第三十五話 これが突撃?



 東の丘よりわいて出た賊は、目視できる限り百人ほどになるだろうか。


 前回あった報告よりは少ない。それは報告が誤りだったのか、この程度で充分と数を減らしてきたのか、それとも別動隊でも用意しているのかは、いまだ判断はつかない。


 それでもこの段階ですでに、人数差はこちらがやや不利であることには間違いはない。


 それが一斉にこちらの輸送隊に向かって押し寄せてきていた。


 恐ろしいか、と問われれば、別に恐ろしくはない。予測していたことが起こっただけで、いざ敵を目の前に迎えた今も、それは変わらない。その程度の場数は踏んできていた。


 パンジャリー内戦で相対したものに比べれば、あんなものは軍勢ではない、強いて言うなら、大勢だ。まさに烏合の衆、隊列を組むこともなく、足の速い奴は前を、遅い奴は遅れて、それぞれが好きな武器を掲げて、てんでばらばらに走ってきているだけだ。


 彼らが起こす喊声だけは、一足早くこちらにまで届いている。


「元気だね」


 それしか取り柄がない、おそらくはそういう意味で、ディデューンが漏らした。それには全く同感だった。


「二回連続で勝ったんで、調子に乗っていやがる」


 これまでの成功体験で、嵩にかかってきているのだ。過去二回、あれを見ただけで、山猫傭兵団ウチの連中は逃げ出し、無傷で積み荷を明け渡してしまっている。それ自体は賢明な判断で、文句を言うつもりもないのだが、もうすこしどうにかならなかったのか、と思ってしまうのも、また事実だった。


 だが三回目はない。これまでに持っていった分は、利子をつけて返してもらう。もしくは命で払っていけ、そんな物をもらったところで何の値打ちもないが、それで勘弁してやる。


 ――それじゃあ、行きますか。


 そう思い定めたが、その心を読んだかのタイミングで、イルミナが声をかけてきた。


「行くんですか?」

「行くよ、行かんでどうする」

「あの中に例の刺客が潜んでいるかもしれません」

「いるのか?」

「さすがにここからでは」

「それじゃあ行くしかねえな、もし途中で見つけたら教えてくれ」


 心配してくれているのはわかる。それはありがたいが、お前を俺の背中に配しているのは、そういうことだ。敵なんか倒さなくていいから、俺が見えないものを、見ていてくれ。


 大将は後ろでどっしりと構えているべきだ、などとは、正規軍で言うべきことで、傭兵団の団長は、喧嘩には率先して飛び込まねばならない。今の団長は、不本意ながら、俺だった。


 ――まあ先頭ぐらいは、どっちかに譲ってやってもいいが。


 それも、望むならば、だ。ティラガもディデューンも、先陣の功が要らないようなら、俺がもらってやる。自分自身で見事に駆けてみせよう。


「行くぞ!」

「「おう!」」


 全軍の唱和に合わせて乗馬を棹立たせ、高らかに嘶かせる。


 こちらも動きを開始した、それぞれ十二、三名で構成された三つの部隊は、互いに距離をとり、別々に正面から敵陣に突入する構えをとった。


 残りの連中は荷物の防衛ということで、ひとまずは荷車の周囲からは動かず、隊列を組んで守りの体勢になっている。それらの指揮は、バルキレオに任せていた。


「誰かが危なくなったら、援護に突っ込んでくれ」


 という指示はしてあるが、そんな事態にはなる前には片づけてしまっておきたい。敵の数は予想以下だ、反対側から別動隊のようなものが来ることは、充分に考えられる。


 スカーランで雇った連中は、どうしようかと動きかねていた。


 彼らの任務はもちろん荷物の護衛だ、このように盗賊が現れた場合、建前上は戦わなくてはならない。だが現実には、護衛より多くの敵に襲われたとき、守って戦うような傭兵などいない、当然彼らも逃げるつもりだったに違いない。


 しかし俺たちが、何の躊躇もせずに守って戦うことを選択していた。そのことが、彼らを迷わせている。


 彼らに対しては特に指示などしていない。戦えと言ったところで、戦ってくれるわけではないだろうし、わざわざ、逃げろ、と言ってやることもない、だから好きなようにすればいいと思っている。さっさと逃げられてしまえば、敵を勢いづかせることになるだろうが、それも織り込み済みだ。


 こちらが逃げもせず、むしろ逆撃せんと打って出てきたことに、やはり向こうは少々戸惑ったようだ、その進軍速度がにわかに鈍った。


 当然だ、こいつらはこれまでに、何か勇ましいことをしてきたつもりで、実はなにもしていない、一方的に襲うだけだったのだ。無抵抗の者を襲う覚悟と、戦意ある者と刃を交える覚悟、そんなのは全く別物に決まっている。こいつらにその覚悟ができているとは、到底思えなかった。


