第二章 森に潜むもの
8 気に入らないヤツ
ベイブは毎日せっせと癒しの御札を作っていた。もう充分過ぎる程だったが、それでも書き続けていた。他にすることが無かったからだ。
ニコは客の相手をしつつ、料理に掃除に洗濯にとクルクルとよく働き、彼女に手伝いを要求することもなかった。
彼のあまりの手際の良さに、手出ししないのが一番の手伝いだと察し、ベイブは自分の仕事に専念することにしたのだ。
天才的な家事の才能を発揮しつつ、その合間に魔法の練習を欠かさない勤勉なニコに、ベイブは心から感心するのだった。
ニコはと言えば、以前失敗した花を咲かせる魔法や風おこしの魔法も、今はすっかりマスターしている。指導してもらえさえすれば、飲み込みは早いのだ。
だかテオの教え方は恐ろしく下手で、何を説明しているのか全く分からないことが多い。想像力を駆使してテオの言葉を解読し、試行錯誤しながらひたすら練習して習得していくしかなかった。
でもニコに不満はなかった。教えてくれるようになっただけでも、万々歳なのだから。
魔力を持つ持たないは生まれついてのもので、魔法使いの子どもが必ず魔法使いになるわけではない。その反対に、魔力を持たない親から魔法使いが生まれることもある。
インフィニード王国の現在の王は魔法使いだが、先代はそうではなかった。
しかし、歴代の王には魔力を持つ者が何人もいたと記録されている。魔法使いが生まれやすい家系、というものはあるようだ。
能力は高いか低いかはまだ分からないが、ニコにも確かに魔力ある。母方の祖父は魔法使いだったと聞いたことがある。いつか自分も立派な魔法使いになるんだという気持ちが、ますます強くなってゆくニコだった。
シェーキー魔法店の主人は気まぐれにふらりと出ていき、夜まで帰ってこないことも多い。特にたずねはしないが、一体どこへ何しに出かけているのかさっぱり解らない。
ベイブは本当に呪いを解いてくれるのだろうかと心配になる。
「信用して、大丈夫なのかしらね」
ベイブが肩をすくめると、キャットがその頬をぺろりと舐めた。微笑んで、彼の柔らかい毛皮に顔をうずめた。温かくて気持ちがいい。キャットはなおもペロペロと舐める。守られている、そんな感じがした。
「今日はもうその辺でいいんじゃない」
ニコはくすくす笑いながらベイブの御札を指して言った。
テーブルの上には、山のように短冊が積まれている。
「そぉお? ここの短冊、全部御札にして驚かせてやろうと思ったんだけど。ホント気に入らない男だわ!」
ニコはまたクスリと笑った。
彼女は、なかなかの負けず嫌いのようだ。昨日テオに、今日は御札が少ないね。昼寝でもしてた? と言われてムキになっているのだ。
とその時、扉がノックされた。
ベイブはさっとテーブルの影に隠れる。客がくると警戒するようにいつも隠れてしまうのだ。自分を卵に閉じ込めた者がやってくると思っているのだろうか。
ニコは彼女が隠れる時間をさりげなくとってから、客の対応をするようになっていた。
「はい。なんで……しょう……」
扉を開けたニコは、思わず喉の奥でウググと小さくうなった。
そこには眉間に深いシワを刻んだ、身なりのいい男が立っていた。金貸しをしているシラーという男だった。
見るからに高価な服を着ているのに、なぜか上品には見えない。せっかくの良い品が、彼が着ることによって価値を失っているように思えてしまう。要するに全く似合っていないのだ。
ジロリとニコを見た後、シラーは部屋の中にずかずかと入ってきた。
ベイブはその様子をうかがっている。男から見えないように移動しつつも、目はじっと彼を追っていた。大きな目を真ん丸にして唖然とした顔だった。
「また、いないのか?」
「……はい。お捜ししているのですが、なかなか見つからないようで。今日も捜索に行ってるんです」
内心困ったなと思いつつ、作り笑顔で心苦しい嘘をついた。
二週間前、シラーは娘の捜索を依頼してきた。前の晩から娘ユリアの姿が見えないらしく、誘拐された、捜してしてくれと真っ青な顔で飛び込んできたのだ。
テオが提示した金額の倍をどんとテーブルに置き、すぐに見つけろと怒鳴りつけた。依頼というより命令だ。
テオは思い切り嫌な顔をし、彼に負けず劣らず横柄な態度で言った。「お断りする」と。
するとシラーは逆上して、腕を振り回し大声でわめき始めた。暴れだすのかと思ったほどだ。それでもガンとして断るテオだったが、ニコのとりなしで最後には仕事を受けることになったのだ。
