第四十話 大傭兵団への道



 フェリーズの城門で、捕虜にした盗賊どもを衛兵に突き出すと、さすがに大騒ぎになった。百人に近い数だ、それをたかだか傭兵が、ほぼ同じ人数で捕えたというのだから、お手柄というよりは、逆になんとなく怪しまれてしまうのも、無理からぬことだったのかもしれない。


「こいつらが腰抜けだったんだよ」


 そういうことにでもしておかないと、面倒になりそうだった。


 取り調べのために、口のうまい奴数名を残し、あとの人間で、指定された所まで物資を届ける、それでようやく、今回の仕事は無事に達成の運びとなった。


 今日はフェリーズで宿を取る。本来なら、明日からはここの傭兵ギルドで、ビムラに戻る仕事を探すべきなのだが、大仕事の後だ、無理をさせることもない。大半の連中にはこのまま休みを与え、指定した日にちまでにビムラに戻ってこい、そう指示して解散させた。


 受け取った商品代金の中から、団員たちに約束した金を渡してやると、彼らは喜び勇んで、夜の歓楽街へと飛び込んでいった。その中には、今日一晩でそれを使い果たす奴がいる、そのこともまた、間違いないだろう。




 次の日、俺は何名かと連れ立って、フェリーズの問屋街に向かった。このあたりは一般客ではなく、商人同士で商売をしている一角になっているので、どの店先もそれほど華やかにはなっていない。


 そのうちの一軒、テルイーム商店、という看板の懸かった、とくにこれといって特徴のない店に入った。


「ちょっといいかな」

「何だよ」


 呼びつけもしないのに、知らない傭兵が訪ねてきたことを、因縁でもつけにきたかと思ったのか、警戒を隠そうともしない中年の店主が、店の奥から顔を出した。


「いやな、ちょっと買い取ってほしいものがあるんだが」

「うちは一見の客からは買い取りはしてねえよ」

「まあそう言わないでくれよ、いっぺんモノを見てからでも遅くねえだろ」


 そう言って、表に曳いてきた荷車から、荷物を運ばせた。カウンターに積み上げられた袋は、ちょっとした山のようになった。


「俺たちじゃ、モノの値打ちはわからねえからよ、何だったらそっちの言い値で構わねえ」


 言い値、と聞いて、店主の目が輝いた。


 それぞれの商工ギルドでは、仕入れのルートは厳しく制限されていることが多い。だが、それを馬鹿正直に遵守している者もまた少ない。一回や二回、規則を破ったところで、直ちにギルドを除名されるわけでもない。モノの価値をわからぬ相手が、これだけの量の商品を持ち込んできたのだ、せいぜいタダみたいな値段で買い叩いてやらないと、そっちのほうが馬鹿だ。そう店主が考えるのも当然だった。


「……ま、見るだけだぞ。あんま期待すんなよ」

「ああ、そんなに状態も良くはねえからな、ちょっとでも金になったらありがたいだけだ」


 店主が袋を開ける。中から出てきたのは、芋洗傭兵団の連中から分捕った、衣服や靴の類だった。死体から剥ぎ取った物もあるので、穴が開いていたり、べっとりと大量の血で汚れているものも少なくはない。


 何だ、こんなものか、と店主の顔が残念そうになる。それでも金にならないわけではない、それらのものを、次々と吟味していく。


「………………む」


 やがて、何かに気づいたか、店主の顔色がだんだんと悪くなっていき、とうとうその仕分けの手が完全に停止した。


「何だよ、動きが止まってるぜ」

「……これを、どこで……」

「盗賊から奪い取ったものだが、それがどうしたよ」


 店主が手にしているのは、一枚の上着の、胸の刺繍の部分だった。それは、芋洗傭兵団の団員であることを示すためのもの、そして、ここの店主が何度も見てきたはずのものだった。


 ここに来る前、俺たちはフェリーズにある、芋洗傭兵団の溜まり場を襲っていた。と言っても、すでに逃げだした後で、誰もいなかったし、金目の物も持ちだされてはいた。しかしそこには、逃げる時には恐らく気にも留められなかったであろう、多くの書類、伝票の束が残されていた。


 俺にとっては、少々の金品より、そちらのほうがよほど重要だった。それらを調べたところ、前に奪われた古着の荷物は、この店に持ち込まれていたことが判明したのだ。それ以外にもこの店は、芋洗傭兵団の盗品、略奪品の換金を扱っている、そう疑うには充分だった。


