第四十二話 ビムラ中央会議


 ソムデンの来訪後、幾日もしないうちに、今度はビムラ中央会議の方から呼び出しがかかった。


「せ、正式な、しょ、召喚というわけではございませんが、ぎ、議長、及び幹部の方が会食の機会を求めておられます」


 ――まあ、そうだろうな。


 このこと自体は予想していた、山猫傭兵団ウチがビムラの最大手となったからには、避けては通れぬことだ。このまま捨て置かれる、そう考える方がよほど甘い考えだっただろう。ソムデンの働きかけがあったのかもしれないが、それがあろうとなかろうと、このことは早期に実現していたはずだ。


 これまでビムラ独立軍からの仕事は何度か請けてはいたが、団長が拘束される、という不祥事があって以降、気まずくてこちらからの接触は避けていた。


 商工会とはもともと繋がりはないし、長老会からは、ブロンダート殿下を逃がした件もあって、睨まれるとまではいかないものの、嫌われてはいたはずだった。


 要するにビムラの行政機関との関わりは薄かったわけだが、段階を踏まずして、それら個別の部署を飛び越え、いきなりその代表が接触を求めてきた、ということになる。


 ――山猫傭兵団ウチも立派になっちまったもんだ。


「そそ、そちらの、ご、ご予定は、いか、いかがでしょうか」


 こちらの都合を聞きに来た若い使者は、見ていて気の毒になるほどおっかなびっくりだった。


 知り合いならともかく、そうでない傭兵団、しかも最近のしてきた連中の本部など、どれほどの荒くれ者がいるのかわかったものではない、普通の役人なら、腰が引けるのも仕方がないだろう。


「オンドリャー! 用事があるならそっちから来やがれ! この唐変木が!」


 などと、怒鳴りつけて遊ぶのは心の中でだけにしておいて、


「わかりました、近いうちにお伺いさせていただきますと、お伝えください」


 気を遣って丁寧な応対をしてみせた。それでも安心はしてもらえなかったようで、こちらの返事を聞くや否や、使者はそそくさと逃げるように帰っていった。


 しかし、俺としても、その用件を聞くまでは、それなりに内心はビクビクしていた、というのもまた本当のところだった。


 山猫傭兵団ウチが調子に乗る前に、向こうの方から先んじて、何らかの釘を刺しにくる、ということは充分に考えられたからだ。


 こちらとしても、後ろ暗いところがないわけではないのだ。


 団員の乱暴狼藉は、このところ減ってきていたとはいえ、なくなったわけではない。さらにはいきなり大所帯になったのだから、目の届かない所も出てきている、誰かが何かをしでかせば、それは単純にこちらの弱みになる。


 そうでなくとも、付け入られるような隙は、いくらでもある。ここのところ、刃傷沙汰は多くあったわけで、それらのことは、黙認という形になってはいるが、傭兵同士の揉め事だから放っておかれているだけで、違法であることには間違いない。


 町の治安を守る独立軍が、本気で捜査に乗り出せば、下手人の一人である俺は、逮捕拘留は免れられない。直ちにそうされることはないにしても、そうしないことと引き換えに、何らかの要求をされることは、充分にありえた。


 正式な呼び出しなら、おそらくその線だったのだろうが、私的な会食であるならば、そうである可能性は薄い。ひとまずは単に誼を通じ、情報収集や、こちらの出方を探るといった意味合いの方が強いだろう。


 もちろん、楽観などは決してできたものではないが。


「まあ手綱を握りに来た、ってとこだな」

「番犬になるのは御免だぜ」


 傭兵には官憲を嫌う者が多い、伯父貴もその口だ。


 しかし俺には、


 ――番犬でもまあいいじゃないの。


 そんな気持ちが少なからずある。一度注目されてしまったからには、孤高を気取るにも限度がある。誇りを売り渡さない程度には、尻尾も振って見せなければならないだろう。


 ――野良犬よりはましな飯が食わせてもらえるぜ。


 そこまでは自分たちを貶めたくはない、そんなことをしなくても、今でも充分に飯は食えている。だが飼い馴らせないと思われてしまえば、人に危害を加える野犬として、駆除の対象に挙げられてしまうだろう。面従腹背も処世術のうちだ。


