ねぇ。そんな普通の生活に憧れるな」

「まるで、お嬢さんの生活がまともじゃないみたいだな」

「わたしはねぇ、家に不満を抱えているんだけどね」

 志穂は無音のため息をつく。

「家のことは、自力で解決しないとな。こんなラーメンを作っているおじさんが個人の家庭の事情に突っ込んでも、何も解決にはならないよ」

 店員は次の客に出すラーメンの下ごしらえを始めた。志穂は「う~ん」とうなり声を出して考えている。一流の料亭のような包丁さばきで、冷凍の豚肉に切れ込みを入れた。

「そっか……やっぱり、自分の力か……」

 志穂がため息をついた。

「おう、自分の力で立ち向かわないとな」

 店員が冷蔵庫を開けてると、白い冷気がやってきた。真っ赤なバラ肉を冷蔵庫の中にしまい、

「人の過去はさ、変えられないのかな」

 そう言って志穂が呟いていた。

「変えられないよ。だが、未来は変えることは可能だな」

「ああ、家に戻りたくないわ」

 志穂はだらけたような言い方になった。

「家に戻りたくないなら、他のやりたいことを探しなよ。ラーメンを作ることに、俺は誇りを持っているからよ。それが、やりたいだって気が付くのだろうよ」

 


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ガールズマフィアの現実逃避 大狸凸凹 @tanuki

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