第三十六話 これが突撃だ!
――援軍。
来るかどうかは疑問だったが、半ば予想していたそれは、包囲に近い挟み撃ちの形で現れた。それはやはり百には少し足りないぐらいだろうか、これで敵の数は単純に倍に増えた。
相手は前回の襲撃時よりも、さらに多くの人数を揃えてきたことになる。
兵力差は二百対八十、相手がこちらの二十が戦力にならないことを知らなくても、勝利を確信するのには充分だろう。
ただ、そこまでするか、とは思った。
単に輸送しているものを奪うつもりならば、初めから一斉に来ればいいだけだ。奇襲ならまだしも、包囲までする必要ない。
――ここで俺たちを潰すつもりだったか。
これまでのことに味を占めて、こちらの財布のみならず、命までも狙ってきた。この機会に
俺たちが抵抗するならばもちろん、これまでのように逃げていたとしても、増援の連中がその背後を襲う、そういう段取りだったのだろう。ならば増援にこそ主力を配している可能性が高い。
ただ向こうの誤算は、こちらの戦力を見誤っていた、そのことに尽きる。
俺が単なる傭兵同士の喧嘩を想定していたならば、そのような負け戦、初めから受けて立つわけがないだろうが。それとも、俺を何の勝算もなしにこの場に立つような馬鹿だと見くびっていたか、そうであるなら、その報いはくれてやらねばならない。
少々手違いがあったものの、現在の戦況は再びこちら優位に傾きつつある。
これまでに戦っていた敵は、援軍の到来を察知したことによって、若干の士気を回復させたように思えるが、その頼みの綱が荷車の列を越え、ここまで到達するには、まだ少々の時間がかかる。
「こっちはそれまでに潰して、それからあっち側だ」
「心得た」
それじゃお先に、と言い残し、ディデューンは再び隊を分け、敵中へと飛び込んだ。自分の隊も少し距離をとってから、後方を追いかける。
――その戦いぶりを、見せてもらおう。
これは実戦の中で指揮を学ぶ、いい機会だった。あいつ自身、教えてやる、見て覚えろ、とそのつもりがあるのかもしれない。
ディデューン隊はさっきまでの敵陣を切り裂くような動きではなく、確実に敵兵を減らしていくような動きに変化した。
その速度は、早くはないが、確実だ。敵が逃げる方向を予測して、距離を詰める、無駄な動作はひとつもなく、槍が一閃するたびに、そこから血煙が上がる。負傷して離脱しようとする敵に止めを刺そうと、隊列から離れるような者は、もういない。
しかし向こうも、ある程度は学習したか、ディデューンの隊に一旦は追い散らされたのち、その最後尾に食らいつくような動きを見せ始める者も現れた。
だがそのような真似をしたところで、脅威にはなりえない。指揮されたわけでもなく、集団で動いているわけでもない、たかだか一人や二人が勝手に思いついて、実行に移しただけのつまらない反抗に過ぎない。
今度は俺がそれを餌食にした。
ディデューン隊に追いすがる敵を、背後から的にかける。俺たちの接近に気づいたところでもう遅い、片っ端から馬蹄にかけ、突き倒し、踏み潰す。
「おらおらおらおら!!」
威嚇の声を上げ、士気を削りながら、そうしてティラガ達の戦っているところまで隊を進めた。
大丈夫か、そう声をかけるまでもなく、大丈夫そうなことはわかった。
ティラガは黙々と大剣を振り回し、一度に二、三人を相手になお有利に戦っている。
「しゃあ!」
たまに気合の雄叫びが上がる、それは敵兵を討ち取った合図でもあるようだ。
驚いたことに、俺たち二人の隊はそれぞれ数名を失ったにも関わらず、ティラガ隊はこの戦場の中央にあって、その人数を減らしていなかった。
それどころか、増やしてもいた。俺たちの隊からはぐれていた連中の何人かは、救出され、ティラガの指揮下に入っている。その槍の列は、隊長の背後に敵が回り込めないように動き、時おり迂闊にもその射程に入ってきた敵に対しては、一斉に突きかかって仕留めてもいる。
「……凄えな」
