09

「これは、随分と集まりましたね……剣士と魔導士、合わせて二百人超。試験もなかなか大変かな?」


 純白の法衣を翻した男が、苦笑気味に呟いた。法衣に縫い込まれた金糸の蔦は宮廷魔導士の正装であるが、それ以外にも彼は胸元にブローチをつけている。

 国家最高峰の魔導士に与えられる称号、皇帝の近衛である「杖」の人間のみに与えられる純金のブローチは、彼が相応に高い地位にいることを示していた。


 先日ゼルシアが予定を早めた「十本目」の選定試験には、当初の予想通り学府に所属していない人間が多く集まった。力が強い人間を探すのはそう難しい問題ではないのだが、宮廷魔導士たちが用意した試験に合格できる人間がいないという可能性も十分にある。特例の中でもさらに特殊な役職だけに、同じ「杖」の人間たちが知恵を出し合ったのだ。


「はじめまして――私、試験官を務めさせていただきますイヴァン・ヴィクトリカと申します。本日はお集まりいただきありがとうございます」


 試験会場である王宮前広場には結界が張られ、あらゆる攻撃が遮断されるようになっている。従二位魔導令師たるイヴァンが安全を考慮して張り巡らせたそれは、参加者の命を守るためでもあった。

 ざわめきを見せる会場をひとしきり見回して、ヴィア=ノーヴァがいない王宮内で現在宮廷の魔導士の頂点に立つ男は銀糸の髪をちらりと揺らした。


 セイムは数多の魔導士たちの中でもまれそうになりながら、遠くにその男の姿を見ている。静謐を絵に描いたような若い男だ。彼も師と同じように魔導で姿を留めているのだろうか。


「皆さんに行っていただく試験の内容自体は、実に単純です。ここに三体の自動人形を用意してあります。皆さんには、彼らを倒していただきたい」


 ざわめきを打ち消すようにイヴァンが打った手に合わせて、膝をついた三人の魔導士が現れる。オートマタと呼ばれる魔導式の疑似生命体は、帝国が誇る魔導技術の粋を集めたものだった。


「右からリリット、ジオバンニ、ノーヴル。彼ら全員に規定以上のダメージを与えられた方が、この度皇帝陛下の「杖」として奉職することになります」

「おいおい、そんなんだったらここにいる全員が合格ってことも有り得るんじゃねぇのか?」

「無論、有り得ますとも。ゼルシア陛下は力のある人間を求めております。あなた方のそれが基準を満たしさえすれば、帝国は必ずその力に報いるでしょう。……ですが」


 セイムは、人混みの中から確かに見ていた。リリットと呼ばれた女性型のオートマタの唇がわずかに動く。読唇術が出来るわけではないが、一定のリズムで繰り返されるそれは確かに魔導詠唱だ。

 大笑いをしている男に向けて、確実にその言葉は紡がれた。セイムが気付いたのとほぼ時を同じくして吹っ飛ばされるその巨体が、彼らの実力を物語っていた。


「彼らは皆、「杖」の人間が制作したオートマタです。リリットは先日、西方で戦死した「五本目」のマリアーヌが作った格闘特化の自動人形。ジオバンニは三本目の杖、ジョルジュの魔導特化の人形。そしてノーヴルは、この試験に先んじて私が制作致しました。どれも戦闘力には十分な自信があります」


 イヴァンは相変わらず穏やかな微笑みを讃えたままで続けた。既に顔を青くした参加者の何人かが、辞退を表明している。結界のおかげで命こそ奪われないだろうが、下手を打てば怪我では済まされないかもしれない。


「ご安心を、既にこちらで癒手を用意しております。全力で、いらしてください」


 恭しく腰を折るイヴァンに対しても恐怖を感じたのだろうか、さらに数人がここで脱落した。セイムは呪具と魔導書が入ったままの鞄を握りしめながら、試験開始の宣言がされるその時を待った。



