第四章 未踏の場所

第四十一話 ソムデンの来訪


 芋洗傭兵団との抗争後、我が山猫傭兵団が、ビムラ最大の傭兵団となった。

というか、図らずもそうなってしまったことを、ソムデンに告げられたわけだが、俺はそれを自分の胸の中だけに秘めて、他の誰にも話すつもりはなかった。


 うちの団員がそれを知ったところで、威張るかサボるか調子に乗るか、いずれにせよロクな未来が想像できなかったからだ。


「ビムラ一の山猫傭兵団の名を汚さぬよう頑張ります!」


 などと殊勝なことを言える奴が、団員の中に一人でもいるようなら、ありがたい話なのだが、そんなことは初めから期待するだけ無駄だ。


 だが、そう長い間隠し通せるわけがない。俺の気遣いもむなしく、半月後には、そのことは全団員に知れ渡ることとなった。


 誰あろうソムデンその人が、祝いの挨拶に来たからだ。


「お邪魔いたしますよ」

「来なくてもいいのに」


 とは言えなかった。新入団員も多く加入している、その手前もあって、ここのところ俺の言動は妙に縛られている。この場では率先してお行儀のいいところを見せなければならなかった。


「この度は御足労いただきまして、まことに恐れ入ります。どうぞお入りくださいませ」


 平素とは違う俺の態度に、ソムデンの口元がわずかに綻んだ。


「ご立派なもんじゃないですか」

「うるせえ」


 この会話は、目と目で交わされたものだ。事前に使いの者が訪れていたので、不在を決め込むこともできなかった。


 この訪問もまた、異例のことなのだろう。


 傭兵ギルドと傭兵団の間には上下関係というものはなく、名目上はあくまでも対等な契約ということになっている。しかし力関係でいえば、これはもう比べるまでもなく、ギルドの方が圧倒的に上の立場だ。


 俺自身はその支部長様に向かって、わりあい好き放題に言ったりメシをたかったりしているが、これはまあソムデンとは歳が近いこともあって、舐められないための駆け引きをしているだけで、いざ本気でそっぽを向かれてしまうと、これはもう団の運営がたちまち困ることになってしまうのだ。


 傭兵団にとっては、ギルドは唯一無二の存在だが、ギルドからしてみれば、傭兵団の代わりなどいくらでもある。わざわざ機嫌などとってやる必要はなく、ギルドの方で用事がある場合でも、呼びつけられれば、どこの事務長でも団長でも出向かざるを得ない。


 であるにもかかわらず、特に具体的な用もないのにソムデンの方から足を運ぶ、このことの持つ意味は大きかった。内心はともかく、表面上はビムラの傭兵団、序列第一位を最大限に尊重する、それを態度で示したということになる。


「この度は、山猫傭兵団様のご繁栄、謹んでお祝い申し上げます」


 団長が待っている部屋に案内したところで、ソムデンはそう祝辞を述べた。あたりさわりはないが、その立ち居振る舞いは礼に適っている。若くしてギルドの支部長なんかを任されるだけあって、堂々としたものだ。


「ありがとよ、こっちこそいろいろと世話になったみてえだ、礼を言っとくぜ」


 主に応対をするのはもちろん伯父貴の仕事だった。


 この親爺が町一番の傭兵団になったこと、ギルド支部長の来訪を受けたことを、どう捉えているのかは、よくわからない。


 少なくとも、あまり重要事とも思ってはいなさそうなのは確かで、その態度は委縮などしていない、相変わらず堂々とはしている。ただしこちらは無礼とまではいかないが、礼には適っていない。


 俺はとりあえず隣に座って付き添っているだけだが、この二人の会話をそばで聞くのは、何が飛び出してくるかわからないだけに、いかにも心臓に悪い。


「今後はビムラ最大の傭兵団として、こちらからもご無理なお願いをすることがあるかも知れませんが、その折には何卒ご協力いただければ幸いです。ビムラの傭兵のみならず、ビムラ全体のために、共に手を携えていきたく思います」


 もちろん、ソムデンもただで頭を下げに来たわけではないだろう、何らかの狙いがあってのことに違いない。


 これは俺の見方が穿っているだけなのかもしれないが、見かけは恭しくへりくだってはいるようでも、言葉遣いが丁寧なだけで、内容はずいぶん勝手にも思える。要するに、仲良くするのでこれからも言うことを聞いてくださいね、ということを念押しされただけなのではないだろうか。


 その言葉に懐柔された、というわけでは決してないのだろうが、伯父貴はもともと頭を下げて頼まれればイヤだとは言えない性質だ、ろくすっぽ考えもせず、いつものように、


「ああいいぜ、困った時はお互い様だ」


 そう答えた。普通の奴なら、こんな言葉はただの社交辞令でしかないのだが、この親爺に関しては、一度口にしたことを反故にはしない、そういう性分を持っているので、これは言葉通りの意味になる。


 向こうから無茶な要求や、裏切りを仕掛けてこない限りは、山猫傭兵団ウチはギルドの意向に沿って動くことになるだろう。それを実際に行動に移さなければならない立場の俺にしてみれば、とんでもなく迷惑な話だった。


