13 殴りこみ
よく晴れた午後、テオは肩を怒らせ大股で大通りを歩いていた。人の多い通りだったが、自然と人垣が左右に別れて彼の前には道が出来るのだった。ギリリと歯を鳴らし目を釣り上げて、そのど真中をドスドスと進んでいく。
王宮のすぐ足元の金獅子地区は、貴族や高級官吏たちが多く住むエリアだ。テオの住む下町のブロンズ通りとは全く雰囲気が違う。
身なりのいい通行人達のうさん臭げな視線をものともせずに、テオはマリンブルーとレモンイエローの極太ストライブのローブを翻して歩いてゆく。
彼はこの高級エリアにある、一軒の屋敷を目指していた。
つい先程、ビチビチと飛び跳ねながら『封を開けて下さい!』とがなりたてる手紙を送り付けてきた、その張本人に会う為だった。
手紙は、クレイブの弟子フリッツを速やかに返すようにと命令していた。
何のことだか解らない。
よくよく聞いてみると、フリッツは二日前から行方が解らなくなっていて、それも王宮付き魔法使いからの正式な出頭要請をテオに伝える為に出かけたまま、帰らないのだという。
クレイブは自分への嫌がらせの為に、彼がフリッツを足止めしていると思い込んでいた。即座に解放しなければ、告訴するとまで宣言している。
まるで犯罪者呼ばわりだ。もちろんフリッツなどという名は初耳だ。
一気に頭に血が上り、テオは怒りにまかせて金獅子地区に乗り込んだというわけだった。いわれのない侮辱を耐える気はない。
「クソ! 頭の悪い言いがかりでも、これは笑えねえ」
不意にピタリと歩みを止め大きな屋敷を見上げると、その豪華な装飾を施された扉をガンガンと殴った。
「おいクレイブゥ! オレだ! 土下座するなら今のうちだぞ! ゴラァ!!」
辺りに響き渡る大声で怒鳴った。しかもガラが悪い。ざわざわと通行人の視線が集まる。どう見てもチンピラの殴りこみだ。
ゴンゴンと容赦なく激しいノックを続けるが、扉はシンとして開かない。
テオの頬がぴくぴくと痙攣する。
キレた。
「オラア! なめてんのか! さっさと出やがれ! 結界なんかはりやがって、クソが!」
ドカンバキンとめちゃくちゃに蹴りを入れると、扉がミシミシと悲鳴をあげた。
「てめえが売ったケンカだろうが! 買ってやるから、顔出せ、カス野郎!」
止めの一発とばかりに、思い切り蹴り飛ばす。
哀れな扉にヒビが入った。しかし、それでも開くことは無かった。
「おお、そうかよ。なら、屋敷ごとぶっ飛ばそうか……」
完全に目が座っている。
手のひらを扉にあてて、つぶやく。
「燃え盛る炎の王よ……」
後悔しても後の祭りだ、死なない程度に焼いてやると、心の中で毒づいた。
手のひらと扉の間が白く輝きだす。
「……その力を我に。
強く押していた扉が、何の前触れも無くすすっと後ずさった。
不意の動きに、テオはつんのめる。
ムッとにらみ上げると扉が大きく開かれ、青ざめた執事が目の前に立っていた。
「シ……シェーキー様、お、奥の間にて主人が待っておりますので、ど、どうぞ中へお入り下さい」
「……手間ぁかけさせやがって」
ギンとテオににらみつけられて、彼はますます青ざめた。
長いローブをことさらにバサバサ蹴り上げながら、テオは屋敷の中に入っていった。
オドオドした執事の案内で部屋に通されると、そこに苦虫を噛み潰したような魔法使い組合代表ヨハン・クレイブと、小柄な青年がいた。
クレイブはソファに腰掛けて、じっとりとテオを見つめている。その隣の青年は、飄々と笑みを浮かべていた。
「……いやぁ、クレイブ。お招き頂き、ありがたいね!」
低い声でイヤミたっぷりに笑みをみせる。そして、クレイブの向かいのソファにどかりと座った。
ローブをブワッと蹴りあげて、尊大に脚を組む。
「アフタヌーンティーでも頂けるのかな?」
テオの指が、せわしなく膝を叩いている。
「あ、それはいいですね。ちょっと小腹もすいたし」
クレイブの隣に控えていた青年がぼんやり言うと、屋敷の主人はギッとにらんだ。それに気づかないのか、青年は涼しげな顔をしている。