大したもんだ、何というか、言葉がない。戦闘前にあんな弱気な発言をしていたとは思えないぐらい、隊全体が生き生きと戦っていた。
敵としても、この時点ですでに意気は阻喪している。およそ三倍から五倍の人数でかかって、ティラガ本人はもちろん、それ以外の一人も倒せていないのだ、生きた心地がしていないに違いない。生きた心地がしないまま、次々と死んだ心地にされてしまっている。
それでなお、ここに留まって戦っている理由は、むしろティラガのほうで逃がさないように動いているからだった。こんな怪物を相手に、ここで背を向けることはさらに恐ろしい、どことなく滑稽ではあるが、仕方なく死への順番待ちをしているようなものだ。
「蹴散らすぞ」
「ああ」
ディデューン隊とともに、ティラガ隊に群がる敵に攻撃を仕掛けた。これは倒すための攻撃ではなく、それこそ散らすためだけの攻撃だ。
このままティラガ達を放っておいても、そのうち敵を全滅させることができるだろう、だがそれには少々時間がかかりすぎる。増援が迫っているのだ、そちらへの対処を早急にしなければ、荷物を守っている連中が危ない。
「何で邪魔するんだ」
「時間がねえんだよ、今度はあっちだ」
せっかく気分よく戦っているのを中断させられた、という抗議の声に対して、近づいてくる援軍を指さした。
「新手か」
「気づいてなかったのかよ」
「すまん、次から気をつける」
「そうしてくれ」
とは言ったものの、こういうことはそう何度もやりたくはない。次の機会があったとしても、行くのはお前らだけでやってくれ、そう思った。
ティラガ隊の周りの敵を一掃したことで、彼我の間に少し距離ができ、そこでようやく、敵に逃げる余裕を与えることができた。
もう向かってくる者はいない。すでに敵兵たちは、こちらに背を向けて一目散だ。いくらかは戦場外への遁走を試みるが、その大半は荷車の列を迂回するようにして、増援との合流を果たそうとしていた、それこそが俺の狙いだった。
敵の増援からしてみれば、俺たちに当たるつもりで接近してきて、そこに味方に逃げ込んでこられれば、少なからず混乱する、そこを間髪入れず攻撃を加える。うまくすれば、一方的に殴り放題の状況を作れるだろう。
逃げている連中の後ろを、追いついてしまわないように、速度を落として追いかける。そのことは、何も言わずとも、二人には伝わっていた。
ディデューンは初めから、ティラガも実戦の中でこのあたりの勘所を掴みつつある。
――頼りになる。
改めてそう思う。俺はもしかすると、ものすごい奴らを従えているのかもしれない。
敵兵たちが、庇護を求めて援軍の中に飛び込もうとする、それを追いかけて、俺たちの三隊が一斉に突撃を試みる、それがもう少しで交錯しようかという時、荷物を守る部隊から人影が飛び出した。
その影は、一台の荷車、それに乗せられた袋の山の、さらにその上に立った。
ここで用意していた一つの策、当たるかどうかまではわからないが、外れてもともと、当たればほとんど勝負は決まる。
この任務に先立って、俺はイリバスと話をする機会を設けていた。
この親爺については、ある程度期待もしていた。仲間にしてからの仕事ぶりを見る限り、
初めて会った時には、しばらく飯も食っておらず、みすぼらしいことこの上なかったが、たっぷりの食べ物とわずかの休養を与えると、たちまち活力を取り戻し、もともと持っていた威厳のようなものまでも、垣間見えるようになった。
ただ今回の任務に加えるには、いささかの懸念があったのだ。
「イリバスさん、呼び出して済まねえな」
「や、若旦那、さん付けはやめてくだせえ、呼び捨てで結構でやす」
「そっちこそ若旦那はやめてくんな、次からは事務長で呼んでくれよ」
呼び出されて俺の部屋を訪れたイリバスに、椅子を勧めた。俺や伯父貴に対してやたら卑屈なのは変わっていないが、下手をすれば三倍ほども年嵩の相手に向かって、居丈高にふるまえるほど、育ちは悪くないつもりだ。
「あっし、なんかやっちめえまいやしたか?」
「いや、そんなんじゃなくてな、今度の仕事の話なんだが」