「………………」


 店主はこちらの真意を測りかねている。俺が何を知っていて、何を知らないかは判断できないだろう、何を言っても藪蛇になりかねない、それを見越して、こちらも口を開いてやらなかった。


「……銀貨、五十枚で買い取ろう」


 長い沈黙に根負けしたか、具体的な金額を提示してきた。そこそこの量はあるとはいえ、もはや使いまわしもできないボロも含まれている、たかが古着の代金としては、かなりの高額だった。明らかに盗品故買についての口止め料が含まれている。そのことはこの店が所属するギルドにも、フェリーズの官憲にも、知られてはならないことだった。


 正直、口止め料まではそれほど期待していなかった。くれるというなら貰っておくが、俺の目的は別のところにあった。


「十日ほど前に、ここに持ち込まれたものも返せ」


 第一にはそれだった。これを取り返してやれば、失った信用を取り戻せる。むしろ、無事に運び終えていたときよりも、大きな信用となって戻ってくる。


「……もうない」

「だったら金でいい」


 俺はこの店と芋洗傭兵団との間で交わされた、前回の取引の伝票を取り出して見せた。そこに書かれた買い取り金額はおそらく相場の半分以下だ、実際はその倍は返却してもらうことになるだろう。


「……それで、黙っていてもらえるのか?」

「それから今後、山猫傭兵団ウチが持ち込んだものは、ここで買い取れ」


 これこそが、俺がここへ来た最大の目的だった。店主にとっては、得体の知れない連中が、芋洗傭兵団の後釜として乗り込んできた、その恐怖は拭い去れないだろうが、それでも断れるはずがない。渋面を作りながらも、頷くしかなかった。


「心配すんな、高く買い取れってわけじゃねえ、まっとうな値段で扱ってくれりゃ、それでいい。それから山猫傭兵団ウチ芋洗傭兵団あいつらみたいに盗品は扱わない、それだけは約束してやる」


 こっちの条件を飲んだ以上は、大事な取引先だった。盗賊相手でも商売をするような信用ならない相手だが、それぐらいは商人ならば多かれ少なかれありうることで、目を瞑れないほどでもない。向こうから裏切りを仕掛けてこない限りは、共存共栄を図るべき相手だった。


 一旦は受け取った口止め料、その分だけは、半分を返してやる。それだけでも、店主の顔色はずいぶんましになった。


 テルイーム商店を出てその後は、よその店にも回り、ベルケン商会の奪われた小麦の分も、きちんと落とし前をつけさせた。これで俺がフェリーズでするべきことは、全て片づけたことになる。




 他の団員たちは直帰させたが、俺は借りた軍馬を返すために、スカーランを経由したので、ビムラへの帰還は少しだけ遅くなっていた。


 この少しだけが、大きな誤算だった。


 貝殻亭に戻った俺を出迎えたのは、いつの間にか釈放されていた伯父貴と、知らない大勢の人の群れだった。


「戻ったぜ。牢から出してもらえたんだな」


 とりあえず、何はさておき伯父貴に挨拶をする。特に無体な扱いをされたわけでもなく、わりあいに元気そうだった。


「おう、三日ほど前にな。全く、娑婆の空気が恋しいったらなかったぜ」

「これで団長代理はお役御免だな」

「ご苦労だったな。しっかし、俺がいねえ間に派手なことやったみてえじゃねえか」

「まあな、ちゃんと仇は討っておいたぞ」

「ありがとよ」


 それから、人でごったがえす本部の中を見渡した。


「そんでこれは一体何の騒ぎだよ、知らねえ奴も交じってるみてえだが」

「んあ? ああ、新人だ。よろしく面倒見てやってくれ」

「はあああ!?」


 ――新人だと! このうろうろしている知らない顔の全員がそうだってのか!


「何だよ、お前が団員を増やすって言ったんだろうが」


 いやまあ、それはその通りで、俺が留守にしている間にも、入団希望者はここを訪れていたんだろうが、まさかそれを片っ端から採用したんじゃねえだろうな。


「余計なことすんなよ!」


 そう言ってしまいそうだったが、俺自身も伯父貴の了解を得ずして、土竜傭兵団の残党八十人を勝手に受け入れてしまっている、伯父貴ばかりを責めるわけにはいかない、……のだろうか?