 最初の受験生は、火炎系の魔導を使う背の高い男だった。攻撃力の高い炎の槍を取り出すが、隙を見つけたリリットに背後から蹴りつけられそのまま地面に臥した。


「そこまで。リリット、下がりなさい……さて、これで受験生の皆さんには彼らの能力の高さが理解いただけたと思います。力の出し惜しみをすれば、即座にやられてしまいますね。さあ、次の方どうぞ」


 穏やかな微笑みのままそう続けたイヴァンに、何人かがおずおずと手を上げる。そのすべての顔色が青白く、試験続行は不可能だと自ら判断を下したらしい。


「お嬢ちゃん、アンタもやめといた方がいいんじゃねぇのか?」


 不意に、セイムの頭の上から心配そうな声がかかった。

 筋肉の鎧を携えた禿げ頭の男が、此方を見下ろしているのだ。

 人相の悪い男が心配そうに自分を見下ろしているのは少し不思議な気分だったが、いかにも真剣そうなその口ぶりにセイムも動きを止める。


「今の人形の動き、見たろう? あんなんじゃ、アンタみてぇなちっさいガキはあっという間だ。来年の国試まで待ってからでも遅くねぇよ」


 魔導士よりも剣士の方が似合っているであろうその男は、故郷にいる妹にセイムが重なると言って退出用の出口を指した。


「俺ァ野次馬根性でここまで来ちまったがよ、アンタその年で帝都で学ぼうってんなら、実績作って地方から出てきた魔導士なんだろ? 学府に入らんでも、一年フリーの魔導士で働くことだって出来ねぇ訳じゃねぇ」


 強面の男が、次々と受験生を伸していく人形たちを指さして一度震え上がった。

 森暮らしだったセイムに魔導士としての実績などまるでなかったが、もっと年若い魔導士候補が集う帝都ではそう思われても無理はないのかもしれない。

 しかしどちらにせよ、彼女は試験を辞退することを考えてすらいなかった。

 リリットに一撃を浴びせ、次に控えるジオバンニと戦っている受験生もいるのだ。攻略法はいくつか存在する。


「私、来年まで待てないの。今皇帝陛下が杖を必要としているなら、私はすぐにでもその杖になりたいから」


 正直に言えば顔の知らない皇帝に仕えるということよりも、その先にある師匠の汚名返上が目的であるセイムだが、そのためには出来るだけ皇帝に近い位置に就かなければならない――近衛隊の魔導職であれば、出自や役職にかかわらず皇帝に謁見する権限が与えられていると聞く。


「それからなら、どれだけ時間がかかってもいいわ」


 顔を伏せ、誰にも聞こえないように口の中で呟いた言葉を呼気とともに吐き出して、セイムはもう一度顔を上げた。相変わらず秒殺される受験生もいれば、ジオバンニを倒し最終試験である『ノーヴル』へたどり着く者も、ちらほらと見受けられた。


「ノーヴル……綺麗な人形」


 陶器のように白く繊細であった他の自動人形と違い、それは淡く色が付いた頬を持った美しい少年の姿だった。設定された年齢は、恐らくセイムとそう変わりはないだろう。ただ、朝焼けの前に見える深い藍色の空のような色の瞳が、知性と魔力をたたえながら受験生を見据えている。

 最初にそれと相対したのは、目深にローブをかぶった女性の魔導士だった。二つの属性の魔導を同時に繰り出すという高等技術を見せながらも、あえなくそれはノーヴルが掲げた呪具によって掻き消されてしまった。


「おい、あんなんアリかよ? 普通人形が、反属性の魔導を同時に二つも繰り出すなんて……」

「えぇ、普通の自動人形ならば有り得ないでしょうね。ですが、特別だからこそ試験なのです」


 別の受験生に詰め寄られたイヴァンは、そう言ったきりまた笑みを浮かべる。属性的に親和性のない魔導を複数組み合わせることは、上級魔導に匹敵するほどの魔力を消耗する。


 そしてセイムの唇が渇きだした頃、優しい声が耳朶を打った。



「次は、えぇと……セイム・ミズガルズ。おや、随分若いね? 頑張って」

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