目を釣り上げたテオの顔には、コイツは気に入らないと思い切り書いてあった。依頼人が出て行った後で、「誰が捜すもんか」と悪態をついていたのだ。
その後、娘は見つかったかとシラーが訪ねてきても、テオはうまい具合に外出して逃げてしまう。そのせいで、今日のようにニコが苦しい言い訳をするはめになっているのだった。
「捜索が得意だと聞いたのに、さっぱりじゃないか! やる気はあるのか!」
「す、すみません……」
「魔女が舞い戻ってきてるって噂を知ってるだろう?! 娘に何かあったらどうしてくれるんだ!」
シラーが怒鳴っていると、コンコンコンコンとわざと注意を引くノック音がした。
ふくよかな女が開け放たれたドアを叩いていた。
「お取り込み中のようだけど、少しいい?」
女は話を全て聞いていたようで、少し肩をすくめてにっこり微笑んだ。ニコの顔に安堵が漂う。
シラーはむっとして、女をにらんだ。
「魔法使いはお留守?」
「はい」
「じゃあ、渡しておいて。うちの子を捜してくれたお礼よ」
そう言ってニコに金の入った封筒を渡した。
更にシラーの顔が険しくなる。真剣な顔を女に向けた。
「あんたも人捜しを頼んでいたのか?」
「ええ、三日も帰ってこなくて心配したわ。でも、お願いしたらすぐに見つけてくれたの。さすがはテオね。彼に任せておけば大丈夫よ、旦那さん」
女はこっそりニコにウインクして、ほっほと笑う。
「…………本当だろうな」
ニコは夢中でうんうんとうなずいた。
シラーは「とにかく早く見つけてくれ」と言い残し、釈然としない顔で帰っていった。
女は笑いを噛み殺して、横目でそれを見送っていた。
ホッとして、ニコは彼女に頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいのよ。いつもお世話になってるし。それに、あたしが捜してもらったのが、犬だってことは、あの人には言う必要のないことよ」
女はさも可笑しいとクスクス笑い、ひらひらと手を振って帰っていった。
ふうっとニコが大きく息を吐く。
あの女性が来てくれなかったら、延々とシラーの小言を聞かされていただろう。
隠れていたベイブが、ようやくコソッと顔をだしてニコに尋ねた。
「よく来るの? ……さっきの……男の人」
コホッコホッと小さく咳込んだ。
「そうなんだ。娘さんを探してほしいって」
「ふうん。捜し人……見つからないから、あんなに怒ってたんだ」
「うん、そりゃ怒るよね……見つからないというか、本当はテオさん捜してないから……」
ニコは苦笑する。迷子の犬はすぐに見つけてやるのに、シラーの娘は全然捜そうとしないテオ。嫌な仕事は徹底的に手を抜くのだ。
テオが何を考えてるのか、ニコにはさっぱり解らなかった。
確かにシラーは感じの悪い男だし気に入らないのは解るのだが、そんなに意地悪しないで捜してやればいいのにと思う。行方不明の娘が事件に巻き込まれているかもしれないのだし。
ベイブは不快気に肩をすくめる。
シラーの言う通り、魔女に危害を加えられていたらどうするのだと憤りを感じていた。おまけに金を受け取っておいて、仕事をしないなんて酷いヤツだと心底思う。
「……仕事をより好みするなんて最低ね。性根が腐ってるのよ。ますます気に入らないわ」
「ははは……」
ベイブのきつい一言に更に苦笑が浮かぶ。かばってあげたいが、全くもって彼女の言う通りだ。
「こんなんじゃ、あたしの呪いも当分解けないわね」
「え?」
「だって、アイツやる気があるように見えないし、なあなあで済ませそうじゃない」
ぷうっと頬をふくらませる。
キャットもそれに合わせてニャーウと鳴いた。どちらも不満気な顔だ。
「そ、そんなこと無いよ……自分からやるって言ったことは、実行する人だと……」
ニコの弁解は尻すぼみに小さくなっていく。今の状況では全然説得力がなかった。
キャットが窓枠に飛びつき外を眺めだすと、ベイブはトコトコとニコに近づいてきた。そして、ホラッと両手を高く差し出した。小さな子どもが抱っこをおねだりしてるみたいなポーズだ。
ニコが抱え上げてやると、玄関横の小窓にひょいと取り付きキョロキョロと外を眺める。
「それにしてもアイツ遅いわね。何処で何やってるんだか」
通りを行き交う人の中にテオの姿を探しているようだ。
気に入らないと言いつつも気になるんだなと、ニコはクスッと笑った。
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