「……全部で何人だ?」

「わからん。いっぱいだ」

「せめて数えとけよ!」


 来る者は拒まず、去る者は追わず、それが山猫傭兵団団長ガイアスバインの流儀であることは熟知していたが、新入団員の面接は俺が担当していたし、伯父貴には触らせるつもりもなかった。何より、触らせようにも本人は牢屋の中にいたのである。


 ――こんなことなら、付け届けをケチっとくんだった!


 ビムラ独立軍の牢屋番に賄賂を渡さなければ、伯父貴はもうしばらく出てこれなかったのかもしれないが、そんな愚痴も、今となっては後の祭りだった。


 後で数えてみたところ、山猫傭兵団ウチに所属していることになっている団員は、当初の想定を大幅に超えて四〇〇人近く、ほとんど倍になってしまっていた。


 これは、俺の仕事も単純に倍になったことを意味している。


 ようやく手伝いの人間には不自由しなくなってきたとはいえ、これだけの量を、俺なしで回しきることなどは到底不可能で、後任の事務長に必要な能力は、さらに高水準なものが要求されるようになっていた。


「今回入団させた中に、土竜傭兵団で事務をやってた奴はいないのか?」


 一縷の望みをかけて、イリバスに尋ねてはみたが、


「そいつはもうおりやせん。どうも地元の農業組合に入れてもらったみてえで、すいやせん」


 返ってきたのは、そんながっかりする答えだった。




「賞金をもらいにきたぜ」


 本当はソムデンとは顔を合わさず、別の奴から、さっさと金だけ受け取って帰ってしまいたかったのだが、傭兵ギルドに足を踏み入れた瞬間には、向こうの方から目ざとく見つけられ、いつものようにカウンターに座らされてしまっていた。


 仕方なくこいつに相手をしてもらう。


「ほらよ」


 すでに話は通っているはずで、必要ないとは思ったが、念のために持ってきていたネクセルガの頭を、机の上に転がした。もちろんそのままではない、なるべく臭いが漏れないように、何重にも布で包んでいる。それでもやはり、臭い。


「首実検は外でやったほうがいいぜ」

「いえもう、確認はとれてあります、その必要ありません」


 何だよ、せめてイヤな気分にでもさせてやろうと思ったのに。


「わざわざご持参いただきまして、ありがとうございました」


 いつものメイドに首を下げさせ、代わりに持ってこさせた袋を机の上にどさり、と乗せた。


「お疲れ様でした、こちらが賞金の銀貨一二〇〇枚になります、ご確認ください」


 ソムデンは芝居がかった動きで立ち上がり、恭しくお辞儀をしながら、高らかにそう言った。背後でファンファーレが鳴っていてもおかしくはなかった。


 銀貨一二〇〇、その言葉にギルド内の注目が一斉にこちらを向いた。


「やめろ! 物騒だろうが!」


 こいつを狙われて帰りに強盗にでも襲われたらどうする。


「おやおや、あのネクセルガ・ジーカーを倒したウィラードさんが、強盗なんかを恐れますか?」

「何だよ、そっちの処刑人ハンターに無駄足を踏ませた、腹癒せのつもりかよ」

「え? 何のことです?」

「とぼけなくてもいいじゃねえか、どうせこの賞金はもともとそいつらが持っていくつもりだったんだろ」

「ああ、そういうことですか。いえいえ、彼らはギルドの本部から派遣されてきた方たちですから、このビムラ支部の成績とはあまり関係ありません。私個人としては、うちの管轄の傭兵団に討ち取ってもらった、ってことで、直接の成績にはなりませんが、本部への覚えがめでたくなって、むしろありがたいといいますか。これぐらいでウィラードさんに喜んでいただけるのなら、私としても嬉しい限りです」

「だったらこんな目立つ渡し方しなくてもいいだろうが! もっとこっそりやれ!」

「あら、お気に召しませんでしたか。せっかくのお手柄なので、ここにいる皆さんにも知ってもらったほうがいいかと思いまして」

「余計なお世話だ」


 しかし気分が悪い、というほどでもないが、少々アテが外れた。


 この件に関しては、俺としては賞金うんぬんより、ソムデンの思惑を出しぬいてやった、という気持ちの方が大きかった。せいぜい悔しがる顔でも拝んでやろうと思っていたが、こいつにとってはさほど重要なことではなかったらしい。むしろ意に添わず、若干の得すらさせてしまっていた。