「行きたくねえ」

「こないだパクられたこと、根に持ってんのかよ」


 だがその本心を伯父貴に悟られては、またも大目玉を食らってしまう、ここは混ぜっ返してみせた。


「バカぬかせ、そんなこたあもうどうだっていいんだよ」

「じゃあ行くしかねえじゃねえか、ここで断ったら、喧嘩を売ってるのと同じだぜ」

「売ってやりゃあいいじゃねえか」

「いいわけあるか」


 向こうが強硬手段に出てくるならば、次にパクられるのは俺だ、ということがわかってんのか。


「ま、行くんならお前だけで行ってきな」

「そんなわけに――」

「どうせあちらさんのお目当てはお前だよ、俺みたいなロートルが行かなくても、文句なんざ出てこねえよ」


 ――今どきロートルとか言わねえよ。


 伯父貴の自嘲はさておき、それは確かにその通りかも知れなかった。山猫傭兵団ウチはこれまで長らく、中規模の傭兵団に過ぎなかったわけで、それが突如として躍進した原因が俺にあると思うのは、自意識過剰ではあるまい。


 向こうもある程度は調べが付いているだろうが、さらに山猫傭兵団ウチのことを知りたいならば、それは必然的に俺のことを知りたいということになる。


「む……」

「まあ行って、せいぜい男芸者の真似事でもしてくりゃいいや」


 なんでそんな余計なこと言うんだ、腹立つなあ。




 いろいろと考えてはみたが、結局は俺一人で呼び出しに応じることにした。


 団長が行かないというのは、いささか礼を失することにはなるが、向こうが私的な会食だというのならば、それに甘えてしまって、俺が名代を名乗るのも許される範囲ではある。


 それに、俺に何かをさせたいならば、やはり伯父貴の命令なり何なりが必要になってくる。姑息ではあるが、団長の与り知らぬところで、俺が何かを押し付けられることになったとしても、最終的には伯父貴の一存でそれをひっくり返してしまえる、そういう計算があった。


 ビムラ中央会議の庁舎、ここには何度か訪れたことはあるが、その最奥まで案内されたのは初めてである。その中は無機質な厳めしさ、といえばいいのか、貧乏くさいわけではないが、決して華やかではなかった。


 俺が通されたのは、議長室や本会議場ではなく、併設の応接室で、そこには三人の男たちが待ち受けていた。


「初めまして、エルツマイユと申します」


 部屋に入るや否や、一番偉そうな髭モジャが、席を立ってこちらに握手を求めてきた。


 もう半年以上もビムラで暮らしているのだ、さすがにそれが誰であるかぐらいは知っている。この男こそが、ビムラの最高権力者、ビムラ中央会議の議長だった。


「山猫傭兵団の事務長を務めさせていただいております、ウィラード・シャマリでございます。この度はお招きに与りまして、誠に光栄に存じます」

「お若いですな、お幾つになられますか」

「二十二になります。若輩でございますゆえ、閣下にはご指導ご鞭撻を賜られましたら幸いでございます」

「いやいや、私などが何をせずとも、ご立派にできておいでではないでしょうか。王立大学院アカデミーのご出身というのも伊達ではございませんな」


 ――さすがにそれぐらいの調べはついてるか。


 それぞれの者と自己紹介を済ませると、すぐに昼食会は始められた。


「そちらの勢いは、お盛んなようですな」


 エルツマイユは、最初の挨拶からずっと、こちらを侮るような様子は見せなかった。ビムラ中央会議の議長は、長老会、商工会、ビムラ独立軍から選出された代議員による互選で選出されるが、基本的には、最大勢力である商工会の代表が代々その地位を占めている、金のあるところは強いのだ。


 エルツマイユも、本質的には商人であるのだろう、商人というものは、偉くなればなるほど、あえて敵を作ろうとはしない。その内心はどうであれ、腰だけは自然と低くなるものだ。