 先頭に騎兵が二騎もいる、これも予想外だっただろう。軍需物資ならまだしも、傭兵の守る荷物に騎馬の護衛がいるわけがない。


 こちらがだんだんと速度を上げるにつれ、向こうの出足はさらに鈍った。吶喊の声を上げることも忘れてしまったようだ。


 後続がついてこられる最大の速度に達したが、ディデューンの隊も競うように、俺たちの少し前を行こうとする。ティラガも負けてはいない、徒歩でありながらも、その駆け足が遅れるようなことはない、開戦前に弱気なことを言っていた、そのことはおそらく完全に忘れてしまっている。


 互いの距離がなくなるころには、相手の足は完全に止まり、激突寸前には、俺の、ティラガの、ディデューンの正面に立とうとする者は誰もいなかった。われがちに槍先から、大剣の届く範囲から逃れようとする者ばかりだった。


 だから最初の突撃は、絵に描いたように綺麗に決まった。


「あああああああッ!!!」


 ほぼ同時に敵陣と接触した三つの部隊は、雄叫びを上げながらその中をまっすぐに貫き、簡単に背後まで達した。俺たちはそのまま走り抜け、充分な距離を取ってから反転する。


 それだけで敵軍は混乱し、あるいは恐慌までしているかもしれない。


 戦闘になること、俺たちの方から突っ込んできたこと、騎兵がいたこと、いくつもの予想外のことが続き、さらには敵陣の真っただ中を、突き抜けたことも予想外だっただろう。


 傭兵の喧嘩は、足を止めての斬り合い殴り合いが常識だ、おそらくこれまでにこんな喧嘩はしたことがなく、今何が起こったかには、全く理解が及んでいないに違いない。


 ただし、与えた被害自体は小さい。


 俺自身は突撃のさなか、逃げ惑う敵の一人二人を、槍でぶん殴っただけで、彼らはおそらく戦闘不能にすらなっていない。位置関係から考えて、俺に続いた連中が敵兵を討ち取ったとも思えない。


 だが、これを何度かくりかえせば、遠からず敵の士気は壊滅する、それで終わりだ。あとは我に返った奴から逃げ散っていくだろう。


 まだまだ向こうの方が人数は多いが、俺たちと輸送隊の護衛部隊に挟まれた形となって、いまだ立ち往生となっている。


 そこに三隊で再び突撃をかけた。なるべく敵が密集している部分を狙う、俺たちにはその余裕すらあった。


「おうりゃあぁぁぁぁぁ!!!」


 次もまた、馬前を遮るものは何もなく、幾人かには手傷を負わせることもできた。


「見たか!」


 往復で敵陣を貫き、もといた場所の近くまで戻ってくる。荷車の列を守る味方に声をかけ、その前で再び反転した。


 しかしその時、俺の隊の人数は半分に減っていた。


「はああ!?」


 こんなことはありえないはずだった。今の突撃も無人の野を征くがごとく、危ないことは、ひとつもなかった。


 敵陣を見ると、俺の隊にいたはずの何人かが取り残され、それぞれ一人で戦っていた。


「馬鹿か!!!」


 さっきの間に何があったかを、瞬時に悟った。


 彼らは逃げる敵を討ち取ろうと、勝手に隊列を離れたのだ。背中を向けて遁走する連中は、さぞかし絶好の得物に見えたのだろう。


 俺が危惧していたのは、こいつらが臆して、後ろをついてこない、そのことだけだった。最初の突撃でそれが杞憂に終わった、だから完全に安心していた。


 もともと難しい命令は出していない、


「とにかく俺の後ろを離れずに、ひとかたまりで付いて来い」


 それだけだった。敵への攻撃については、無理にしなくていい、槍の範囲内で届く奴だけ突けばいい、としか言っていなかった。


 ――まさかここまで馬鹿だったとは。


 一回目、そして二回目の突撃の途中までが、あまりにうまく行きすぎた。彼らは戦意が昂揚しすぎて、調子に乗ったのだ。隊としての強さを、自分の強さだと勘違いしてしまっていた。


「そんであの体たらくかよ」


 隊を離れた連中は、おそらく一人二人は討ち取ったのだろう、敵陣に何人かの敵兵が倒れているのが、その戦果だ。


 だが攻勢もそこまでだった。隊から完全に取り残された瞬間、周りを敵兵に囲まれ、身動きが取れなくなってしまっていた。槍を振り回して抵抗しているが、このままでは多勢に無勢、いずれ順番に討ち取られてしまう。


 見ればディデューンの隊も、人数が半減している。これも俺たちと同じことが起こったのだろう。


 ティラガの隊はさらにひどい。隊自体が敵のただ中に留まり、そこで乱戦になっていた。乱戦になったことで、敵は逆にそのことに集中し、広がりつつあった恐慌も収束に向かっている。