「へえ、仕事をいただけるんでしたら、どんなもんでも文句なんてありやせん。拾っていただいた分の恩は、ちゃんと返させてもらいやす」
「……その言葉に嘘はないのはわかってる、だが今回ばかりは、あんたの気分が乗らないのなら、断ってもらって構わない」
そこで俺は声を落とした。今から彼には、非情なことを伝えなければならない。
「あんた、もとの子分たちと戦えるか?」
「…………一体、どういう話でやすか?」
「うちの輸送隊が襲われているのは聞いてるな?」
そんなことは自分たちの恥でもある、あえて団員に周知すべきことではないが、口止めもまたしていない、団内の噂でイリバスの耳にも入っているはずだ。
「それは……聞いてやすが……」
「やったのは芋洗傭兵団の連中、そして、あんたのもとの子分連中が、その手先になっている」
「――――!!」
言い切ってはみたが、それは確証あってのことではない。ただし、確信はあった。
土竜傭兵団の残党の多くが、芋洗傭兵団に吸収されていることまでは疑いがない。ならばその連中がぬくぬくとさせてもらっているかといえば、そんなことはありえない。どうせ行き場のなかった奴らだ、足元を見られて、きつい任務や、汚れ仕事を押し付けられているに決まっていた。
その上で、悪党どもが結束を深める方法は、一緒に悪事を働くことだ。立場の弱い連中が、盗賊の片棒の、しかも重い方を担がされてしまえば、それが足枷になって、もはや抜けようにも抜けられなくなる。
「…………マジですかい」
それはイリバスにとっても衝撃的なことであったようだ。
「あっしが至らないばっかりに、うちの子分どもがご迷惑をかけて、申し訳ありやせん」
そう言って深々と、それこそ頭が地面につくほどにも下げる。
――それはまた違うんだがな。
その思い違いをわざわざ訂正してやるまでもないが、土竜傭兵団がそんなことになったのも、俺たちがそうと知らずに潰してしまったからであるわけで、これに関してはこっちが悪いとまではいえないが、ある程度は申し訳ないとも、仕方ないともいえる。
「そんなわけで、あんたの腕は買ってるが、気が進まねえんなら、今回は外れてくれても構わない」
「……いえ、行きやす」
わずかの沈黙ののち、イリバスは即答した。
「行って奴らの根性を叩きなおしてやりやす。もとの子分どもに盗賊みてえな、そんなお天道様に顔向けできねえようなことは、させてられやせん」
「………………」
ごくまっとうなことを言っているようだが、いまいち納得がいかない。
そもそも
そのことを正直に口にしてみると、イリバスはハゲ頭を自分でぺしぺし叩きながら、素直に謝ってきた。
「いや、面目ねえ、仰るとおりで」
それでも、もともと土竜傭兵団は、団員がそのような非行を働くのを、団として認めていたわけではないらしかった。それはまあ理解はできる。イリバスの言い分がどうこうというわけではなく、ひとところで腰を据えて傭兵団を構えている以上、あまり評判の悪くなるようなことはできないのだ。規律がなっていないところは、不思議とどうしても大きくはなれない、土竜傭兵団がそれなりの規模であったということは、少なくとも傭兵としては、ある程度まともな部類であった、ということを意味している。
「ですが、あのディデューンの旦那に仲間の
このあたりはさすがに傭兵団の理屈だった。自分たちに非があっても、仲間の命を取られてしまった以上、詫びを入れては沽券にかかわる。そこまでいけば、喧嘩の動機に是非はつけないらしい、傭兵らしく全く自分たちに都合のいい話だった。
そのイリバスが、荷台の荷物の上に乗って、迫り来る敵兵、その中にいるであろう、もとの子分たちに大声で呼びかけていた。
「おおおーい! てめえら! 俺だ! イリバスだあ!」
敵陣のおよそ半分に、明らかにそれとわかる動揺が走ったのが見て取れた。
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