「いえ、運が良かっただけでございます」


 もともと一番など目指していなかったのだから、謙遜でもない。むしろ無理やり一番に据えられてしまったことは、運が悪かったとすら思っている。


「だが、我々としても、そちらの活躍は聞き及んでいます」

「恐れ入ります」

「ブロンダート殿下の護送任務の件もあったからの」


 口を挟んだのは、長老会の会長、ムーゼンだった。この場ではおそらく最高齢ではあるが、長老会は別に老人会という意味ではない、それは大地主の連合のことだ。


「それにつきましては――」


 弁解しようとしたのを、手で制された。


「よいよい、別に遺恨とも思ってはおらんよ、ぬしらはおのれの務めを果たしただけで、その後のことは、パンジャリーの失態じゃ」


 しえしえしえ、と歯のあまり残っていない口で、ムーゼンは笑った。


「あの時はパンジャリーの機嫌を損のうたかと思うたが、情勢を鑑みるに、結果としてはそう悪くはないからの」


 パンジャリーの歓心を買わねばならないのは、それが一枚岩であったからであって、その後紆余曲折を経て、現状のように東西に国が分割されてしまった以上、どちらのパンジャリーにとっても、ビムラの価値は高まったといえる。西パンジャリー側から圧力がかかるような心配はもはやない、今やどちらにより高く恩を売れるか、その段階に来ている。


 俺が長らく気に病んでいたことは、これで不問にされたとみていいだろう。


「自分たちの倍の盗賊を退治したらしいな」


 これは、ビムラ独立軍の大将軍、グリッセラーの言葉だった。年齢は五十の前後か、その筋骨は隆々とした現役の武人である。こいつにしてみれば、傭兵なんぞは新兵以下の木っ端に過ぎない、少々の功があったところで、粋がることは許さない、とその目が語っている。


「運悪く連続で襲われまして、これ以上の損をさせられてはならじと、必死で防戦いたしました。相手にとっても、思わぬ抵抗に驚いたのでしょう」

「……左様か、ご苦労だったな」


 口ではそう言われたが、俺の説明に納得がいっていないことは、ありありとわかった。俺本人が嘘くさい説明だと思っているのだから、あたりまえだ。


 退治するとかしない以前に、ただの輸送警護の傭兵が、倍の人数を相手に戦った、ということが異常なのだ。いかに生活のためとはいえ、傭兵がその仕事に命まで賭けるわけがない。


 ただしグリッセラーの方でも、無理にでも納得せざるを得ない事情がある。彼の立場からすれば、倍の兵力に挑み、なおかつ勝てる傭兵団がある、ということは認めたくないだろう、それは正規兵の専売特許であるべきだ。俺としても、そのことはいずれバレるとしても、なるべく先のことであってほしい、奇しくも両者の思惑は一致し、それ以上の追及をされることはなかった。


「しかしそれでも、並の腕ではないのでしょうな」


 話の主導権は、再びエルツマイユに戻った。


「当方には比類なき豪傑がおりますゆえ」


 豪傑、という言葉に、グリッセラーの眉がひくついたが、これもまあ仕方のないことだ。


 個人の武勇においても、正規軍が傭兵に遅れをとるようなことはあってはならないはずだ。その対抗心を向けられるティラガ、ディデューンなどには申し訳ないが、ここは山猫傭兵団ウチの強さの根源を、単なる個人の武勇に由来することにしておいたほうがいいだろう。傭兵が自らの腕を誇ることは、何もおかしなことではない。


「東パンジャリーにフェリーズ、その力を他国にばかり利用されるのは勿体ないですな。今後はビムラのためにこそお力をお貸し願いたい」

「我々は傭兵でありますから、雇い主のために働くのは当然でございます」

「ふふ、せいぜい高く買わせていただきますか」

「いえ、そのようなことは。適正な報酬をいただけるのでしたら、なるべく長いお付き合いを、と思っております」

「なるほど、シャマリ殿は傭兵よりも、商人の方が向いておられるかも知れませんな」


 それとも、とエルツマイユが続けた言葉に、俺は戦慄した。


「将来はビムラ中央会議の議長ですかな」

「……ご冗談を」


 本気ではない、むろん冗談、ではあるが、長期的には冗談でもないのかもしれない。それはこれから見極める、とその目が語っているようにも思えた。


 同時に、ビムラの秩序を乱すようなら、排除も辞さない、その意思も垣間見えた。


 ビムラ中央会議の議長は、最高権力者ではあるが、絶対権力者ではない。その権能は、王には遠く及ばない。だが、並の宰相どころでもまたないのだ。今まで意識したことはなかったが、それは男が一生を費やして目指すにふさわしい場所であるのかも知れなかった。


 俺にその冗談を飛ばした男は、それを成し遂げ、平民としては大陸最高の権力を持ちえた人物の一人でもあるのだった。そのことは、血統によって権力を手にすることよりも、はるかに価値があることではないのだろうか。


 まだまだ役者が違う、とそう思わざるを得なかった。


 会食を終え、家路についても、心の震えは、まだ収まりを見せなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る