「マジかよ」


 あれだけ思い描いていたように、ずばりと決まった攻撃が、まるで無駄になってしまっていた。それどころか、このまま手を拱いていては、窮地にも陥ってしまう。


 再度の突撃をかけるべきだが、この人数では圧力が足りないかもしれない。自分の騎馬は抜けられても、後続がついてこられなくては意味がない。そこまでの判断をするには、今の俺にはまだ材料が足りなかった。


 ――ままよ、行ってみるか。


 考える時間が無駄だ、そう決断したとき、俺の一瞬の逡巡を見抜いたのか、ディデューン隊が近づいてくるのが視界に入った、これは合流せよということだろう。


 確かに一緒になってしまえば、少なくとも一隊分以上の働きはできる。


「しかしあれだな、傭兵とはこれほどまでに馬鹿なのだな」


 悠々と話しかけてきたディデューンには、焦りの色は見られない。この状況をおもしろいとすら思っているようで、羨ましいぐらいの図太さだ。


「初めからそうと知っていれば、もうちょっと殴って躾けておいたんだが」

「まあ今さらだ」


 俺も山猫傭兵団ウチの連中の馬鹿さ加減が、これほどまでであったことは、たった今知ったばかりだ。あらかじめ教えられるわけもなく、ディデューンを責めることはできない。


 馬を並べて隣を駆ける、すでに再突撃の体勢には入っている。後に続く者たちには、今度こそ隊列を離れないように、強く言い聞かせた。普通に考えれば、敵のど真ん中で悪戦苦闘する羽目になった連中を見れば、誰もそんな気になれないとは思うが、それでもしてしまうのが、こいつら馬鹿どもが馬鹿たる所以なのだ。


「それよりここからどうすればいい、何なら完全に指揮を任せるが」


 俺はこんな指揮や用兵などというものは、習い始めたばかりで、圧倒的に経験が不足している。実力も経験も、ディデューンが完全に勝っているはずで、おそらく丸投げしたほうがいい結果が出るだろう。


「それはできない」


 しかし返答は意外にも拒絶だった。何なら喜んでするとすら思っていた。


「何でだよ」

「これはウィラードの戦いだからさ。君が始めた戦いだ、勝つも負けるも、君の裁量でやり遂げなくちゃならない、それが団長の仕事だ」


 確かに正論だった。この始末を客人に預けるのは、誰に聞いても筋が通らない、伯父貴に聞かれたらぶん殴られるような話だった。


「……すまん、悪かった。くだんねえこと言っちまった」

「なになに、手伝いならいくらでもさせてもらうさ、それが客人たる私の仕事だ」


 それは心強い言葉だった。


 今しなければならないことを見極めねば、そう思いなおして、戦場一帯を見回した。


「あそこか」


 馬を走らせながら俺が示した先は、ティラガの隊が乱戦になっている箇所だ、あの隊が再び動き出せば、戦況は変わる、そういう判断だった。


「いや、あれはあれで、形になっている、後回しでもいい」


 その言葉に再び同じ場所を見直す。


 目を凝らせば、そこは乱戦のようで、乱戦ではなかった。幾人もの敵を相手に大立ち回りを演じているのはティラガ一人で、あとの連中はその後ろで列になって槍で壁を作り、じりじりと動いてそれを援護している。壁の後ろは広く空いて、両端の者が牽制し、背後に回り込めないようにしていた。


「あんなのは教えていない、たまたまあんな形になったのか、それとも天稟か」


 まあ、ティラガ君ぐらいにしかできないことだろうが、とも付け加えた。それも言う通りだ、一人で同時に何人もと戦い、なお圧倒する、それができる豪傑でなければ、あんなものは維持できない。


「ならば片っ端にヤバそうなところから突っ込むか」

「それでいいと思うよ」


 ディデューンの返事は少し遅かった。その時にはすでに俺たちは敵陣に飛び込み、三度目の突撃に入っている。


「おォおおおおおおおおッ!!!」


 集団で咆哮をあげながら、敵味方が団子になっているところを駆け抜け、弾き飛ばす。次々と方向を変え、蛇行し、密集をいくつも潜り抜けた。


 ――包囲から逃れることができた奴は、隊の後ろからついて来い。


 攻撃のさなかにそれを指示する暇はないが、その程度の判断は手前てめえでやれ、できなければ、再び敵に囲まれて、今度こそお陀仏だ。


 そうして助けた幾人かは、再び隊列に戻り、幾人かはあらぬ方向に逃げ出し、幾人かは助けが間に合わずに討ち取られた。


 敵陣を突破したとき、いくらかは隊の人数は回復していた。


 再度混乱し始めた敵軍に向かって馬首を返しながら、ティラガ隊の方を指さす。


「今度こそあそこか」

「それでいいと思うよ」


 その時、荷車の列のさらに向こう側に、大きな喊声が響き、この戦場にいる敵には吉報を、味方には凶報を伝える。


 敵の増援が迫っていた。

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