「でも山猫さんとこも儲かりましたよね?」

「…………儲かってねえよ」


 嘘をついてみたが、確かに儲かってはいた。


 どうしてこいつに知られているのか、あるいは単なる憶測であるのかもしれないが、今回の一連の事件で、山猫傭兵団ウチはかなりの利益を手にしている。


 現金収入は小麦の販売代金とその護衛料、あとは芋洗傭兵団の衣服以外にも、武器防具などを売っ払った分、口止め料その他、あとはどう扱うかは決めていないが、バイルゾンが乗っていた馬もいただいてしまっていた。それだけでもなかなかのものだが、それ以上に、これまでに芋洗傭兵団が持っていた商品故買の闇ルート、それをそっくりそのまま手に入れたのが大きかった。


 これがあれば、前回スカーランで手に入れた食糧のように、何らかの形で物資を手に入れたとしても、今後は商工ギルドを介さずして現金化が可能になる。


 もちろん大っぴらにやれることではないが、それでもうまくすれば、銀貨一二〇〇枚など霞んでしまうくらいの利益は生みだしていってくれるはずだ。


 ソムデンが俺に対して、陰謀めいたことを仕掛けていたことには納得いかないが、結果だけ見れば、こいつのしたことは、他の傭兵団がよだれを垂らして羨ましがるぐらいには、山猫傭兵団ウチに結構な恩恵をもたらしてくれているのだった。


「恩に着せるな」

「着せてませんよ、これからも仲良くやっていきましょう、ってことですよ」


 ――わからん。


 こいつがどれほど本気でそう言っているのか、まったくわからない。本気で親切だと思ってやっているような節も、ないことはないのだが、もしこの親切を受け止めるのが、俺以外の奴であったならば、そいつはとっくの昔に潰れてしまっているだろう。


 俺を見込んでやっているのだとしても、途轍もないぐらいの有難迷惑だった。


「邪魔したな」


 今日のところはあまり長居もしたくはない、新入団員の登録手続だけを済ませて帰ろうとすると、


「あ、それから」


 ――来た。


 こいつが帰りがけにかけてくる言葉ほど、怖いものはなかった。今日ぐらいはナシにしてくれ、そう思っていたが、甘かった。


 嫌なことを言われる、その予感がひしひしと感じられた。耳をふさいで逃げだしたいぐらいなのだが、これを聞かないでいるのも、また恐ろしい。


「あまりおめでたい話でもないんですが、山猫さんにとってはおめでたいのかな、と思いまして」


 その前置きはこちらにとっても、いかにもおめでたくなさそうな話だった。


「前々から危ないかな、と思ってた花篭傭兵団なんですが、ウィラードさんのいない間に、ちょっとしたごたごたがありまして、どうやらいくつかに分裂してしまったようなんですよ」

「!!!!!」

「というわけでして、これで山猫さんのところが、名実ともにビムラで一番の傭兵団になりました。いえ、やはりおめでとうございます、と言っておきましょう」

「めでたくねえよ!」


 案の定聞きたくない話だった。


 俺の本音を知ってか知らずか、間違いなく知った上で、わざとらしく拍手までも贈ってくれた。何のことかわからぬまま、中に居合わせた連中がそれに同調し、フェリーズで受けたものとは比べ物にならないぐらいの、くだらない拍手の渦を背に受けながら、俺は傭兵ギルドを後にした。




 事務長に就任してからわずか半年、山猫傭兵団ウチは望みもしないまま、ビムラ最大の傭兵団の座にまで登りつめていた。


 これは、今後は俺たちの動向が、逐一傭兵業界全体に注目されるということだ。それによって得られる利益もあれば、業界の代弁者となって責任を負わねばならない場面も出てくるのだろう。その責任を放棄すれば、傭兵ギルドも含めて総スカンを食うことも、また間違いない。


 この先、俺たちにどんな運命が待ち受けているのかはわからないが、代わってくれるものは誰もいない状態で、さらに俺の仕事が増え、多大な迷惑を蒙ることだけは、ほぼ確定していた。


 懐に抱えた革袋の重さは、本来喜ぶべきものであるはずなのに、それがまるで、足枷の重りのように感じられたのは、因果な話だ。


「やってやろうじゃねえか! ど畜生が!」


 そう開き直るためには、一度寝て起きるぐらいの時間は、必要なのだった。

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