執事がさっと部屋を下がり、クレイブは舌を打った。
なんとも居たたまれない空気が部屋には漂っていた。
早速、テオが青年に詰問する。
「君は?」
「え? あ、僕はフリッツ・パウルです。クレイブ様のところで……」
「はあぁ?! 何だ、これは! どういうことだ、クレイブ!」
身を乗り出し、目をむいた。
行方不明のはずのフリッツがここにいるとは、一体どういう冗談なのか。弟子を解放しろと息巻いて手紙をよこしたのは何だったのだと、テオは目を釣り上げる。
フリッツはちゃんと師匠の館に居るばかりか、のん気にアフタヌーンティーの催促までしているではないか。
――こいつら、絶対に燃やす。
テオの手のひらが、再び白熱を始める。
「説明してもらおうじゃないか」
クレイブは目をつむって天をあおいだ。何もかもお手上げだといった様子だ。
するとフリッツが慌てて、言い訳を始めた。
「あ、すみません! さっき師匠にも叱られたんですけど、僕、あなたにお渡しするはずだった大事な手紙をうっかり失くしてしまって、あちこち探したけど見つからなくって、これは絶対叱られると思って、ちょっと逃げちゃって……どうしようかと悩んでいるうちに二日も……」
呆気に取られた。
これではバカ丸出しではないか。言い訳するにしても、もっと上手く言えないのか、とテオは渋面をつくる。
「……クレイブ。コイツはちょっと可哀想な子だな」
指先でコツコツと頭をたたきテオが言うと、クレイブの眉間のシワがますます深くなっていった。
まぬけな弟子にたわけた師匠だな、と彼らを評するうちに怒るのが馬鹿らしくなってきた。
「で、師匠としてはこの決着をどうつけるんだい?」
ため息まじりで、クレイブにあごをしゃくる。
彼は苦々しく顔を歪める。無言でしばしテオをにらみつけていたが、ようやく口を開きもごもごと何事かつぶやいた。
「…………」
「んんんんん? 聞こえないなあ。今、何ってったぁ? あぁ?」
「……大変、失礼した。本日の無作法、誠に申し訳なく思う」
うつむいたクレイブの顔色は、屈辱と羞恥で赤土のようになっていた。耐え難い怒りを必死におさえているようだ。
ほほおぉ、へへえぇと、散々わざとらしく声を上げてその様子を眺め、テオは満足した。
「まあ、いいだろう。出来の悪い子ほど可愛いっていうしな」
ニンマリと笑うと、バンと膝を叩きゆっくり立ち上がった。
しかし笑みはすぐに消え、クレイブを冷徹に見下ろした。
「だが、二度と侮辱するなよ」
一瞬、空気が冷たく張り詰めた。反抗も言い訳も一切許さない、強い威圧を込めた一言だった。
不出来な弟子をもった、不運な師匠はゴクリと唾を飲んだ。
その時、執事がワゴンでアフタヌーンティーセットを運んできた。紅茶の良い香りが部屋に漂うと、緊張がすっと解けた。
おもむろにテオは近づき、勝手にカップにお茶を注ぐ。
「アフタヌーンティーはコーヒーだろ」
聞こえよがしの独り言だった。
ズズッとカップをすすり、オロオロする執事の肩をとんと突いた。
「覚えておけよ。次は間違えずに出せ」
カップを押し付けスコーンを一つ頬ばると、テオはひらひらと手を振って部屋を出て行った。
見送る屋敷の主人は、目を吊り上げてつぶやいた。
「……あの野郎、また来るつもりなのか?」
「何様のつもりなんでしょうね」
はっはとフリッツが笑っている。
「コーヒーだなんて。アフタヌーンティーなんだから、紅茶で当然ですよねぇ」
「黙らんか! このばかモンが!」
クレイブは唾を飛ばして怒鳴りつけた。
弟子の軽薄さに心底、頭に来ていた。こいつはいつからこんなバカになったんだ、まったく信じられない、と。
穴が空くほどにらみつけられ、フリッツはすごすごと部屋を出て行った。しかし、その唇にはまだ、笑みが張り付いていた。
そして瞳は、異様な光を放ちはじめた。彼の瞳孔は光とは無関係に、不気味な拡張と収縮を繰り返していたのだ。
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