 ロクなこと言いやがらねえ、そう思ったが、


「ただし――」


 伯父貴にしては珍しく、条件をつけた。


「今言ったことだけは守ってもらうぞ。そっちの頼みを聞くのは、傭兵のためになることと、町のためになることだけだ。こいつは銭勘定とは別口だ、俺とこいつが――」


 そう言いながら俺の頭をぺしぺしと叩く、やめんか。


「ためにならねえ、と思ったことは絶対やらねえ、それでいいか」

「もちろんです、お約束しますよ」


 幸いなことに、決定的な言質を与えることにはならなかった。人前で頭をはたかれた分は、それで不問にしておいてもいいだろう。




 結局、面会自体は、ごく短い時間で終わった。


 腹を割った話があったわけでもなく、去り際のソムデンはもの足りなさそうだったが、伯父貴としては、面倒な話になる前に切り上げてしまいたかったのだろう。


 しかし俺としても、消化不良ではあったのだ。ソムデンがどういうつもりだったのか、伯父貴とあの程度の口約束を交わしただけで、それでよしとしたわけでもないだろう。


 これまであまり真剣には考えてこなかったが、あいつがどういう思惑で動いているか、そのことを見極めなければ、今後再びどれほど大きなヤマを踏まされるかわかったものではない。自分に関して言えば、もう二度とネクセルガのような強敵と対峙させられるようなことは御免蒙りたかった。


 山猫傭兵団ウチがここまで大きくなったのは、それを意図したわけではないにせよ、俺のしてきたことの成果ではあるだろう。しかし何分の一かは、ソムデンが意図してそれを仕掛けてきたためでもある。


 その理由が何なのか、俺は知らなければならなかった。


 少しだけ考えた後、俺は辞去したソムデンの後を追うことにした。


 傭兵ギルドまで押しかけるつもりはなく、近場で見つからなければまた別の機会に、そう思って急いだりはしなかったが、貝殻亭からあまり遠くない道端で、その背中は簡単に見つかった。


「あら、ウィラードさん、何か忘れものでもありましたか?」

「……ああ、大ありだ。あんた、俺たちに何をさせるつもりだ」


 まどろっこしいことは言いっこなしだ、ちゃんとした答えが聞けるとは思わなかったが、俺は自分の疑問を真正面からぶつけてみた。


「……それはこちらが訊きたいのですが」

「は?」

「ウィラードさん、私としては、あなたがどうしようと考えているのか、そのことがビムラの行く末に大きく関わってくる、そう思っているのですが」


 質問に対して質問で返す、また煙に巻こうとしているのか、そう思ったが、その目はいつになく真剣だった。


 ただし、言っている内容はよくわからない。だが、よくわからないながらも、その言葉だけは、俺の胸にずしり、と響いた。


 ――何だってんだよ。


 俺がどうしたいかなどとは、今さら問われるまでもない。さっさと自分の仕事を片付けて、王立大学院アカデミーに戻りたい、そう思っているだけだ。そのことはソムデン自身も知っているはずのことだった。


 それでも、そんなことを問われているわけではない、ということもわかる。俺自身の考えの中に抜け落ちている部分がある、それを指摘されたのだと思った。しかし、自分の中にはその問いに対する答えはなかった。


「………………」

「はあ……まあ自覚がないのは今さら、というか、大物なのだからでしょうが、ウィラードさんはもう少し、正しくご自身を省みられたほうがいいかと思いますよ」

「どういうこったよ、あんた一体俺のことを何だと思ってんだ」

「言いませんよ、言ったら怒りますもん」

「怒るようなこと思ってんのかよ!」

「いえいえ、そういうつもりはないのですが」

「じゃあ言えよ、怒んねえからよ」


 そこでソムデンは、少しだけ思案するそぶりを見せ、そして笑いながら言った。


「ウィラードさんのことは、弟みたいに思ってますよ」

「バッ! 何だよそれは!」

「ほら、怒ったじゃないですか」

「怒ってねえよ!」


 怒ってはいない、のだが、意表を突かれて驚いたことには間違いはない。


 ――どういうつもりだよ、気持ち悪りいな。


 冗談なのか、はぐらかされたのか、その意図は読めない。それでも、単なる親愛の情を示したなどとは信じられるわけもなかった。少なくとも俺の方でソムデンを兄貴のように慕ったことは一度もない。


「まあそんなに警戒しないでください」

「するわい」

「それでも、私の方に害意はない、それだけは信用してくださって結構ですよ」

「害意があろうがなかろうが、もう危ない橋は渡りたくねえんだよ」

「おやおや、確かにその橋を用意したのは私かもしれませんが、渡ったのはウィラードさんご自身ですよ」

「だから――」

「渡らない、という選択肢もあったんじゃないですか?」

「――――!」


 それは、盲点だったのかもしれなかった。


 俺はこれまで、自分が為すべきことを為してきたつもりだった。しかしそれは、周りを見渡したところで、誰もしていないことでもあった。


「誰も渡らない橋を渡る人は、誰も行ったことのない場所に行くしかないじゃないですか」


 ソムデンが最後に言い残したその言葉の意味を、俺が噛みしめるのは、もうしばらく先のことになる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る